ドードー・ノート 2003年6月


index

  姉、ちゃんとしようよっ!

余談であるが,いきなりラスボス戦突入可能(そして必敗)というのは「ポケットザウルス 十王剣の謎」を思い出して仕方がなかった.(2003/7/1)

 胸キュン!はぁとふるCafe

今,私が彼女たちのことを好きである地点から,そういえばシステムはどうだったかシナリオはどうだったか絵や声はどうだったかという過程を思い出すとき,その過程について思い出されたものとは別の望ましい過程あるいはあるべき過程というのは,私に別の認知をもたらすものだ.それは,今,私が彼女たちのことを好きであることを変更してしまう別のゲームではないだろうか.

もしも私が目の前の彼女を理想の彼女によって殺される危険にさらしたくなかったら,システムがこうあるべきだったという話を問題にしてはいけない.(ということはつまり問題にしてはいけないと語ることさえそもそもいけないのでこの一文は今すぐに忘れて欲しい.言うまでもない,と書いた例の一文も同種のものである.)

描かれるはずだった彼女を想像するのではなくて,自分がそう見てしまった彼女に対して全ての過程が捧げられる.女の子に想いを寄せるとき,ある時ある場所で特定の認知過程を経て出会い,結果的に女の子を好きになってしまったら,女の子に対する後ろめたさ抜きではその過程の不適切を問うことが出来ない.なのに好きとかにも関わらず好きとは言えたとしても,僕たちの恋がこうあるべきだったとは鬱屈なしに言えない.

この後ろめたさ,という社会的な態度が出てくるのは,一つにはゲームの女の子がいつも私のほうを向いて立つことによって,物語的であるというよりはある一面において過剰に対話的であるためではないだろうか.もしも好きになったなら,私は物語よりむしろ彼女と過ごした時間のほうを先において,その地点から彼女の歴史を辿りたい.

そのとき,歴史が説明不可能であることに対する鬱屈は,やはり引き受けなければならない.だけど,ここが日記ならば説明不可能であることは鬱屈の果てに綴られていいだろう.日記であることを忘れ彼女を蹂躙してしまった時は,その取り返しのつかなさに何度も後悔する.俺なんか消えちまえと思う.

(2003/7/1)

 「シスタープリンセス」連載終了によせて.

僕にとってのシスプリというのは僕が東京へ来たときと丁度重なるので,先に卒業されてしまったなと思う.今月の四葉誕生日の一週間前,このページもひっそりと7周年を迎えていた.そういえば僕にも卒業して行くべきところがあったのだけど,今それは霧の中にある.四葉は東京での僕のストレスとともに育っていって,それは2002年には最高潮に達していたと思うのだけど,今年に入ってから僕の文と絵が先祖帰りすることによって安定した.次は僕自身の番ではないかと思う.

内容はともかく,四葉のために書いた文章の量では誰にも負ける気がしない.AIRやsense offの文脈に連なっていて基本的にシスプリファンの目に触れることのないこの日記で,シスプリファンでない人に対してシスプリをネタ以外で愛してる人がいることをアピールし続けることが出来たのも,ちょっとくらい自負していいんじゃないだろうか.

sense offの透子や成瀬ともかれこれ三年の付き合いになるので卒業は終わりを意味しない.だけど彼女たちがいつも過去から声をかけてくることに無頓着ではいられない.何を書いても彼女たちとの出来事が思い出されて違うことが書けない.そうすると,いつまで私の声を聞いてるの,もっと未来へ進みなさい,と叱られているような気持ちになる.それで新しいことを知って新しいことを書くのだけど,よく読むとやっぱりまた彼女らのことを言っているのに等しくて,久しぶり,でも,ねえ,まだ私の声が聞こえるの,と言って笑われる.再会までの間隔はどんどん長くなってゆくのだろうけれど,多分,いつまでも彼女たちは僕を笑う.笑ってくれるだろうと思う.シスプリの卒業というのも,きっとそういうものだろう.

遠くて懐かしい場所へ旅立ってゆく,小さな彼女達に感謝を.

(2003/6/30 そしてキミに会いに行く)


 涼宮ハルヒの憂鬱 そして,そのほかの人たち

宇宙の意思派の言うことも世界の危機派の言うことも未来の使者派の言うことも互いに理解不能な独立した電波で,だけど彼らはただ涼宮ハルヒが居るために部室に存在し,キョンだけにはそのことを言い訳する.なんとなく部室に居てもいいはずなのに,言い訳せずにはいられない難儀な人たち.それは言い訳に過ぎないから,彼らの特別な力や立場というものはハルヒのために使われているというよりは,むしろキョンのためにキョンの前で使われている.

私が三人を見ると,まずはコスプレ巨乳ロリータと無表情娘と色男という変なヤツラだと思う.キョンが見ると,宇宙の意思と世界の危機と未来の使者で理解不能なヤツラである.ハルヒが見ると,どの意味においても面白いヤツラではない.ハルヒとキョンは対極にあって,ハルヒは光画部的な部室の世界を理解しつつも所詮一億人規模で見ればフツーなのではないかとして目を背ける.キョンはむしろ徹底的に見つめてしまって,彼らが変であるためには変を通り越した理解不能な電波的物語にまでたどり着かなければそうであるという気がしない.そんな風にSOS団の部室というのは凄い勢いで空洞化し彼らはおよそ相互理解らしいものを持たないはずなのだけど,それでも彼らはバカの女王とその通訳者とコスプレ巨乳ロリータと無表情娘とシニカルな色男として部室で読書をしオセロをしお茶を飲みじゃれあっている.どうしたって愛すべきは,無からこの部室を作り出したハルヒである.

「涼宮ハルヒの退屈」(ザ・スニーカー 2003/6)

青臭い気持ちは長編でなくては語りきれない,とばかりにこの短編のほうでは普通の人の前では振るわれなかったはずの宇宙の意思と世界の危機が身も蓋も無く日常と関係を持つことのできるレベルにまで噛み砕かれて利用される.草野球が世界の危機でそれが携帯電話で知らされるのはあまりに馬鹿馬鹿しいのだが,草野球で語ることが出来る程度には彼らの行動も理解しやすく,また気安くなったと言える.キョンはキスがトラウマとなり,ハルヒはついにバカの女王呼ばわりされる.

DALさんが読むべきはこっち.
「全てのヒロインのイベントを上手くこなした上で、ヒロイン全員が主人公の周囲に居着いてしまっているご都合主義エンドの世界がある」とか思い出します.はじめは部室の宇宙人であることと個別に現前する電波とを区別できてなかったのだけど,どうも別々にあってせめぎあってるというのはDALさんと転さんのお話のズレから.

後輩に返すため改めて買いに行く.本屋を10軒ほど回ったが品切れ状態であったので重版を待つことにする.以下は食事時の会話.「おもしろかったよ,ありがとー.」「結局,学校を出よう!も買ったんですか?」「アニメイトでサイン本だった.」「どうでした?」「いやまだ読んでない.むしろ,ザ・スニーカーのほうを読んだ.」「すごい気に入ってるんですねぇ・・・」彼はちょっと困ったような感じであった.この気に入り方を口で説明するのはとても難しいので,後は大賞としてどうかとかそういう当たり障りのない話になってしまうしかない.そんな風に持て余している電波は,やはり日記形式で綴ったり深夜に迷惑電話をかけるしかない.が,自分がそのように振舞う人物であることは決して堂々と人に主張できるようなことではない.

(2003/6/29)


 涼宮ハルヒの憂鬱 ハルヒside

学園では,五人は涼宮ハルヒと愉快な仲間たちとして認識されている.部室では,頭沸いた少女とコスプレ巨乳ロリータ,そいつらを見ても動じない読書娘に色男なんていうおかしな連中が居る.このあたりまでは学園あるいは部室内の人間でおよそ共有できていて,その中心に涼宮ハルヒ(あるいは部室)が存在する.

ただこの涼宮ハルヒってのが分裂している.まずは,中学のときの所業をはじめビラ撒きとか人目につくところで奇矯な行動をとったり部室を作ってしまったりと自分の居場所に意識的である.彼女はラディカルなサークルを高校生活に求めていたし,「基本的にね,何かおかしな事件が起こるような物語にはこういう萌えでロリっぽいキャラが一人はいるものなのよ!」,そういって彼女は朝比奈さんを部室に連れてくる.注意したいのは,「ロリっぽいキャラが一人はいる」というところである.どこに「いる」のだ.学園か,みんなの教室か? いや朝比奈さんは,彼らの部室にいる.部室にいることで物語は動き出す.私の高校の頃を思い出すと,部室にくるとたわいもないこと雑談してる大きな人たちがいて,それはファミスタが上手くて頭おかしくて早口の先輩で,やたら顔が白くてでかい部長で,そして同輩たち,メガネのやつ,あまりうまく喋れないけど力の強いやつ,偶然同じ名前のやつ.もともとそうである奴が集まったというよりは,例えばキョンが繰り返し規定するように,いつも部室の窓際で無表情で本を読んでいたら,ただそれだけのことでキャラクターになってしまう.人はキャラクターにならないことのほうが難しくて,無視できない,特に強制的に出会ってしまうような部室なんかではてきめんだ.メガネをかけてる奴はこの世にいくらでもいるが,部室のメガネは一人しか居ない.部室を作ること=そこに宇宙人(あるいはそれに準ずる変なヤツラ)を存在可能とすること,であるのをハルヒは理解してしかも実践するくせに,一方で全然あさっての方角に住む一億人や部室の外側にいるはずの宇宙人ばかり見てしまう.

他の四人が分裂しながらもハルヒの部室を作り出す力(=宇宙人を存在可能とする力)についてそれぞれの電波的物語の元で気持ちの折り合いをつけてゆく中で,ハルヒ自身は作ってみたもののまだその場所を完全に認めてしまいたくはなくて,そのとき彼女は部室が宇宙人をもたらすのではなく宇宙人を捜すために部室を作ったのだと考える.おかしな事件にはロリっぽいキャラが付き物だとした前半のハルヒと,既に面白そうな体験をしているからSOS団はなくてもいいとする最後のハルヒは二つに引き裂かれている.その面白体験はロリっ娘や無表情娘や色男という部室の皆で巻き込まれるべきものではなかったのか?

それは折り合いであるから,古泉ならば「この世界が昨日の晩に出来たばかりという可能性」を言い続ける偏執さ,長門さんならば自分がキョンを守るという規定,朝比奈さんならばかりそめの学園生活として,部室の内側の出来事と外側の電波とを繋ぎ合わせている.部室内で共有される宇宙人的(変なヤツラ)感覚と,個別に現れてくる自分の宇宙人的(電波的)感覚とはイコールでなく,そんな風に遠回りしながら接点を持つ.部室の中で朝比奈さんは未来人だから変なのではなくて,ハルヒのおもちゃにされるロリっ娘だから変なのである.それ以外の事情は電波的に想像されるしかない.そして折り合いというのは付け続けてゆくもので,キス一つでどうなるというものではない.朝のポニーテールは昼には解いてしまう.そうだとしても,ハルヒにとってキョンは出会ったときからそれなりにこだわるものがあった相手であるから,部室の外側にあるありえないものを求め続ける気持ちと部室の内側の両方に引っ張られるとき,壊れないように手を繋ぎ続けていてくれるのはキョンなのだろう.

(2003/6/29)

 涼宮ハルヒの憂鬱(谷川 流) キョンside

「私はただの語り手に過ぎぬ身です」(語り手の事情)ていうやつは本来,非常に青臭い物言いであるので,大人向けには素のままではいられないから修辞的だったりサービス精神にあふれざるを得ない.例えばエロとか,惜しげもなく才をてらってみたりするとか.んでも,そんなこと言う語り手さんというのはせいぜい高校生で良くて,自嘲的に,俺は世間を外から観察してるんだとか言ってみたりする,という青臭さにはやっぱいまどき高校生でも耐えられんから,そういうときエロでもてらいでもなくさ.

青臭いことをするにはそれとは別の恥ずかしいことがたくさん必要で,そっちに母屋をとられるくらいがきっと丁度いい.そうでなくては届かない.その,四人の自称語り手と一人の無自覚な語り手(ハルヒだ!)が出会ったらどうなるか.語り手同士の熱視線が絡み合うとアッチチ.そんなに見つめないでくれ.そのたび彼らはヤケドするから,痛くしないためにはあれだ,セオリーどおり目を閉じる.

キョンとハルヒは最初っから似た者同士として描かれる.それで言葉を交わしてみれば「あたし,あんたとどこかで会ったことがある? ずっと前に」である.もちろん答えは「いいや」だ.ああもう,じゃ後は若い人たちにまかせて,と言って年寄りは退場しまして青春の枯葉の陰から潜望鏡で二人のこと覗き見しちゃいましたよ僕は.それこそ羨望の眼差しでさ.この話の結論ははじめから決まっている.念には念を,と白雪姫まで持ち出す始末である.白雪姫の結末など誰でも知っていることだろう.

このご夫婦は止められない.時を待たずしてキョンよりもハルヒのほうがよく喋るようになる.キョンもハルヒの言うことをたいがいまともに聞いていないのだけど,耳だけは傾けている.あとこの子ら,やたら助平だ.炎天下みたいに笑うな.唾飛ばすな.このときハルヒの顔,上気して真っ赤っ赤ではにかみとかなくもう思う存分くちゃくちゃで,脂肪がのって真ん丸のこの年頃の色気づいた顔が生であるわけですよ.擬音をつけるとすれば「ムフー!」である.そんなに興奮すな.そして朝比奈さんにはちとかわいそうであるが,ハルヒが朝比奈さんをいじり,それをキョンが見る.そのもてあました身体というやつを朝比奈さんを触ることで解消できるのを知ってる.ハルヒどころか,キョンもハルヒと二人で撮りまくった朝比奈さんのえっちな写真を自分の観賞用にPCのフォルダに残しておくわけで.この朝比奈さんを媒介とした二人のえっち交換は見ていて堪らない.高校生フェロモン満載で非常に気まずい.

朝比奈さんと長門さんがハルヒのことを観察する理由はひどい.一介の女子高生相手に大宇宙が時を駆けるのだが,どうもハルヒはほんとに普通の女子高生にしか見えない.古泉の場合そもそも彼がそうすべきだと「解ってしまう」ことに理由がない.古泉が光の巨人を倒すのはそう在ってしまう以外のなんでもない.いずれにせよまともではない.愛情でも同情でも友情でもなく,まともな理由もなく自動的に守られてしまう無力さがハルヒの周りにはただよう.

そのときハルヒはずっと遠くに居る一億人を感じてしまって,心臓が高速回転してる.今にも彼女の胸から飛び出そうとしてる.でもそんなに回したら破裂しちゃうよ.近くの誰かが止めてやらねばならぬ.もっと近くを見てくれよ.そんな遠くじゃない,自分の身体はここにあるって判ってるんだろう? 朝比奈さんを触りキョンとじゃれあう君と,宇宙人を捜す君との分裂.この近くにだって確かにまともな理由はないのだけれど,とりあえず触れられる距離にいなさいっての.結論ははじめっからあるけれど,どんな道程を辿るかなんて誰も知らない.白雪姫,と言うは易し.しかし,出来るかっ.出来てりゃこの世はキスの嵐じゃ! 長門,朝比奈,古泉.男も女も無い.二人きり目を合わせればなんか自分語りしちまって,もう互いのことを無視できない.だからハルヒもここへおいで.って,だからって何だ.知るか.あるとすれば最終章で当番が回ってきたというくらいで.交通事故みたいなもんじゃないか.こんな生々しい『涼宮ハルヒの初恋!』 ああ窒息しそうだ.

本屋で見かけたときに気になりつつも買わなくて,部屋に戻ったら後輩が買ってたもんだから感想を聞いてから借りた.ただの萌え小説でしたよ,と.萌えじゃ判らんので僕なりの言い方をすると,えっちも何もかも含めストレートに高校生の春が凝縮された目に毒な話だった.こうムラムラっとする気持ちのやり場に困った.なんか悔しいし.草葉の陰のつもりが墓石を横倒しにしてはい出して,いつの間にか至近距離で二人を見ていた.いやどうぞ,僕にはお構いなく続きを.さあ.あの,そこで,ぶちゅっと.・・・ああっ.なんかもう話の筋思い出すと胸が苦しくてまともな文章かけないんですよこれ.高校生は今すぐ読んで眠れない夜を過ごせ.


夜が明けてようやく落ち着いてきた.多少冷静に補足しておくと,これは登場人物が男女問わず順番に,放課後二人きりになるとキョンに対して告白する話である.うわ,そんな荒唐無稽な自分語りしていいのか.それが信じられたとしたらきっともうあんたに惚れてるよ.普通に理解できそうな自分の過去話をしてくれるのは,唯一,ハルヒだけである.ひっくり返すと,彼ら彼女らの自分語りとして個別に存在する事情のうち,キョンにとってピンとくるのはハルヒの事情だけである.他の奴らは電波人間でハルヒの声だけ普通の人間のものに聞こえるとしたら,それはなんでやねん.

告白は電波でしかあるまい.だけど,判らなくてもなかったことには出来ない.そのとき,そいつが宇宙人として在ることを認めるしかあるまい.それは脳内での認識がどうのこうのということではなく手触りとしてまず在ってしまうということで,教室ではスペクタクルが起こる.訳わかんないものたちはまずは在ってしまって,告白でそれが明らかになる.そんな仕方のない事情に囲まれて,だけどそのなかで,ただ一人,人間の声が聞こえてきたとしたら,それはどんなやつやねん.

ただの萌え小説でしたよ,と一言で終わるようなものではない.後輩には一言いっておかねばならぬ.って俺も一言かよ.「おもしろかった」としか言えない.それ以上,この日記に書いたことが言えるとしたらそれは告白で,こんな訳の判んない気持ちは深夜の迷惑電話か合宿の消灯時間以降でもなきゃ言えないことだ.それで,そんなことやってたら眠れない,身がもたない.だけど毎日がそんな告白合戦で,彼ら彼女らの在り方と侵食しあうような,隣のやつが宇宙人だったり未来人だったり超能力者だったり人間だったりすることを見る,特別な夜の気分でいてもわりかし身が持ってしまいそうなのが彼ら高校生であって,部室っていうのは端的にそういう異空間の中心だったように思う.ハルヒがSOS団の皆に溺愛されてるのは,ひとえに彼女が部室を作った人間であるからに他ならない.

(2003/6/28)


 十一月の扉(高楼方子)

末永から借りっぱなしのまま,このほどようやく読み終えた.時間のかかった理由は,その,恥ずかしすぎるからである.こうも明けすけでないと書けないことってあるのだろうけど.

中学2年生の爽子は,一人で下宿し始めたことによる新しい生活と,そこで自分が初めて書き下ろす物語との間に自分の意図しない一致が生まれてくることに気付いてしまう.まあそういう偶然は多々あって,僕が日記にクリストファー・ロビンと書いた日にゃ,十一月の扉を読むとクマのプーさんだったもんで唖然とした.爽子の場合は,気持ちのいい十一月荘の人たちとの暮らしをドードー森の童話として書き綴ると,そこで書いたことが逆に暮らしの中で起こりうることを発見してしまう.例えば,パンケーキの話を書けば偶然,十一月荘へパンケーキが届けられる.ここで高楼方子が注意深いのは,爽子が実際のパンケーキを見たことがなかった点である.爽子がパンケーキの話を書いたとき,彼女はその言葉の響きだけが好きで「パンケーキ」と書いた.偶然,パンケーキが届けられたとき,事前に爽子がパンケーキと書いたことに対して過剰に期待が集められがちではないかと思う.祈れば叶うという風に捉えられるとシンクロニシティはどうも神秘主義的になるのだが,ここで爽子はパンケーキに対して深い理解があって書いたのではない.対象をよく知って真摯に祈ればこそ偶然がもたらされるという順序めいたところは一切なく,それは本人が知る順序に前後があっても,起こった順序には前も後ろもない非順序的なものである.作中で「シンクロ」という言葉が頻繁に出てきてもうそ臭くないのは「シンクロ」に浮かれきることのない点で,そりゃあシンクロニシティは出来事に過ぎなくて本人にとって有難いかどうかまでは補償しない.

爽子は耿介(こうすけ)少年のことをかなり意識して,好意と拒否する気持ちとを行ったり来たりする.あるとき爽子は,耿介の分身であるライオンの「ライスケ」を物語の中で痛い目に合わせる.後で彼が実際に怪我をするにあたっては自分のせいかもしれないと解釈してしまう.だけど,おかげで耿介と話をすることが出来た.そういうことの積み重ねが,彼女の中学2年生を形作ってゆく.偶然がもたらす面白みというのはそれにしがみつくようなものではなくて,これは大切だから覚えておけという信号くらいの意味で,本当は大切なことは沢山あるはずなのだけどなかなか気付くことは出来ないから,そういう信号を受けたものくらいはせめて,あの頃の思い出,として引き出すことの出来る場所に収めておくべきということだろう.

十一月荘で大切に育て上げた物語のノートのことを,爽子は最後,親友のリツ子に打ち明ける.その発端から今日のことまでひととおりの話を聞いた,そのときのリツ子のコメントがとてもいい.

「いろんなことがあったのねえ! 爽子ちゃん!」

物語を書くことは,「るみちゃんを喜ばせるためでも文章修業のためでもなかった.自分のためというのでもなかった.結果的には,そのどれもになり得たとしても.それでは何のためだったのだろう? 言葉を選び,削ったり加えたりしながら,大海に小船で漕ぎだすようにして,白紙のノートに綴っていったあの夢中の行為は.」

物語の中に在る者にその目的が判ろうか? それでも何か判ろうとして,彼女が物語を書く姿のこと,つまり上の文章の続きについて語るためには,この一冊の本の尺が必要となる.しかし,それを承知で一言付け加えるならば,そこにはともかく,もう一度思い出すことの出来るいろんなことが,あったのだ.

(2003/6/22)


 銀河私信.グランマ,ドルチェと,くますけのおはなし.

もしかすると,こういう話もお好きだったかなと.
さよならの線路

せっかくだから,銀河通信について
手紙.加納朋子,犀川創平を信じるな,くますけ
猫と言語,お話
猫の地球儀
余談
くますけ(新井素子)
ドルチェ(ジサツのための101の方法)
グランマ(sense off)
それにしても3年前から言ってること変わらんなと.あと,読みにくい.


 珍しくサイト巡りした感想.

誕生日に贈るメッセージは「誕生日おめでとう」じゃないだろう.それは挨拶みたいなものでさ,あと一行でもカードに言葉が付け加えてあると,素敵であると思うのだ.彼女に成長の喜びを気付かせるための言葉とか,もしも彼女といつも会えないなら,どうか健やかに,とかさ.

自分が四葉に手紙の書き方を教えられる人間であるかどうかは,常に省みておきたい.例えば僕は(相手ではなく)手紙そのものに対して過剰にコミュニケーションしてしまうので,それを抑えるようにしなくてはならない.

ああつまり,かおるさんの書いたメッセージへの反応なんですが.反応って言葉はやだな.応答でもないから,これは,愛?

童話めいた日誌を更新.去年書いた量に早くも迫る勢いである.

(2003/6/22)

 

四葉の弟の話


1.

四葉に弟ができました.

5歳の誕生日のこと,四葉がナーサリーから帰ると部屋に知らない子がいました.

「お姉ちゃん,僕,お姉ちゃんの弟だよ.」

知らない子がそう言ったから,その子は四葉の弟でした.

四葉は弟と一緒にご飯を食べて,一緒にベットへもぐり込み,一緒にお話をしました.四葉はずっと昔からそんな風にして兄弟でくっつきあって眠りたかったのです.

四葉には兄弟がいませんでしたが,そういうわけで今日から四葉はお姉ちゃんでした.


それからというもの二人はいつでも一緒でした.あまりに一緒にいるものだから,四葉のお母さんは週に一度は四葉から弟を取り上げて,洗ってよく日の当たるところに干してやる必要がありました.

つまり,四葉の弟は四葉と同じ人間ではなくて,ヌイグルミ類クマ科のロビンでした.



2.

四葉が言葉を覚えるにつれてロビンもたくさん言葉を話すようになりました.例えば四葉がプライマリースクールへ上がってしばらく経った頃に,こんな出来事がありました.

「四葉さん,教室にぬいぐるみを持ってきてはいけませんよ.」

授業中,四葉がカバンの中に忍ばせてきたロビンがミセス・ハドソンに見つかってしまいました.取り上げられると思った四葉が泣きそうになって黙っていると,なんてこと,ロビンが代わりに返事をしはじめたのでした.

「ミセス・ハドソン,僕はぬいぐるみじゃありません.僕は,四葉お姉ちゃんの弟です.」

「まあ,あなたがぬいぐるみでないなら,黒板は黒板でないし,この鞭も鞭ではありませんわ.」

ミセス・ハドソンはぞっとするようなケインを取り出して言いました.

「それでは,あなたが四葉さんの弟であると言える理由を三つ挙げなさい.」

「三つの理由」はミセス・ハドソンお決まりの意地悪でした.うまく答えられた生徒はお尻を打たれなくて済むのですが,四葉はこれまで何かひとことも言えたためしがありませんでした.

だけどロビンはこのように答えたのです.

「一つ,僕はお姉ちゃんと同じお母さんから生まれました.二つ,僕はお姉ちゃんよりも後に生まれました.三つ,辞書を引いたらそのように書いてありました.」

するとミセス・ハドソンは意外そうに少し目を丸くしてから言いました.

「四葉さん,教室は勉強をするところですからぬいぐるみを連れてきてはいけません.それにもしも,その子がぬいぐるみでないということがあるとしたら,この鞭も鞭ではありませんよ.さあ四葉さん,お立ちなさい.」

ミセス・ハドソンは四葉をパチンと打ちましたが,それはいつもほど痛いものではありませんでした.

「ですが,判らない言葉があるとき辞書を引くのはとても良いことです.これからもそのようにするのですよ.」

こうしてロビンは取り上げられずに済みました.

(だけど辞書だなんて,そんな難しいご本をロビンはいつ読んだのかしら!)

不思議なことにロビンは四葉の知らないこともよく知っていたのです.ロビンの思わぬ発言やミセス・ハドソンの手加減など四葉にはたくさんの疑問が浮かびました.けれどもクラスの子供たちはみんなことの特別さに気付いていないようで,四葉への叱咤が終わるとすぐ授業に対する興味を取り戻したようでした.



3.

8歳の誕生日を迎えたとき,四葉は遠い外国に自分の兄がいることを知りました.けれども四葉はまだ小さかったので,トウキョウの兄と自由に会うことは出来ませんでした.

その年の夏休み,みんなが実家へ帰ってしまった後も四葉は寄宿舎に残っていました.お母さんにはお勉強をするためと伝えていましたが,本当の理由は別でした.四葉は自分の兄のことについていろいろ考えていたかったのですが,それは同世代の子がたくさんいる場所や両親の前ではうまく出来そうにない気がしたのです.そして,こんなときの話し相手はロビンに限りました.

寮母先生の夜の見回りが終わった後,四葉はロビンを自分の近くに引き寄せて秘密の相談をしました.

「ねぇロビン,わたしお兄ちゃんに会いに行きたいの.だってわたし,これまで本当の兄弟がいるだなんて知らなかったんだもの.」

「だけど大きくなるまで会えないってお母さんに言われたじゃないか.」

「本当の兄弟なのにすぐに会えないなんておかしいわ.」

「・・・でも,どうやって外国まで行くつもりなんだい.」

「このロンドンの街のお外にあるヒースローというところから,外国へ行けるんだって,ミセス・ハドソンが言ってたの.わたしたちよく知ってるわ.去年の夏休み,スコットランドのおばさまのところへ行ったときヒースがたくさん咲いてたよね.きっとあれが"ヒース・ロード"よ.」

四葉たちはかつてエジンバラ行き列車の窓から見た,なだらかな丘陵をいちめん赤紫色に染めるヒースの花のことをよく覚えていました.

「そうに違いないわ.だって,おばさまのところはとても遠かったもの.ねぇロビン,もう一度あの列車に乗りましょう.」

「お姉ちゃんがそこまで言うなら賛成するよ.でもお姉ちゃん,これは誰にも秘密で出発しなくちゃいけないよ.」

「どうして?」

「子供は普通のやり方では遠くへ行くことができないんだ.ほら,僕の言うものを揃えて今すぐ出発しよう.」

ロビンは以前おばさまの所へ行く時に使った切符を四葉に持たせました.それは四葉が宝物として取っておいたものです.あとは家へ帰るときのために用意した旅支度を抱えて,四葉は真夜中の寄宿舎を抜け出しました.このときロビンは彼の小さな毛布に包まれて大事に抱えられていました.そうしてなんでもないというふりをしていたロビンは,実は,四葉が外国に住む兄のことを『本当の』兄弟と呼んだことが気になって仕方ありませんでした.



4.

午前零時のキングスクロス駅はシャッターのほとんどが下りていて,駅全体が死んでいるような印象を受けました.昼間の喧噪はなく,まばらに,そしてものもいわず歩いてゆく大人たちは幽鬼のようにも見えました.

四葉は宝物の切符を使えば列車に乗れると思っていましたが,ロビンのための切符は持っていなかったので,ロビンをお腹のところに押し込んで誰にも見られないようにして歩かなければなりませんでした.前にもそんな風に四葉が腰を曲げて大層な感じにしていたのを見てお母さんは笑いましたが,列車に乗ってからも車掌の足音を聞く度に四葉がロビンを隠すその技は,ついには一流のものとしてロビンとの語り草となりました.

四葉は今回も幽鬼たちの目を避けるようにして歩き,ホームの一番端に止まっていた列車へさっと乗り込みました.幸いなことに四葉のほかに乗客はいません.

四葉が座席に腰を落ち着けると客室の明かりが消え,列車が動き始めました.四葉はきゃあ,と小さく声をあげてロビンを呼びました.

「ロビン,ロビン,真っ暗になっちゃったわ.」

「大丈夫,これは夜行列車なんだよ.つまり,寝ているうちに目的地へ着くのさ.」

ロビンが四葉のふくれたお腹から顔を出して言いました.

「トウキョウってどこで下りればいいのかしら.」

「大丈夫,僕がお姉ちゃんを起こしてあげるから.」

時刻はもう,四葉の就寝する決まりを越えてずいぶん経っていましたから,四葉はロビンの言葉を聞くと急にまぶたが重くなってきました.最後,四葉が眠ってしまう間際にロビンがこう尋ねました.

「ねぇ,お姉ちゃんはほんとうに『本当の』兄弟と会いたい?」

「・・・うん,わたしお兄ちゃんに会いたいよ・・・」

「・・・わかった.僕がぜったい連れて行ってあげるからね.」

「うん,ありがとうロビン.わたしロビンのこと大好きよ・・・」

「僕も,お姉ちゃんのこと大好きだよ.それじゃあ,おやすみ,お姉ちゃん.」



5.

やがて長いブレーキの音が響いて,列車はロンドンの車庫に収められました.列車が眠りについた後も,四葉の夢の列車は走り続けました.ロビンはその隙に四葉のお腹からはい出して,自分の代わりに毛布を詰めて冷やさないようにしました.

「さあ,僕は朝までにお姉ちゃんのお兄ちゃんを探さなくちゃならない.」

ロビンが真実,自分の力だけで動くことが出来るのは,四葉がぐっすりと眠っている間だけでした.ロビンは四葉のポケットから宝物の切符を取り出して,窓の向かい側で同じように眠りについている列車へ飛び移りました.ロビンが客車から客車へ走り抜けて行くとともに,車両に明かりが灯ってゆきました.そうして車掌室までたどり着くと,ロビンは扉をドンドン叩いてお願いをしました.

「ごめんください,急ぎの用事なんです.」

すると,昼間は大儀そうな車掌の手に収まっている切符鋏が,やはり大儀そうな顔をして出てきました.

「なんだい,ポンドはちゃんとあるんだろうね.」

「はい,これです.これで東京行きの往復が買えませんか.」

切符鋏は切れないほうの手で宝物の切符を掴み取ると,側の秤に載せました.見た目は軽い紙の切符でしたが,その秤は見た目よりもずっと深く沈みました.

「これはなかなか目方がある.よほどの思い出だ.」

切符鋏は大仰にうなずきました.

「しかし,東京へ行くにはまだポンドが足りないね.何せあそこは夜の向こう側だ.」

ロビンは判っていたとばかりにすっと後ろを向いて,

「あと僕のしっぽを足してください.短いけれど,お姉ちゃんとの思い出は一杯です.」

その丸いしっぽは小さい頃の四葉にずっと引っ張られていたせいで,今にも取れそうになっていました.切符鋏はそれをチョキンと落として言いました.

「なるほど充分だ.では,これを合わせて東京行き往復の切符としよう.夜光列車のよい旅を!」

二人の思い出を乗せた列車は,四葉の眠る列車を静かに追い越して,そのままロンドンの夜空を昇って行きました.ロビンは天に召されるような気持ちで縦に流れる星の原を眺めながら,あのヒースの丘を見たときに四葉が話してくれたことを思い出していました.

「ねぇ,ロビン.わたし,あのお花を夢で見たことがあるよ.それはロビンがまだいないころで,わたしのまわりには小さいお花がたくさんあるのだけど,ほかにはなにもなくて,わたし,とても寂しかったんだよ.」

このとき四葉は知らなかったのですが,やはりロビンだけはヒースの花言葉を知っていました.



6.

ロンドンを出発した列車はあっと言う間にドーバーを越え,モスクワを越え,朝の光へと近づいて行きました.けれども夜光列車は日の光を浴びると溶けてしまいます.ロンドンが夜の間,東京は昼なので,そこで列車は特別なトンネルをくぐらなくてはなりませんでした.

それは,夢でした.四葉と同じ夢の列車をロビンも走らせる必要がありました.ロンドンで眠る四葉は兄のことを思いながら空想の汽車を走らせていました.ロビンは目を閉じて四葉と同じように四葉の兄のことを想像しました.はじめ,ロビンの胸はちくりと痛みましたが,自分の体が針で縫われたものであることを思い出すと,じきに気にならなくなりました.

四葉の兄は四葉のことを知っていましたが,きっと四葉と同じ事情があって四葉に会いに行くことが出来ないでいるのでした.だから兄は,四葉との暮らしぶりをいつも想像しました.もしも四葉と一緒だったら,隣で眠ってあげられるのになぁ.四葉が学校で困っていた時,助けてあげられるのになぁ.そして一緒に旅をして,ヒースの丘で鬼ごっこしてあげられるのになぁ・・・.

そのとき四葉の汽車は夜光列車を見て,夜光列車は四葉の汽車を見ました.並走する二つの線路はついたりはなれたりしながら夢の野を駆けて,互いに導き合うように,東へ,東へと向かいました.



7.

光差すグラウンドを,若者は窓から眺めていました.
英語の授業の声は次第にかすれ,
眩しい緑の向こうからプール開きの歓声が聞こえるように思いました.
そのとき,無人だったグラウンドへ夏の兆しが訪れたことに,若者は気が付きました.
一人の懐かしい少女がその中に立ち,
窓越しに若者と目が合いました.

二人は笑みを交わし合い,
時間はそのまま疾く過ぎ去って,
終業のベルが鳴りました.

それを合図に若者は教室のざわめきの中へ,
少女は今年はじめて立つ陽炎の中へ,
それぞれ帰ってゆきました.



8.

出発のベルとともに,始発列車が動き始めました.大きな音に跳び起きた四葉は,はっと窓の外を見て,自分の列車がキングスクロスの構内にいることを知りました.

「ねぇ,ロビン,起きて.わたし,いつの間にかロンドンへ戻ってきてしまったわ.」

しかし,ロビンは何度呼んでも返事がなくて,どうしても目を覚ますことがありませんでした.大声で泣き始めたのを駅員が見つけると,四葉は朝食の時間までには寄宿舎へ送り届けられていました.

四葉は寮母先生に叱られたことよりも,ロビンのことが辛くて仕方ありませんでした.宝物の切符とロビンのしっぽをどこかでなくしてしまっていたことも強くこたえました.

四葉があまりに泣くものだから寮母先生は手を焼いて,宿直のミセス・ハドソンを呼んできました.ミセス・ハドソンは四葉を見るなり「これはひどい顔をしている」と言って,四葉を熱いお風呂に入れて,柔らかいタオルで拭いてあげました.温かいミルクが差し出されたころに,四葉の涙はようやく止まりました.

「四葉さん,泣いていた本当のわけを話せますか?」

この日のミセス・ハドソンはいつもよりずっと優しい気がしました.四葉は,自分に兄がいたと知らされたこと,その兄に会いに行きたかったこと,キングスクロスへ行ったこと,列車に乗ったこと,そしてロビンの最後の冒険について話をしました.ミセス・ハドソンはロビンの話を聞くとき,また少し目を丸くしているようでした.

「四葉さん,これからはどうしてもやらなくてはならない難しいことがあったら,私に相談するのですよ.そうしたら,私はきっとあなたを手伝ってあげますから.」

「・・・あの,ミセス・ハドソン.どうしてそんなに優しくしてくれるんですか.」

「ロビンさんのお話を聞いて,どうしてロビンさんがあなたのことを好きだったか判ったの.あなたはいろんなことをよく考えているのね.だけど,あまりに独りぼっちだわ.」

そう言って四葉のことをぎゅっと抱き締めました.四葉はミセス・ハドソンの胸の中で,ぬいぐるみみたいにくちゃくちゃになりました.

それから四葉はミセス・ハドソンと一緒にたくさんの綿を買いに行きました.数日後にはミセス・ハドソンがロビンのしっぽを作り直してくれました.それでもロビンが元どおり口をきけるようにならないということは,四葉にはもうよく判っていました.

四葉はミセス・ハドソンと二人で余った綿を使い,大きなロビンを縫い上げました.

「こんにちは.僕はロビンのお兄ちゃんです.四葉さん,どうぞよろしくお願いします.」

そんな風に大ロビンがミセス・ハドソンの前であいさつを始めたとき,四葉は少しだけ恥ずかしい気がしました.けれども,ミセス・ハドソンに頭をなでてもらうとそれは次第に嬉しい気持ちへと変わりました.そして四葉は大ロビンをいつも小ロビンの隣に並べて,小ロビンが寂しくないようにしました.

それからの四葉は,日曜日のお茶の時間になるといつも,ミセス・ハドソンと大ロビン,小ロビンの4人でテーブルを囲み,お話をしました.四葉は,このテーブルで話が弾めば弾むほど,今はものを言わぬ小ロビンが遠い外国に住む兄の分まで自分を見守ってくれているのだと,感じずにはいられませんでした.



(了)



MY BROTHERS AND MRS HUDSON

by Princess Clover and Mrs Hudson



訳注:

ナーサリー(nursery):幼稚園のこと.公野版の「外国風」の語感を大切にした.

プライマリースクール(Primary School):四葉の通う小学校は寮付きかつ女の子ばかりということなので,これは私立のプレップスクール(Prep School)だろう.中産階級以上の家庭でお姫様らしく育てられはしたのだろうが,それが本人に合うかどうかはまた別の話である.

ケイン(cane)による鞭打ち:イギリスの学校で伝統的に行われていた鞭打ちは,1998年以降,公立私立とも全面禁止されたそうである.このエピソードはそれよりも前のことであるため,ミセス・ハドソンが「鞭は鞭ではない」としたレトリックは鞭打ち禁止をごまかそうとしたものではない.ちなみに,訳者も小学校教諭から何度も木の棒で尻を打たれた記憶がある.とても痛かった.この教諭のことは一番好きで,一番嫌いだった.

ヒースロー(Heathrow):ロンドンの国際空港の一つ.日本便はここに発着する.アジア・オセアニア以外は第2の国際空港ガトウィック(Gatwick)も利用される.

ヒース(Heath):ツツジ科の低木.エリカ属のものは春咲きで,この話のような夏咲きのものはカルーナ属.またスコットランドの荒野に群生するものは後者である.「原野」が語源であり,ヒースといえばそのまま荒野を指すこともある.ヘザー(Heather)とも呼ばれるが,その使い分けはどうやら一定しない.花言葉は「孤独」.「嵐が丘」で有名・・・らしいが訳者は未読であるため,ヒースに対するイメージが一般と異なるかもしれない.

スコットランド(Scotland):間違いなく外国である.

ヒース・ロー(Heath Row):意訳すると「ヒースの荒野を走る道」.ロンドンではSavile Row(仕立屋街.背広の語源.)で知られるように,道の名に"Row"と付けられることがある.判りにくいためここでは「ヒース・ロード」と訳した.

エジンバラ(Edinburgh):スコットランドの首都.ロンドンから特急で4時間半,子供料金で30〜40ポンドかかる.

キングスクロス(King's Cross):ロンドンにロンドン駅という名の駅はない.現在エジンバラ行きの特急はキングスクロス駅から出ている.また特急夜行列車ならばユーストン駅から乗る必要がある.しかし,いずれにしても四葉が駅に向かった当時(おそらく90年代半ばの鉄道民営化の時期)にその通りであったかは確認できなかった.余談ではあるが,キングスクロスはポグワーツ行き列車の発着駅でもある.



(そしてやや異例ではあるが訳者による献辞)

遠い海の向こうの国に住む少女の誕生日に捧ぐ.

2003/6/21









 今夜は付け焼刃トークが炸裂しすぎた.しかし,そうすると後で勉強しなおす気が起ころうというものである.(2003/6/18)

 あんよさんから,さらにコメントを頂きました.千影についてはいろいろ追いかけ足りないようです.特にアニメ前作は途中までしか見ていないので,フォローしてゆきたいと思います.

兄に見せるエキセントリックさが子供っぽいところに留まってることに私は引っかかりを感じているので,それがどういうとこから来てるのか落ち着けたいです.下ではあえて省いたのですが,千影が昔の写真を見つけたときに後ろの本棚にあるドイツ語本のタイトルはおそらく,Ende des Jahrhunderts(世紀末)とAstrologie(占星術).例えばこれをもって彼女を神秘的と呼ぶには,ものが素朴すぎるのです.(2003/6/18)

 水姫が始めた(あるいはもう終わった?)ようなので,再びデモベ補足.

ブラックロッジの面々のデウスマキナの野暮ったさ(格闘戦仕様じゃないとこ)にどこか見覚えがあると思ったが,頂点に立つ魔導師たちが巨大ロボット持ってるのは聖刻1092の練法師と呪操兵だった.巨大ロボットで血液というとそもそもはクレタ島のタロスだが,そいつを引用した操兵のイメージも強い気がする.

あと絵として好きなところをまた追加しておくと,基本的に暗いところで戦闘するものだから,デカくて硬そうな鉄の塊がなにやらガキンガキン打ち合ってることしか判らない絵がいい.これで枚数が少なければただしょぼいだけであるが,やたら多いところをみると見にくいのはわざとだろう.効果音がまたやかましくていい.あんなデカイやつらが夜間に戦闘したら,電球の切れたライブハウスにしかなりようがないはずである.

水姫からはぜひリューガの弟魂について一言ほしい.

(2003/6/18)


 前項について.リンク有難うございます.千影と兄との関係について,兄が千影の逸脱した言動に振り回される,あるいは千影が兄との運命的な絆に振り回される,という関係のほかにも,ほうっておくとどこかかけ離れた孤独な世界へ取り込まれてしまう千影の心を兄が繋ぎとめているという関係が,最近,表に出てきているように思います.

G's連載における最新の千影のエピソードがそうだった.実はゲームのほうは1,2とも四葉しかやってないので知らないのだけど,ゲームの千影はどんな千影なのだろう.

(2003/6/18)

 「高いところにいらっしゃるかた!みんなの喜ぶ顔が見たいんです.」(リピュア#13より)

金曜日は中将君と一緒に天王寺でリベリオンを見た後,二人して新水姫邸で泊めてもらった.水姫がまだ見ていなかったので朝までリピュアを上映.中将君もAパートをほとんど覚えてない模様だったので私なりに説明を付け加えながら,私自身,前半数話分のいかにも子供らしく描かれた花穂の姿を再認識した.彼女は冷蔵庫からつまみ食いしたり階段でどたばたしたりと母親に怒られそうなことばかりするのだけど,それは小さな彼女なりのルールや地図にのっとっている.彼女はダイエットのため冷蔵庫を開けないという自らに課したルールを破ってしまったのであって,彼女にとって彼女の失敗とは自分の取り決めを破ってしまったことに尽きる.彼女の失敗はけして,きっと母親がいつも言うよう三時まで待たずにおやつを食べたことではない.それが後になって,三時に食べなさいとか,一人で全部食べちゃだめでしょとか,彼女にしてみれば全く違う角度から叱られて,そのときようやく,自分ルールと母親ルールが違うってことを泣きながら首をかしげながらなんとなく知るだろう.やせるために階段をバタバタと昇り降りするのだって,彼女にとって階段は自分の家のもので,一番近いところにあるしちょうどいい高さであるからとても妥当な判断であるのだけれど,お行儀とか,近所に聞こえる音とか,危ないとか,床が悪くなるとかいろんな自分の外からやってくる理由とお小言を,彼女は泣きながら聞くことになるだろう.なんつか自分の小さい頃を思い出すと,自分が良かれと思ったりあるいは悪いと思ったことも,そもそも善悪の軸がおかしくて,うまくゆかなくて叱られて泣いたようなそんな事件ばかりであって,私はこの花穂を見て本当に子供みたいだと評するのだけど,そういうとき私はなんとも酸っぱい気持ちでいる.

あと,私の一番のお気に入りである第5話Aパートについて,もう一度ここに補足しておきたい.「流れる星につきぬ願いを」,千影と兄と,プラネタリウムの話である.

この話は千影の創作した三角座の物語が中心となっている.ギリシャ神話と関わりを持たない星座は少なくないが,第5話の最後でプラネタリウムの説明員が言うよう三角座もそのうちの一つである.幼い頃に兄と一緒にプラネタリウムを訪れた千影は,そのとき,星座が神話を持つものばかりではないこと,そして三角座が物語を持たないことを知ったのだろう.第5話において千影が繰り返し朗読する物語は兄に対して次のように説明される.「三角座にまつわる神話.人に聞かせるのははじめてだよ.」つまり,これはプラネタリウムでの出来事をきっかけとした他の誰でもない千影の創作である.以下,この物語の創作された過程と幼い頃の千影とみなされる小さな女の子へ多少言葉を付け加えることによって,フィクションと共に歩む彼女の生き様に敬意を表したい.

はじめに,物語の全文を抜き書きする.

女神は尋ねた.なぜ,そこまでするのかと.
願いを叶えたければ,けして名乗ってはならない.
その,誓いが守れなければ,おのれの体を,海魔に差し出すこととなる.
美しい体は,闇の餌食となり,
二度と光の元へ帰ることは出来ないだろう.
それでも行くのはなぜだ.
名乗りもせずに,お前の愛するものへの想いを,
伝えることが出来るというのか.

A.
王女は答えた.
王女は・・・

B.
王女は答えた.
ここに星空を詰め込んだ小箱があります.
これを手渡せばきっと伝わるでしょう.
なぜならそれは・・・

話の続き方にはAとBの二通りがあり,いずれも終わっていない.物語の辿り着く先はこのときまだ彼女の中で一つの言葉となっていないのだ.この物語の続きは,プラネタリウムへ入った後で千影と兄の二人の手によって語られたと,第13話の中で判明する.

(千影)「女王が小箱に詰めた星達は,結局みんな飛び出していってしまうんだ.だけど・・・」
(兄)「だけど,たった一つだけ星が残った.星は今も待っている.一緒に小箱の星座になるはずだった三つの星をね.」

物語の内容は一見してギリシア神話や他の物語の交じったものであることが判る.三角座は三等星以下の星で構成される地味な星座であり,周りを女王カシオペア,王女アンドロメダ,勇者ペルセウス,そしてペガスス,海魔(くじら座)といった,有名どころの神話にまつわる星座にとり囲まれていっそう貧しい感じを受ける.三角座の物語にうたわれる海魔の餌食となる王女といえば無論,アンドロメダを連想させるものである.第5話では千影が三角座の物語を朗読する度に,そのエンディングを飾るがごとく兄が千影の元を訪れる.一度目は自宅,二度目はプラネタリウムである.そうすると,この物語は兄を求める千影の気持ちを織り込んだ,まじないのようにも思えてくる.ならばこそ,千影は三角座を英雄ペルセウスと王女アンドロメダとの出会いにあるような劇的な物語と関連付けたのだろう.小箱が三角座と関係を持つ理由としては,一つには星空を宝石箱とするたとえは多い.その名も宝石箱と呼ばれる散開星団が南十字座にある.一対の宝石に例えられることの多い白鳥座アルビレオが夏の大三角の中に収まっているのも面白い.しかし,ここで最も関係があるのはペガススの四辺形だろう.ペガススの四辺形と呼ばれる4つの星のうち1つはアンドロメダ座のα星であって,ペガススの,と称するには実は星が足りていない.13話で付け加えられる小箱の話は,1つと3つをあわせて4つの星を結んだ箱型になるという話であるが,これはペガススからの連想だろう.この必要なピースが欠けた感覚は,千影の信じている兄との時を越えた絆を想像させる.彼女は一緒になるはずだった三つ星を地上の箱の中で待ち続け,いつか完全な天上の箱となる日を夢見ている.

さて,第5話には小さい頃の千影に似た少女が登場するが,彼女は一体何者であろうか.兄に対してけして名乗らない彼女は千影の書いた三角座の物語に通じるものがある.名乗ってしまうと取り返しがつかない,というくだりはアンデルセンの人魚姫をも思わせる.これは千影が前世での縁のことを兄に話しても理解してはもらえないと考えている所以だろうか.ままならぬ運命の鎖に自ら縛られるように,千影は誓約と希望の物語を書いた.兄に理解してもらえないという彼女の,もしかしたら強い思い込みに過ぎないかもしれないその戒めと,それに反発するように,それでも兄に対して愛を伝えることが出来るか否かを自問自答する姿が,短い物語の中に溢れている.その物語の結論は,十数年,書いては消し書いては消し,まだ確かなものがなかっただろう.しかし,物語はそうするうちに生命を持つ.こればかりはまだ上手く説明できないのだが,物語というのは何度も書き直すうちに必要な機を見て自律的に動き出すものだ.

千影の書いた物語は,物語が生まれた頃の千影の姿をとって,プラネタリウムのチケットを兄に手渡した.千影は自分の物語が勝手に動き出したことをきっかけとして,想い出のチケットを兄が持っていることに気付いたり,空想の物語の続きに実在の兄が来訪する奇縁を経験する.しかし,千影は物語からの誘いを素直に受け入れることは無く,作り物の星に興味は無い,といって二度とも断ってしまう.自分の中で長く澱となって積もった複雑な気持ちが,そう簡単に割り切れるはずはない.そこで機というものが働いて,こと千影が何げなくめくっていた本の隙間に想い出のプラネタリウムでの写真を見つけてしまうに至って,そういうありえない偶然にトドメを刺される形で,千影は流れに従うように気持ちが動いたのだった.そう考えてみると,上のAからBへの話の変化が判る.「ここに星空を詰め込んだ小箱があります.これを手渡せばきっと伝わるでしょう.」という言葉は,プラネタリウムのチケットを兄に手渡した物語の動きから千影自身が教えられたものである.時間の順序としては,千影の書いた筋書きに従って物語(つまり幼い千影)がプラネタリウムのチケットを手渡したというのが通常と思われるかもしれないが,Aではまだこの部分が明らかでなかったことを思うと,物語のほうが千影から離れて行動し,それを千影が受け入れたという順序のほうが,千影自身の兄への想いのままならさを反映しているのではないだろうか.ままならない気持ちというのはプラスでもマイナスでもあって,千影を極端な行動に走らせることもあれば,機を見て兄とのかけがえの無い時間を作ってくれることもある.彼女はそういう気持ちを制御に置けないからといって無下に捨てることなく,じっと抱えて生きている.それを捨ててしまえば,自分からいびつさは失せるけれど,自分の求める喜びもまた失うのだということに彼女は意識的であって,そんな風にして物語との境界を生きる人のことを,私は愛しいと思う.

この物語の本当の結末は,第13話で明かされる部分にある.プラネタリウムで千影が語り始めた物語の続きを,兄が途中でさえぎって語り継ぐ.
(千影)「兄くん,なぜそれを?」
(兄)「ん,さぁ,なんでかな.」
どうして,千影の創作の続きを兄が知っていたのだろうか.千影はもちろん,兄にこれを語ったのは初めてである.そう,そもそも二人の話は元が異なっている.千影の話は幼い頃に兄と一緒に見たプラネタリウムの景色から始まった.そして,兄の話はやはり幼い頃,街の時計塔にもぐりこんで仰ぎ見た,想い出の星空がそれだった.

僕が知っていたのは,星座の話じゃなくて,
小さい頃,この時計塔にもぐりこんだとき見た,この場所の星空だったんだ.
そして,ずっと昔のクリスマスの後,ここに置かれたまま忘れられていた飾り,
まるで神話の星みたいに.

千影の話が兄の幼い頃の想い出を呼び覚まし,時計塔で二つの夜空が偶然に重なるということ.二人の機運が交差する瞬間の美しさが,そこにある.そしてこんなことも貴方は知っているだろうか.クリスマスの夜,三角座がちょうど時計塔の中から仰ぎ見ることの出来る天頂に輝いているということも.

Aパート全体から見るとほんの一部を占めるに過ぎない千影と兄と星との物語であるが,私がAパートを全体として好きなのは,千影について,また花穂についても,書き手がそうと信じた姿を繊細な筆致で描ききったことを,輝かしいものとして見出すことが出来るからである.


P.S. ところでこれは僕の偶然に満ちた話でもありました.10月の終わりに書いたこちらを.このときは,第13話で三角座が本当に輝くことなど,知ることはできなかったのです.

(2003/6/15)

 昨日は一日中つくば.明日は久々にけいはんなへ.つくばは初めてで,けいはんなと田舎勝負をするつもりだったがけいはんなの完敗である.コンビニが出来て喜んでいる場合ではないよ.車で10分の範囲にサカエしかない大学と西友がある大学との差とか.それにしても広くて気持ちのよい場所だった.奈良は山林,つくばは野原,星が綺麗に違いない.学研都市けいはんなは点と線の世界である,いや不況のため点と点線ではあるが,これと比べ,面として広がるつくばが学園都市と呼ばれるのはなんとなく合点がゆく.

バス中での行き帰りで喋り過ぎ,家でぐったりしてしまった.自分のことを話し過ぎると後で魂が抜けて出て行ったように感じる.またしばらく黙って蓄えていよう.風呂から上がっていくらか文字を頭に流し込んで,寝て,起きて,調子が出てきたので月陽炎をようやく終わらせる.

後妻の葉桐さんはいい人であるが,鈴香は報われなかった実母に対する義理義侠から素直にはなれない.しかし,葉桐さんには因縁があってもその子である美月は関係ないから彼女にはダイレクトに愛情を注ぐ.いや待てよ,子供に罪はないと言うが,父と葉桐さんとの間の子である,本当に無関係と言えるのか.血の繋がらない子に辛くあたる姉というのもよく聞く話である.最初は柚鈴をえこひいきしているようにも見えたので,鈴香が美月の着付けの面倒を見ている様子には少なからず驚いた.鈴香の口から,父と実母,そして葉桐さんの因縁話を聞くと,なるほどそうかと判りやすい説明は与えられた気になるが,彼女が葉桐さんに冷たく当たって美月には優しくする姿には,言葉では説明しきれない,矛盾した,やりきれない事情を感じる.理屈じゃないやん.こればっかりは,過去の時間,過去のその場所で彼女とともに居なかった人間には判りようのないことだろう.彼女から聞くことのできる説明できる事情と,彼女の態度から想像するしかない説明しきれない事情とが矛盾してそこにある.人のどこか矛盾した事情に遭遇したとき,その人が過去に過ごした時間を想像してしまう.判りようがないのだけど,それでようやくその人に入ってゆくことが出来る.

話の後半はどれも人間くさい矛盾が人間ばなれした矛盾によって大味に蹂躙されてしまうので,読んでいて苦痛だった.常人の鈴香の立場で見ていると,何が起こっているのか全く判らないままに家族たちが死んでゆく.このゲームを最後まで終わらせたのは千秋恋歌に期待したからである.大鉈をむやみに振り回すことない,もっと細やかな話があの場所にはまだ残されているはずだ.

(2003/6/12)

 DALさんのところから,こちら.こういうレン(月姫)の話を読みたかった!
(2003/6/9)


 半場さん,うちの姉ちゃんより年上じゃないか! 格好いい.

腰にくる「そんな寂しいこと言っちゃあだめだよ?」のあの声(ピュアストーリーズ収録)であるとか,灰羽のスミカさんというのがようやく納得ゆきました.著しく惚れます.(2003/6/7)


 とらハ3〜リリカルなのは(第1話,第2話)

自覚してなかったのだけど緊張していたらしく,今日は家に帰ったら体がぐったりして,一方で目は冴えて眠れないといった祭の後状態になってしまった.

そんな感じで横になったり起き出したりを繰り返しながら,とりあえずゲーム.十六夜さんには悪いのだけど,りりちゃ箱の気分である.とらハ2を全て終わらしてからにしようと思っていた.だけど,時間の尺が合わない.

リリカルなのはは本編と全くの地続きだった.あの懐かしい場所である.とらハ3の高町家の話はシリーズ中で一番印象に残っていないと思っていたのだけれど,今になって効いてきた.冬に耕介たちに久々に会った時も懐かしいという言葉を使ったけど,懐かしいの意味が違う.

あれ,昔どっかに書いたと思うのだけど見つからなかったからもう一度書く.さざなみ女子寮というのは基本的には学生寮で,女の子たちにとっては通過点である.部屋を買取ってる真雪さんたちや愛さんの家族である人たちはともかく,およそ半分の子達は中学高校大学のうちのいくらかの期間をこの寮で過ごして,卒業してゆく.耕介は毎年入れ替わってゆく女の子を送り出す立場にあって,僕は身近に寮監さんはいないけど,同じように生徒を送り出す学校の先生の気分なら想像できる.未来ある女の子たちは考えなきゃならないことがたくさんあって,先生なんてのは過去であり裏方の人であるから思い出さなくていい.だけど,何年かに一度でも年賀状が来れば嬉しい.結婚しました,とかさ.小学校一年のときの担任の先生と大学に入ってから会って,先方は凄まじいことに僕を覚えてる,一方で,当時の僕は,昔のころころとして可愛かった子供とは顔かたちも性格も違うのに,そんなのに会ってなにが嬉しいのだろう,と思っていた.だけど,今はなんつか,時は越えるだけで意味があるように思う.耕介っていうのは未来ある若者の生活が表舞台だとすれば裏方の職業の人で,彼自身が若者であっていいときにはもちろん表舞台に上がるのだけど,多くの学生さんにとっては年長者であり舞台裏の仕事を受け持つ就業者だ.女の子たちが卒業するとき,耕介はきっとその子にとっていい裏方であれたかどうかを自分に問うだろうし,そういうプロ意識の元に送り出すんじゃないかと思う.巣立ってから,風のうわさにでもその子が同じ時代に生きてる様子を聞けるのが何より嬉しいんじゃないか.そしていつか,まれに,時を越えて会うことがあるとすれば.僕の懐かしさは何かっていうと,僕は耕介でもあり女の子たちでもあるので,そういう空想の母校を訪れるときの,二人が時を無事に越えられたってことそのもので,そのとき,そういう場所は本当にあるのだ.

高町家というのは通り過ぎる場所でなくて,居る場所だ.時は越えない.大人子供の能力の差はあっても舞台に表裏がない.遠くへ行けばいつでも電話する.そのとき居間の電話の鳴る場所が高町家だ.つまり,「懐く」の形容詞形であるほうの懐かしいだ.

これまでなのはの視点から高町家を眺めたことはなくて,今のなのはにしてみるとここは疑いもなく愛しくて,去りがたい.いやそもそも去ることを考える理由もない.武にせよ食にせよ,手に職を持つ家系であるから,この場所で生きることへの動機付けが強い.

なのはにとっての高町家がよく判ったのは一日目の夜のことだ.眠りに落ちる前,不思議な声を聞いたなのはは,不安になって夜の高町家を徘徊する.つまり,怖い夢を見たようだから誰か頼れる人の部屋へ向かうのだ.まずはお兄ちゃんの部屋へ行った.起きてくれない.お姉ちゃんの部屋に行った.やっぱり起きてくれない.最後にお母さんの部屋へ行った.これは僕が選んだ順なのだけど,なのはにとって高町家の地図というのはそういう風に出来ている.3つ印があって,そこはお兄ちゃんとお姉ちゃんとお母さんの部屋で,眠れないような夜に行かなくちゃならないのはその3つの場所なのだ.

なのはが自分のことでなく高町家のことを心配するとき,この地図はもっと広くなる.ゴーストの仕業で記憶を失ってしまったかもしれない家族を思うとき,蓮飛,晶,フィアッセの部屋がそこに加わる.僕はまたお兄ちゃんの部屋を選んだ.なのはは恭也の記憶が無くなってしまっていないかを心配する.深夜に起こされてそんなことを言われた恭也は何のことだか判らないのだけれど,まずはなのはの心配を取り除くため,なのはの言われるままにする.常識的に考えれば,なのはは寝ぼけている.だけどなのはがそうなってしまった原因はどうであれ,なのはが不安である限りはそれを取り除くことが第一であることくらい,恭也は判ってくれている.とらハというのは霊や妖怪や超能力のオンパレードで一見無茶苦茶である.しかし,とらハにおいて超自然的なエピソードを支えることができるのは,そういう当たり前で妥当で,だからこそ言葉にすることが難しい気遣いをきちんと述べる力があるからだ.

魔法の呪文が良い.「風は空に,星は天に,そして,不屈の魂は,この胸に」である.女の子に,不屈の魂,という言葉を与えるのは全く都築氏らしい.(2003/6/4)


index

童話めいた日誌 2003/6/22
 シスプリ日記.

stair stayer 5月分(2003/5/4 - 2003/6/4)
 「クローバーランドのお姫様」(7)(8)「お兄ちゃんの日」「あほのかみさま」

stair stayer 4月分(2003/4/4 - 2003/5/2)
 「クローバーランドのお姫様」(1)-(6)

世界のはじまり(2003/3/9 - 2003/4/3)
 「灰羽連盟」と「SNOW」,「毛布おばけと金曜日の階段」.

セツナカナカナカナカナイカナ(2003/2/17 - 2003/3/7)
 「すいげつ」と「SNOW」の話満載日記.

ウラニワ(1996 - 2003)


index
曽我 十郎