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羅生門



 小用があって烏丸五条まで出たところ、ふと後ろをみると、京都タワーが意外なほど間近に見えたのでした。その直下にあるはずの京都駅は長きに渡る新装工事の末に、ちょうど昨日、全館オープンしたのだと聞いていて、それならばと、私は用を済ませた後に少し立ち寄ってみることにしました。

 駅は外が一面ガラス張りで、東西に長く横たわっています。工事中、五条大橋付近から見たときは巨大なダムのようであり、また駅南東の陸橋からの眺めはさながら操車場に乗り上げた箱船でしたが、今、中央コンコースより初めて見渡すその内部は、鋼鉄の糸で編まれた繭の中であると言えました。

 コンコースは吹き抜けで、右手、すなわち西側には伊勢丹へ向かう長いエスカレーターと大階段があります。伊勢丹は初の関西圏出店ということで話題を呼びましたが、今日も開店してまだ二日目で、夕方にも関わらずエスカレーターは人が列をなしています。大階段の所々には人が腰かけているのが見えました。そうするとちょうど、繭の空洞を全て視界に入れることが出来るのでしょう。そして、階段のさらに上は青空を流れる雲。ただ、その構想の壮大さに圧倒されるようでした。

 しかし、大階段の頂上まで昇ると、それまでの印象が一変しました。これは繭などではありません。いうなれば巨大な「門」なのです。そこから見おろすコンコースには、多くの人の行き交うのが見えます。私の足元からは階段沿いにずっと、その様子を眺めるか、そんなことはつゆと気にせず隣の友人と話し込む学生の姿が、まばらに続いていました。そして周囲に立体構造をなす通路の継ぎ目には、足を止めた友人達と時を止めた恋人達が。

 ここで私は「門」には「門番」が必須のものであると確認することになりました。門とは「こちら」と「むこう」との境にあるものですから、人は門に足を踏み入れ境を越えるとき、異界に対する冒険を感じます。そして、その感覚は「門番」がいることによって、いや増すのです。


 ここでいう「門番」とは、制度的なものではありません。改札口の駅員では無いということです。門番はまず、通行者に無関心をよそおわなくてはなりません。そして見ていないようで見ているような態度こそが、門番と通行者との間の緊張関係を生むのです。それはもちろんお互いが直に接触するイレギュラーをも含みます。


 また、門番は我が物顔でなくてはなりません。あたかもそこが自分の持ち物であるかのようにくつろいでいるならば、通行者は門番を風景に溶け込んだもの、すなわちそこにいないものとして回避し、安心感を得ることも出来るのです。


 緊張と安心感、この二つの狭間であればこそ、門は冒険の楽しみを容易に得られる場として、魅力を持つのだと思います。

 少し余談となりましたが、ともかく私はそのような門と門番たちが、この京都駅の新しい構造として組み込まれていることを思い、そこに魅せられたわけです。また、中央コンコースを口とする大きな門に対し、垂直方向の方々に設けられた踊り場は、構内空間を縦横に駆ける通路の関(門)として配置されており、駅全体が門の入れ子構造に結晶化しています。そうすると、自分が通行者であると思っていても、ふと途中の引っかかりや継ぎ目で立ち止まった瞬間、いつのまにか門番になっていたり、連続的な空間移動のうちに立場が目まぐるしく変わってしまうことになるのです。これは、一見平和である駅に仕掛けられた毒気のようで面白く感じられました。

 以上のように、門をアミューズメントとして捉える向きは不謹慎かも知れませんが、古には夕闇に隠されし門番、すなわち鬼の住んだ異界との境である処に、今は人間が積極的に入ってゆく必要があるのではないでしょうか。異類となるのが難しい昨今の社会では、こうした遊びこそ必要で、それが自分の中に見つけた大きな闇を受け入れる準備ともなるのではと思います。

 そんなことを考えていたとき、ちょうど母校の中学の制服を見つけました。駅はそもそも子供の来るところでなく、常用することは私のように電車通学していた者の特権でしたから、昔を懐かしんでその様子を少し目で追いかけてみました。するとその中1らしき二人連れの少年達は、片方がどこかを指さしたかと思うと、ずっと向こうの小さな構造物の陰へ走り込んで行きました。そのまま姿が消えてしまったので、そんなところに何があったかと見に行けば、下の駅へ続く細い階段があるのでした。どうやら、二人してそこを降りていったようです。

 少年たちにとってこの門は、今はただ脇目もふらず駆け抜けるだけの場所に過ぎないのでしょう。しかし、いつか羅生門の鬼に気付く日に、立ち止まってこんなことを考えることもあるのだろうかと、ふと思いました。

(1997/9/12)



◆Footnotes◆
 ・新京都駅の設計者である原 廣司氏は、空中庭園で有名な新梅田シティーも設計されているということで、今度機会があれば見に行きたいと思っています。
 ・羅生門については"こけむす"さん「羅生門特設ページ」が面白いです。



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寿琅啓吾 <soga@summer.nifty.jp>