図鑑の宇宙 


 そもそも私の星好きは小学生の頃にまでさかのぼる、と言うと「星影拾遺」などという名のページを創る者として至極当然のようにも聞こえるが、実際にはそれは私の勘違いとも言えるような代物だった。当時の私は百科事典や図鑑を友とするような種の少年の一人だったが、本当はどちらかというと物語の方が好きで、あまり物語を読まなかったのは、家にこもりがちだった私が、図書館へ通うよりは手近にある事典の類をなぐさみにしたというただそれだけの話である。だから、事典の中でも物語と呼べるようなものの載る「星座」の項が私のお気に入りとなるのは当然のことで、つまり、私は星の「神話」が好きだったわけである。

 子供というものは単純なもので、電車が好きだから電車の運転手になりたいというのと同様、星の神話が好きだった私は将来、天文学者になるのだとうそぶくことになる。この勘違いは驚くべきことに高2の頃まで続き、進路調査の第一志望欄は理学部の宇宙物理学科が埋めることになる。

 一方で、現実の星はひどくつまらないものであると思っていた。小4か小5の頃、無理を言って天体望遠鏡を買ってもらったのだが、天体望遠鏡では「星座」を見ることが出来ないと知ってひどく落胆したのを覚えている。星々の名前の意味やそれに付随する物語は、レンズの向こうに直接は見えなかったのである。また、もとより私の住む処ではマンションに囲まれた明るい空に星はあまり見えなかった。そういうわけで、自然、私の夜空は図鑑の中だけのものとなった。これで将来、星関係の仕事に就こうと思っていたのだから、よほど他になりたいものが無かったのだろう。



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 図鑑の中の星は、半分物語、半分位相学だった。神話を一通り読み終えた後は、大判の写真の中に切り取られた、春夏冬の大三角や北天の星の軌跡の円環、オリオンの鼓形に心を奪われた。なかでも、全天でシリウスの次に明るいというカノープスや「川の果て」の名を持つ輝きが、故郷の緯度や周りを囲む山並みのおかげで見えないという事実は、私を遠い南の国への憧憬に駆り立てさせた。今でも、私が世界の果てとして頭に描くのは、これらの星の良く見えるだろう、水平線の向こうの地である。

 そんな私が本当の夜空に目を向けるようになったのは、昨年京都に越してきてから初めての冬のことである。高い建物の明かりで照らされることのない黒の強い夜空には、冬の星座を一望することが出来た。街の夜空でも星が見えることを知ったのは、その数年前に同じく京都の吉田神社付近で星を見た一件以来のことであったが、その星の見える街に今自分が住んでいるということに改めて気付いたのは、ようやくこの時であったのだ。

 星は体に染み込むように映る、いや、星は体で見るものだと私は知った。そして、近頃は時間があれば屋上に体を投げ出して、夜空をずっと眺めている。










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寿琅啓吾 <soga@summer.nifty.jp>