「あなたのために チャイニーズ・ルーム」

セリオにおつかいを頼めるかっていうと,とてもじゃないが怖くてできない.彼女はきっと横断歩道を渡れない.いつもは私が側についているから,いつ渡っていいのか知ることができる.さぁ,信号が青になった.行こう,セリオ.さもなくば彼女はどこかで照準を合わせているかもしれないゴルゴの心配までしなくてはならないのである.セリオのことは,自分の身の安全を確保するため万が一の可能性も見落とさず永遠に計算を続けるようにした.おつかいの度に彼女が「まるいち」のようにぼろぼろになって帰ってくる姿なんて想像したくないだろう? もしも彼女に自律性があるように見えるとしたら,それはきっと来栖川の管理センターから人が遠隔操作しているのである.そうでなくてはちっとも安心できやしない.横断歩道を渡るには人間程度にいいかげんでなくてはならないのだ.セリオの視覚,聴覚,触覚,その他もろもろの感覚は電波でセンターへ送信され,それを人が受け取ってコンピュータの支援を受けて判断し,操作する.シェル・パーソンを思い出してほしい.それは「せりお」という名の少女が殻の中から操作しているのだ.僕は唯一,彼女のためのブローンであれたらそれでいい.

せりおさんの,歌が聞こえる.

僕の頭の中に住んでいる中国人がさっきからやかましい.彼女の役目は僕の拾ってきたカードを受け取って,手元の対応表と照合した結果,指令カードにして返すことだ.僕はいつもただその指令に従って行動している.だけどカードは全て日本語で書かれている.そして彼女は日本語が読めないから内容を理解していない.ただ手元の対応表と照合して機械的に結果を返すだけである.

「ちかごろたいくつアルヨ.もっと面白いカードを拾ってくるヨロシ.」

ゼンジー北京みたいにしゃべるものだから,ほんとに彼女は日本語が判らないのだろうかと僕は疑うことがある.でも,可愛いから全て許す.彼女は僕の希望するところによると,小柄で(でも肉付きはわりといいほう)おさげで眼鏡で,そばかすがあって,人民服かチャイナかはわりとその日の気分で,少しがめついけれど,ときにしおらしく,照れ屋でいいやつなのである.

「ねぇ,『努力』とか『根性』とかのカードがたりないヨ.大丈夫アルカ?」

ごめん,君にまで心配かけちゃったね.使い捨てのカードはどうも一気に使い果たしてしまうんだ.最近カードの引きが悪いし.

「だからワタシ考えたアルヨ.手持ちのカードでなんとかするネ.『火』と『火』のカードを合わせたら,『炎』として使えるアルヨ」

いつも世話をかけるねぇ.ところで何度も聞くけど君ほんとうに中国人?


これは三月兎の馬鹿話.March hareに-en がついたらMarchenウサギ.ウムラウトの足りない,それは炭酸の抜けた脳内のメルヘンでした.不幸にもアイデアロールに成功してしまった貴方にはメンヘル板を.

(2003/4/14(再録))


index