ドルチェ/早桃独話篇


(二日目)
早桃には,子供の頃から空想のお友達がいたの.
空想のお友達,なんていうとなんだかアブナイひとみたいでイヤなんだけど……ぜんぜんそんな,特別な感じじゃないの.
ずっと,いるって思ってたから……そういうものだって思ってた.
そういうお友達もいるんだって.
早桃にとっては自然なことだったの.
ドルチェ.ドルチェっていうのが,その子の名前.
絶対に笑わないでね?
ドルチェっていうのは,人間じゃないの.
羽が生えた猫なの.

それでね,しゃべるときは言葉の最後に『ニャ』ってつけるの.
『早桃ちゃんはいつも泣いてばっかりだニャ』
『今日はいい天気でなんだか気持ちがいいニャ』
……あ,笑った! うふふ,でも……ウン,おかしいよね.
辛いときとか悲しいとき,いつもドルチェが励ましてくれた.
悩んでるときも相談に乗ってくれた.
絶対に答は教えてくれなかったけど……『答は早桃ちゃん自身が決めることニャ』って……いろんなアドバイスをくれた.
早桃の空想が生んだ友達なのに,早桃が知らない難しい言葉をいっぱい知ってるの.いろんな本や映画からセリフを引っ張ってきて,面白いアドバイスをくれるの.
そして最後にいつもこういうの.
『答はね,早桃ちゃん.風のなかにあるニャ』って.


(三日目)
「ねえドルチェ」
『なんニャ,早桃ちゃん?』
「早桃,なんだか悲しいよ.すごく,すごく悲しいよ」
『地上的な悲しみは徹底的に打ちのめされなければならないニャ.そのときだけひとは,真の希望で自らを救うことができるニャ』
「ドルチェ,ぜんぜん意味がわからないよ」
『ドルチェもよくわからないニャ』
「ドルチェ,早桃,すごくふしあわせだよ」
『笑ってみるといいと思うニャ.生まれたばかりのあかんぼうは,なにが嬉しくて笑っているというわけではないニャ.笑っているから,しあわせなんだニャ』
「ドルチェ,早桃はもう笑う力も残ってないよ.どうすればいいのかな?」
『答はね,早桃ちゃん.風のなかにあるニャ』


(七日目)
お金はいくらあっても足りなかった.
かわいい洋服や,アクセサリーをつけるたびに,私はうまくウソがつけるようになっていった.
より素敵な,大きなウソをついて,援助交際の相手に尊敬してもらえるような気がした.
援助交際する男の人って,本当に早桃のことをよく見てるんだよ.ブランド物をつけていると,「それってブランド物だね」って,ちゃんと気づいてくれて,誉めてくれる.
ということは逆に,安っぽいものをつけてたら,すぐに見抜かれちゃうってことだよね.
見抜かれて,「たいしたことないな」って思われちゃう.
いつのまにか,やめられなくなっていた.

『そういうことはやめたほうがいいニャ』
「ドルチェ.そんなお説教,早桃は聞きたくないよ.
 うまくやってるもの.なにもかもがうまくいってる」
『運が良かっただけニャ.人生を支配するのは幸運ではなく,英知ニャ』
「誰にも迷惑かけてないし」
『誰にも迷惑はかけていないかもしれないけど,自分自身を損なっているニャ』
「やっと認めてもらえたんだよ?」
『自分の価値をコーヒースプーンで計るのは,賢明なやりかたじゃないニャ』
「じゃあ,代わりにどうすればいいのか,教えてよ!『答えは風のなかにある』っていうのは無しで!」

ドルチェはすごく悲しそうな顔をして,しょんぼりと肩を落としてどこかに消えていったわ.

すぐに,手だけで,口だけでって……そういうことをするようになった.そういうことをしちゃったら,どこまでやっても変わらないような気がして,エッチもした.
エッチをすると,しなかったときの5倍以上のお金がもらえた.
ドルチェは,ときどきしか私に話しかけてこなくなった.
悲しそうな目で,じっと私を見ているだけだった.
そんなとき,お母さんが再婚して……おにいちゃんとあったんだよね.

(中略)

「ねえ,ドルチェ.早桃,もう援助交際はやめようと思うんだ.」
『そうか.ドルチェはうれしいニャ』
「おにいちゃんと釣り合う女の子になりたいの」
『早桃ちゃんならなれるニャ』
「まだ間に合うかな? おそくないかな?」
『まだ間に合うニャ.おそくないニャ.今日から新しい早桃ちゃんがはじまるニャ』

ドルチェはひさしぶりにゴロゴロと喉を鳴らして上機嫌だった.
肉球でぽんぽん,と私の肩を叩いてこういったわ.
『喧嘩のいいところは,仲直りできることニャ』

でもね,結局ドルチェとは仲直りできなかったの.
私が援助交際を続けたから.
いつも,次で最後にしようって思った.
でも,やめられなかった.次でおしまい.次でおしまいって何度もそう思ったけど,いつまでたっても本当の『次』はやってこなかった.
お金が欲しかったから.
最初は全然目的じゃなかったお金が,いつのまにか私のなかで大きく膨らんで,抑えきれないものになってた.
洋服やアクセサリーは,自分の価値を高めるためのものだったのに,いつのまにか,理由なんかなく,ただ欲しいものになってた.
すごく単純な欲望なの.
難しい理屈や,カッコイイいいわけなんて,少しもない.
お金が欲しかった.
……眠気に似ているのかもしれないな.
理由も理屈もなく,どこからか生まれて,抵抗できない.
ずるずるとひっぱっていく欲望
ただ単純に,お金が欲しかったの.

『早桃ちゃんは,愛よりもお金のほうが重いと思ってるのかニャ?』
「そんなことはないよ,ドルチェ! 早桃は本当におにいちゃんのことが好き!」
『でも,早桃ちゃんは,援助交際はおにいさんを裏切ることだと思ってるニャ』
「思ってるけど……とめられないの!」
『それは愛が足りない証拠ニャ』
「そんなことない! 早桃,本当におにいちゃんが好きだもの!」
『でも,お金を選んだニャ』
「おにいちゃんが好きなことと,お金は,別のことなの!
 郵便ポストと新幹線が闘ったって意味がないのと同じ.
 比べられないし,比べても意味がないものだから……」

ドルチェはすごく悲しそうな顔をして,しょんぼりと肩を落としてどこかに消えていったわ.
そして二度と戻ってこなかった.



「ジサツのための101の方法」(公爵)より