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「ラプランドの迷宮」1999年6月8日 山賊のむすめ & ゲルダ from |
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Waffle's Note
山賊のむすめに、手に入れられないものはありませんでした。
ある日、仲間の山賊たちが旅人からかせいできた中に、一人の子供がいました。 「その子はあたしのものなんだからね!」 山賊のむすめが威勢よく叱り飛ばすと、女の子はむすめのものになりました。むすめはまだゲルダと同じくらいの背丈の小娘でしたが、ずっとこの荒くれ者たちの中で育てられましたから、たいそう勇ましくて、将来はきっとよい山賊になるだろうと、みな口をそろえて言うほどでした。けれども、むすめは自分と同じ子供が回りに一人もいないことを、ずっと淋しく思っていました。 「あたし、おまえが嫌いにならないうちは、だれにもおまえを殺させはしないよ。」 むすめはゲルダに言いました。ゲルダは山賊たちに殺されるのは嫌でしたが、このむすめとずっと一緒にいるわけにもゆきませんでした。ゲルダには急いでやらなくてはならないことがあったのです。 「わたし、いなくなったカイちゃんを探す旅の途中だったの。小さい頃からずっと一緒で、屋根の上で遊んだり、バラの歌を歌ったりしたの。」 ゲルダはずっと南の国からカイという男の子を探して一人で旅をしてきたようです。むすめはそんな大切な友達のいるゲルダのことを、少しうらやましく思いました。けれども、それ以上に同情して、こう言いました。 「きっと見つけられるさ。この世に探して手に入れられないものはなにもないんだよ。」 そして、ゲルダの濡れた目をふいて、両手を暖かなマフの中につっこんでやりました。外では雪が降っています。ここは寒い国でした。 ◆ むすめはゲルダと一緒に寝床へ行きました。 「あたし、おまえが嫌いになっても、だれにも殺させはしないよ。そのくらいなら、あたしが自分でするよ。」 そう言ってむすめはゲルダを強く抱きしめました。それはあまりに乱暴な抱擁だったので、ゲルダは体が痛くなりましたが、むすめの腕っぷしの強いのが恐かったので、文句を言うことができませんでした。なんにせよ、ゲルダは捕われの身だったのです。 「ねぇ、眠っている間もナイフを離さないの?」 むすめは長いナイフを手に持ったまま、寝床に入っていたのでした。 「そうさ。どんなことが起こるか分からないじゃないか。だからいつだって、ナイフを持って寝るんだよ。」 それに、今日はゲルダもいましたから、守る備えは万全でなくてはなりませんでした。ゲルダははじめ、ナイフが恐くて目がさえっぱなしでしたが、むすめに抱き締められているうちに安心した気持ちになって、真夜中過ぎにはうとうととするようになりました。 ◆ 朝になってようやく、ゲルダはラプランド(フィンランドの北部)へ行きたいのだとむすめにお願いしました。ゲルダはそこにカイがいるという噂を聞いていたのです。 「そうかい、仕方ないね。じゃあ、トナカイを貸してやるよ。」 むすめはそう気前良く答え、少し食べものを持たせてから、ゲルダをトナカイに乗せてやりました。むすめはもっとゲルダと一緒にいたいと思っていましたが、また必ず会えると思っていました。これまで、むすめが探して見つからないものはなかったし、手に入れられなかったものもなかったのです。 ゲルダは涙を流して喜びました。そして、トナカイの背で手を振って、さよならを言いました。 けれども、むすめは「さよなら」という言葉の意味さえ知りませんでした。 ◆ その日から、むすめはおかしな気分になりました。昼間、山賊たちと馬を走らせるときは、なんだか一人とり残されているような気がしました。夜になって眠るときは、寝床がいつもより寒いような気がしました。そうして、いてもたってもいられなくなったとき頭に浮かぶのは、あのゲルダという少女のことでした。 三日目の夜、むすめは今すぐにでもゲルダに会いたい気持ちが止められなくて、ついに馬で走り始めました。目指すところは、はるか北のラプランドです。 一昼夜走り続けると、向こうの空にオーロラが見えました。ラプランドはあのオーロラの下にあると聞いていたので、むすめは馬に入れる鞭をいっそう強くしました。 さらに一昼夜走り続けると、ドォン、と大きな音を立てて馬が倒れてしまいました。むすめは馬を放して、自分の足でラプランドを目指して歩き続けました。あたりの沼地は凍ったように冷たい空気を吐き出して、むすめの体に絡みつけました。それでも、ゲルダのことを考えれば、どこまでも歩いてゆけるような気がしました。 もう何日歩いたか知れないという頃、むすめはようやく人の住む家を見つけました。そこにはラップ人のおばあさんが住んでいました。 「かわいそうなお嬢さん、いったいどうしたんだい。」 むすめはもう、ひどい格好をしていました。ズボンはぐっしょりと土色に濡れていて、上着は枝に擦られてボロボロでした。 「あたし、ゲルダに会いたいんだ。」 おばあさんは、むすめを家の中に入れて、温かいスープを飲ませてやりました。むすめは、これまでのことを全部、おばあさんに話しました。 「私はゲルダという女の子に会ったことがあるよ。」 おばあさんがそう言うので、むすめは急いでゲルダの居場所を聞きだそうとしました。けれども、おばあさんはむすめを諭して言いました。 「たしかにゲルダはこの近くにいるよ。でもね、おまえさんがゲルダに追いつくためには、歩くより他に、知らなくちゃならないことがたくさんあるんだよ。」 むすめは、これまで何でも手に入れることができましたが、そのかわり、実は知らないことがたくさんあったのでした。 「よく分からないよ。でもとにかく探してみる、ありがとう。」
むすめはそう言って、おばあさんの家の扉を開けました。
「ゲルダ、ゲルダ!」 むすめは、効かない目の代わりに、ありったけの声をはりあげて、ゲルダの名を呼びました。 けれども、けして返事の聞こえることはありませんでした。
冷たいラプランドの原を三日三晩歩き続けて、 (了) ・・・どうものっけから長々と失礼いたしました。読んだことのある方にはすぐ分かると思いますが、アンデルセンの「雪の女王」より、山賊の娘のサイドストーリーです。設定としては、原作にある空白を埋めるような感じで書きました。 「雪の女王」は昔、アニメで見て、詳しい内容は忘れてしまっていたのですが、女の子が男の子を助けにゆく話っていいよね、なんて気持ちで読んでみた原作では、見事に山賊の娘という脇役に惚れてしまったのでした。 ともかく乱暴で愛情表現が不器用なんですが、情がとても深く、ずっとゲルダのために真剣でした。二度登場する"だれにも殺させはしない、"という言葉が私は好きで、これは岩波文庫版の訳者、大畑末吉氏の訳をそのままお借りしました。 原作はゲルダが主役ですから、むすめの視点で語られる部分はありません。けれども、「目はまっ黒で、どこか悲しみをたたえていました」というむすめの描写が、乱暴で勝ち気なこのむすめの想いに対して、何か書いてやらずにはいられなくさせたのでした。 この後、小さかったむすめは、立派な娘へと成長します。でも、ゲルダのことは一体どうなったのでしょう?・・・それは原作の方で確認して頂ければと思います。 このお話を書く時は、同じく「雪の女王」をモチーフにした谷山浩子さんの「カイの迷宮」をずっと聞いていました。もの悲しいテーマが、むすめの孤独な探索行を想像させました。原作と並んでこちらもお薦めです(山賊のむすめの出番はほとんどないですが。) |
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