最終日記彼女
いつのことだか、思い出してごらん。
[夏コミ情報]
はいからざうすけはいろいろ問題を抱えながらも、とりあえず使える感じです。前回のサンプル絵は、もうちょっと水彩らしく修正。
Marさんのザウポケで紹介して頂いたことだし、頑張ります〜。
日記の栞からの電波を受信しました〜。ありがとうございます。
というわけで、はいからさんなお姉さんは描こうと思ったんですが、時間がなくて描けなかったり。リリース時には絶対!とか思ってます (^^; なにせ、そのための「はいから」ですから。
あと、ドット絵描きまくり、というのはデジキャラじゃない別の秘密企画なんです〜。ごめんなさい・・・。
がびーん、電波が見えるんですかー!
無理してでも夢テク行くかなぁ。券もらったことだし。
今日は再び、日本橋へ。腹痛にて歩道橋あたりでのたうつ。遅刻してごめんなさい。7、8人でぐるぐる回る。
総統にWinエロゲのベスト5を挙げて欲しいと言われているので、考えてみる。
ううむ、一つ埋まらない・・・。好きなゲームって一度きりの思い出にしたいものと、何度でも繰り返してやりたいと思うものの二つがあると思うんですが、上に挙げたのは後者のほう。ONEには複雑な思いを抱いていて、Win版本編以上に、その後に出たものに大きく影響を受けている(PS版の中川亜紀子&雪乃五月と、長森のCDドラマね。)ので、ゲーム単体としては挙げにくい。
ラブラブおもちゃ箱が自分の中でかなり重要な位置を占めると分かったので、さっそく自分で購入(これまで借りてた。)あとリスキー&セフティのDVD第二巻とか。
夕方よりテアトル梅田にて「人狼」を見る。前半、セクト少女の死に際の顔が忘れられない伏隊員の迷いっぷりが、ファンタジックに演出されていてとても好みです。あと絵がむちゃくちゃ萌えますね。
その後にしゃぶしゃぶ食べ放題へ。狼になった気分です。
DNAの力か、姉がいつのまにやらザウルスを購入。MI-C1ブルーです。さっそく趣味の書籍データベースづくりに利用している模様。
このWebページのことやら、私がこんな萌え〜な人だということは、まだ姉にはバレていないはずなんだけど大丈夫かな〜。
私のザウルスを見て、
「この『ざうすけ』ってなに?」とかいう会話がすでにあったりして、黄色信号点灯中。
「いやぁ、ただのお絵描きソフトだよ(汗)」
「ふぅん」
地元のお子たちと交流するも(画面に表示されてる生首が)怖いといって逃げられること多数。大人にはオオウケだったけど、虚しい勝利であった。
GUTCHIが応援に来てくれる。どうもありがとさんでした。そのあとだべりんぐ&会食。元気そうでなによりです〜。
昨日は中将くんにぴろお兄ちゃん説を語ったり、長森シナリオについて語りあったり。長森CDドラマの攻略本は、いずれこちらに載せます〜。
-中将語録-
そのいち。
「文学批評なんてできませんが、文学少女批評ならお任せください」
そのに。
「・・・やっぱ、半ズボンは良いねぇ」
「は、なんのことですか?」
「君、すれ違った女の子の服はちゃんと見てなきゃいかんよ」
「いやぁ、それが眼鏡っ娘だったら目が自動追尾するはずなんですが・・・」
これが、勇者への道。
新幹線で関西へ移動中、隣席のサラリーマンが仕事にザウルス黒ゲッティを使ってました。そのとき私は横でMI-506でもってお絵描きしてたんですが、全然現行機種と形が違うからザウルスだって気づかれなかったかも。
ザウルス上で256色のドット絵をいっぱい描く必要に迫られたので、せっかくだからソフトから作ってみたり。どうせなら256色といわずザウルスの限界である65536色で。それで、(Windows風にいうと)ハイカラー版のざうすけなので、名付けて「はいからざうすけ」・・・って、そのまんまやん。
はじめは、JINZO16色版で描いてたんですが、ザウルス側で見たときとの色合わせにえらく苦労したので (^^; というわけで、先日の謎絵の正体はコレ。あと下のファジーちゃんは贈呈用につき、こちらには描きかけのものをアップ。(8/7日、JESICAさんのFANDARCIAへ嫁いでゆきました〜)下絵はざうすけで描いています。
スケジュールの都合やそもそもの目的(ザウルスでカラーのドット絵を描きまくる)で忙しいため、公開版まで持ってゆくにはあと一月はかかりそうですが、ざうすけの時と同様、製作中の試行錯誤など時々綴ってゆこうと思います。
16色でも256色でもフルカラーでもない、ハイカラーというのは結構特殊な環境で、実際に絵を描きながら、どんな絵が描けるのかどんなツールが必要か試行錯誤しています。 65536色もあればいろいろ出来そうでいて、その実、たかだかRedは32,Greenは64,Blueは32階調しかないわけで、24bitカラーと比べるとかなり色のグラデーションを作りにくい。ブラシの不透明度設定は三段階以上作っても無意味な感じです。上のファジーちゃんは不透明度をいろいろ変えながら描いた絵で、前回の池の絵は不透明度100%だけで描いてます。もっと透明水彩のような絵を描けるようにしたかったけど、難しい (-_-;
メッシュペンことタイルパターンも健在なので、16色、256色絵の技法も使えます。ルーペも使えます。なんというか65536色の中途半端さを逆手にとってるというか。でもさすがにJINZOのような色演算機能はありません。(<-やっぱ中途半端やんか。)
こうして二枚描いてみたところで、ザウルスの液晶とコンピュータ用ディスプレイとの色の一致は結構イケてるっぽいことに気づく。これは良いですね〜。
ざうすけのほうも改良の必要な点が山積みですが、用事があったこともあって、とりあえずこちらのほうを優先させました。ルーペ機能はざうすけのほうにもフィードバックします。さんざルーペは付けないって言ってたのにゴメンナサイ。
今はとりあえず動くだけで、色々マズイ部分が多いです。触ってはいけないボタンとか、縦モードしか対応してないだとか。公開までしばらくお待ちください m(__)m
うちのザウルスMI-506DCが、新しいスケジュールを書き込めないというエラーからしばらく復帰できず。常用マシンと開発用マシンが同じなのはマズイかなぁ。復旧のためバックアップマシンのMI-110をいじっていたら、久々に触れたその軽さ(重量の話ね)に感動していたり。やはりナンにしても手のひらサイズが良いということでしょうか?
結局、全データをCFカード側に移してから、本体フルリセット、その後、MOREソフトのファイルマネージャでスケジュールファイル以外の必要なもの(ワープロ、アドレス帳、WWWライブラリ)をコピーしておわり。スケジュールはMI-110で確認しながら、1から入れなおし。
木曜日は中将くんとあんな赤い店へ。金曜日に再び関西へ帰還、西明石の皆様およびお子たちと戯れたあと、日曜日には日本橋か京都へ。月曜日にまた東京へ帰ってきます。
そろそろ寝ようかと思っていたところ、SP48KさんのところからZKIZUのページへ行ったら、グラフィック表示可能なバージョンがアップされてるじゃないですかー!寝てる場合じゃないっす。
で、しっかり千鶴さんが三人表示されました (^^; なんとなく嬉しかったり。関西へ帰る新幹線の中で何をするか決定。
煮つまりまくりやがってますので、気分転換に構内の池などを写生。
何を使って描いたかは機密。・・・って、画像サイズ見ればバレバレだー! 詳細は後日・・・。
だいたい一時間くらいで描きました。標準の手書きメモではこうはゆくまい。絵はヘタレだけど、楽しんで描けたからいいや。
つっこみ忘れ。たまたま実家にいたので調べて直してみたら、Sunshine phantasm girlのは、実姉ではなく、魂の姉だった。当時は私も甘かった、というか設定的に実姉が不許可だったような。
事前にインベーダーサマーを読んでたら、もっと違うプレイになっただろうね。
西大寺で中将くんと待ち合わせたけど、ランデブーに失敗。後に、携帯で話していたとき互いに背中合わせの位置に居たことに気づく。そんなこともあるもんだ (^^; 新幹線ではノートPCでいろいろ愉快なものを見せてもらいました。
秋葉原では中将くんが電波な人になってゆくのを見守ったあと、とらへ〜。
久々に参加してきました。日本橋は体が覚えているというか、日本橋の空気を吸いにゆく、というか・・・。
リヴァイアスは東京では全然売ってませんでした。買えて良かった〜。長年良くして頂いてる先輩方や水姫といっしょにぐるぐる回ってから、蓬莢で食べ放題。私はまた来週もここに居るという噂ですが、噂は反逆です。Zap,Zap,Zap...
というわけで、水姫の言うところのインベーダーサマーを読了。・・・ぐはっ、男ってやつはなんでこうもダメダメな生き物なのだーーー、という恋する男どものダメっぷり満載小説。
今時、景色だってなかなか不変ではあり得ないわけで、本当は、変わらないものというのは自分の中にある。自分が変わったなぁ、と思えるのは比べられるものがあるからだよね。変わらない昔の自分と変わってしまった今の自分とは、いつの時点かで別れてしまった一つの自分で、いつも一緒に別の人生を生き続けている半身、というような気はする。
あと、出てくる女の子みんなワンピース着てるのが、なにげにやましかったりします。
こちらからこちらへ。星虫の続編であるところのイーシャの舟も復刊されるようですね。よかった、よかった。さて、どんな天邪鬼になることやら(イラストね。)
手のひらに星(岡野史佳、白泉社花とゆめCOMICS)
うがぁ。最初、p.50だけ切り取って枕の下に敷いて過去の夢に生きようかなどと不謹慎なことを思いましたが、読み終えて評価一変。昨日の二つのうちどっちかの絵を描こうと思ってたのに、こっちを描いてるし。。。
太陽の下で、、を彷彿とさせる海里の前向きっぷりと、つぐみの多彩な表情! 子供の顔を描かせたら、愛がこもりまくってます、オカノさん。つぐみは、たろちゃんみたいに背が低い(彼ほどではないが)ので、目までしかコマに入ってなかったりするのが、またいとおしい。詳しくは次号のわっふる絵手紙にて。
なんてったって、旧パワザウは「モバイルビジネスツール」だからなぁ〜。(最近の機種は「パーソナルモバイルツール」と呼ばれています)というわけで、水姫の言う黒いザウルスですが、十中八九このビジネスザウルスでしょう。一般売りされてません。
昔のザウルス(私のMI-506もね)はPDAつーかサブノートPCの機能を持ってるんで、業務用ではよく使われてるようです。ザウルスなら電池ぶっこ抜いてもデータ消えないしね!
キノの旅 - the Beautiful World - (時雨沢恵一、電撃文庫)
日曜日、末永に連れてってもらった「まんがの森 横浜店」にて入手。西明石へ向かう新幹線の中で読んでいました。ええと、「主人公のキノが、相棒のエルメスと旅をします。あちらこちらの国を、見て回ります。」(あとがきより)あとほんの少しだけ、星の王子さま。
寓話でいて、なんとも澱みのない語り口。黒星紅白さんの絵がそこにぴったりとはまってます。キレイな本でした。コロシアムの口絵は読んだ後で見返すととても良いでしょ。あとキノという名前は映画と直結するので少女につけるのはふつう却下だと思うんですが、そのへんも作中で巧くクリアされていて個人的に嬉しかったり。
ガラスのキリン(加納朋子、講談社文庫)
こちらも電車の中で。野間直子=宮下藤花、安藤麻衣子=イマジネーター説があるとか(<ありません。)というか、このカップルかなりお気に入りでして。前半が直子で後半が麻衣子〜。麻衣子可愛すぎるよ〜。
キリン、というものには「不自由」というイメージがつきまといますね。そもそもキリンの首が長くなった理由を、首が高い木の枝に届かなくて不便だったから、なんて聞いて育ったことだし、あと遊佐未森の「真夜中のキリン」では、キリンは迷子でした。なんでいきなりこの歌の話かっていいますと、ファンの方はご存知のように、この歌はもともとあるファンの方が未森さんに送った詩に曲をつけたものだったりするからなのです。私は麻衣子のガラスの麒麟とやたら重ねながら読んでいました。
神野センセのように、「この人なんとかしてくれないかな。」とか言われてみたい。
ヤッホー、ヤッホー、というわけで、神奈川から自転車でY来襲。おつかれさまでした。とりあえず、上野の西洋美術館 でレンブラント&フェルメールとその時代展を見にゆく。レンブラントのコスプレ自画像か・・・(発想がダメ。)
その後、せっかくだからお祭中のアキハバラへ行ってみると、カシオブースに例のPocketPCの英語版が置いてありました。いやこれが、他の色のバージョンがあるとは聞いてたんですが、
魂の赤
があったんですよ・・・。いいやん! というわけで、ここで言ってたことはナシです。すばらしいです、新カシオペア。
赤いザウルス出ないかなぁ・・・。
浩平「そうだな、小さなときにパスタの国のお姫様になりたいと強く思っていた女の子がいたと思ってくれ」
長森「あ、わたしがそうだったよ」
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい・・・
というわけで、アンジェリカもマルコーもジャンもトリエラもリコもみんな大好きです。相田裕さんのgun slinger girl. マルコーさんの最高っぷりを教えてくれた末長に感謝〜。
浩平の愛のありかたをうらやましいと感じた理由について、説明を試みてみる。(一昨日から昨日にかけて、末永とラブラブ討論した勢いで。)
意見の違いを越えて理解を可能にしてゆくもの、 解釈の緩衝地帯として物語を綴ってゆく行為の中に、愛しさを感じることがあります。 どーしてこんなに意見が合わないのに好きなんだよくそったれってのは、 物語駆動の愛なのだと思います。
これもまたメルンの言う奇跡の話に通じるところですが、 前回、舞シナリオにおける奇跡との比較をはしょった部分は今度ちゃんと書き直したいので、 今回はとりあえず物語という言葉を中心に。
さて、いきなり愛を語ってしまっていますが、それは、 自分の物語から逸脱するモノに対する物語それ自身による戦いです。 内なる物語は外敵と戦うためのとても恐ろしい形相(あるいは本性)をした荒ぶる神で、 その力は外だけでなく内にも傷を与えずにはいられない。
浩平の中から現れて自他ともに猛威を奮った物語、それが永遠の世界、彼自身の物語。
麻枝さんは舞シナリオに顕著なようにメタファの使用に長けた作家なので (何故か、っていうのは今度のフロレアールとの比較でまとめて書く予定です。)、 浩平が消えた理由については、浩平の内面から導かれる事情以前に、 ONEの中で語られるイメージとしての位置付けを考えると面白い。
まずは、日常を構成する約束事としての物語を考えます。 見方を変えれば物語(ニアリィイコール「ファンタジー」、ニアリィイコール「魂」) が現実を作り出しているのだとも言える中で、 その活動を普段の私たちが意識することはありません。
だから例えば、物事の帰結を永遠に計算し続けて行動を起こすことができない ロボットのおはなしのように、フレーム問題に陥ることなく。 または、ジャン=ロタールがコミュニケーション不能に陥るのも 同種の問題に入れていいと思うんですが、 行為と物語とは本来ダイレクトに繋がっていて、 だからこそ人はこの世界に起こり得る無限の可能性に対して 頭を悩ませる必要がありません。 ただ物語の中にある暗黙的な知識に沿って、 いい意味でお気楽に生きてゆくことができます。 ジャン君は物語に気がつかなかったことで、 行為を物語に繋げなかったことで、 お気楽に生きてはゆけなくなった。 (ごめんなさい、結局フロレの話が出てきちゃう・・・)
浩平にとって最も大きな物語は、 みさおとの生活に始まって瑞佳との出会いを経て今に至る、 あくまでみさおを中心とした物語なんですが、 普段、浩平はみさおのことを明確に意識することはできない。 けれども、みさおとの物語は浩平が瑞佳との日常を送る上で、 その始まりとなった盟約のために暗黙的に必要なものとなっています。
普段、物語に頼りっぱなしの私たちですから、 その物語に対して大きく逸脱する出来事と直面することは恐怖です。 だから、いつも当然のように甘えてばかりいた友人に対して、 私たちは声を出して助けを求めなければならない。
浩平は、みさおを呼ばなければならない。
自分の中にある物語は、 そこから逸脱する行為が起こったときにこそ活性化されて、 そのギャップを自らの文脈にとりこむ形で説明しようとします。 フロレアールでは地を這うように確実な文章力の中に、 舞シナリオでは短いメタファでもって、 そのイメージの世界を説明しており、 この説明に成功すればこそ逸脱した物事を納得することが可能となります。
瑞佳シナリオでは、 瑞佳が浩平にとっての日常を否定し、 みさおとの物語の延長上にない恋人としての立場を望んだことによって、 浩平は自分の物語との逸脱に遭遇します。
安穏とした日常を支えてくれていた物語が崩壊の危機に立たされたことに浩平は錯乱して、 まず瑞佳に辛く当たることになります。 そして、その錯乱が瑞佳のみに起因するものではないと気づいた時点で、 この逸脱を説明するために必要なみさおの物語「永遠の世界」が、 浩平にとって明確に認識されはじめます。
ここが浩平にとって運命の分かれ目になります。
永遠の世界によって、この逸脱を説明する(とり込む)ことができたなら、 新しい物語に依る新たな日常を続けることができます。 浩平の内なる物語の活性化こそが永遠の世界であり、 この物語による説明の成功こそがすなわち、浩平の帰還であることになります。
けれども、もし説明に失敗したなら、 物語の日常に対する力は失われて、 ジャンのように現実に適応できなくなるでしょう。
永遠の世界は、自分の内なる物語は、 自分の敵でもあり味方でもある。
だから、ONEが永遠の世界と日常とを交互に語るのは、 永遠の世界によって日常とそこからの逸脱を説明しようとする 浩平の中の物語の活動そのものを示すことになっています。
ここで、「永遠」という言葉の意味するところについては、 とりあえず別の機会に議論を譲って良いと思います。 ONEというおはなしが、 人の心のなかにある物語の活動について訴えかけるものであったからこそ、 プレイヤーの中にある物語も揺さぶられて、 「永遠」という言葉がそれぞれにとって意味のあるものになってくる。
実のところ、私は瑞佳セッションの「永遠」について語るには日が浅くて、 最近になって拝読した雪駄さんの評「ONEドラマCD長森編の永遠」「ONEドラマCDにおける永遠 その2」の中から、ようやく何かが鮮やかに浮かび上がっきたように思っているところです。高橋なのさんの「そして君に会いに行く」が「永遠」を語る文脈の中で出てきたのが驚きで、なにしろ自分の記念碑的なB-Roadsシナリオ(星影拾遺、といっても水姫と氷村にしか分からんけど・・・)の元ともなったことですから。物語、という言葉に対してやたら脳内麻薬がドバドバ出るようになったのも、このころだったと思う。
永遠の世界と消滅願望、 というのはあの強烈な「ガラクタをポイ」などがある茜セッションの文脈に依存しているため、瑞佳のほうに当てはめるのは違和感があります。 そもそも私が最初に参加したのは茜セッションで、 なおかつ「天夢航海」(谷川由紀、当時の私の魂の一冊)や「魔性の子」の文脈で読んでしまったから、そこでの「永遠の世界」とはそのまま故郷喪失者が想いを寄せる場所、そしてけして帰ることはできず、ただ憧れつづける対象としての故郷であるのだけれど。
さて、そろそろまとめるために話を冒頭に戻します。浩平の愛のあり方をうらやましく思う理由についてでしたが、 簡単。そもそも大きな愛の物語が自分の内にあって、それをもって別の愛を説明することに成功するなんていう、愛、愛、愛、な幸せなことがあっていいのかコンチクショウめ (^^; ・・・と茶化さざるを得ないほど、その物語の大きさから受けとった愛情は重かったということなのです。
- おそらくは次回予告を兼ねた付記 -
舞にとっての逸脱的な出来事は、祐一のいなくなったことと、 おそらくは母親にも力の使用を禁じられたこと(まっとうな母親ならそう言うだろう。) ただ、舞セッションの主体は祐一にあるため、そこは精緻ではない。
セッションの中では祐一の日常と逸脱のほうがはるかに力点が置かれ、 舞のことを好きになったただその理由のためだけに、 夜の学校、非常識な場所での昼食会、魔との戦い、自分の忘れていたらしい過去との遭遇、とエスカレートしてゆく状況を、なんとか自分の文脈で理解しようとするなかで、一つの奇跡(説明)に辿りつく。あれは舞の戦いというよりは、祐一の戦いだと思います。
あと、フォルキシアという内なる物語から目を背けていたジャンは、 エンディング3において最後、 理由の説明がつかない偽の奇跡しか起こすことができませんでした。 ED1からED4にかけて出会えたはずの物語に対してジャンが目を向けるのは、 ED6においてメルンの説明が加わったからであり、 つまり物語の力というものが実は 自分の中ではなく人と人との間(あるいは自分ともう一人の自分との間)に 存在しているということが、極端な形で示されます。
過去と未来と。永遠の世界と、こちら側と。 あるいはフロレアールにも見られるパラレルな世界観は、 人は何人もの自分を持っていて、 自分に対して自分を物語的に説明できるということ、 また他人もそれと等価にたくさん存在して、 散逸的な自他の間を物語という溶媒が埋めつくしているというか、 そうした複雑な人の心の社会のイメージが見え隠れするところも、 舞・瑞佳セッションとフロレアールが持つ物語構造の魅力であると思います。
今木さんからリンクを貼って頂きました。どうもです〜。時々、読ませて頂いています。
uenoさん、太っ腹 (^^)/ というわけで、私もJINZO絵以外についても、いろいろ投稿させて頂こうと思います。
ここであいまい検索と言ってるのが、(話を聞く限りでは)ザウルスの手書入力方式と一緒だったりします (^^; ちなみにザウルスはコレ。
出てくる候補を比べてみると面白そう。ここの候補の隣りにPOBox的な候補も出たりしたらいいと思う。ぷよぷよで次のぷよが見えるような感じで(^^; ちなみにWinCE PsPCの手書入力には普通のかな漢字変換機能しかないです。
GOGOPenの評は、MacWIREや、7/15付けのザウポケで読みましたけど、結構将来に希望を持たせる内容。日本IBM(<-かなり好き)が日本語手書き対応Palmを出してくれんかなぁ。
PocketPCには少なからず期待しています。オフィシャルサイトでPalmとの比較をやってたりするけど、あれ、これってうちのザウルスMI-506とPalmとの比較?とか思ったり。MP3もUSBもありはしませんが、狙いどころが同じだというのが良く分かります(だから好きなんだけど。) 多くの人にとってPDAの良さのほとんどは、こうした数字で計れない部分にあるとは思いますが(ていうか、処理速度の項目はあまりに乱暴だぁ)、それを上手く主張できるほどにはまだ成熟した市場じゃないんだろうな、ここは。その点で、ザウルスで株、とかザウルスで読書、とかいうコマーシャルはいいとこ突いてるのかも。私はそれがザウルスの真の魅力だとは認めんけど(笑)
で、新カシオペアのあのデザインは私も却下だと思います・・・。 でも、あのメカっぽさがストイックで素晴らしいと思うトコロの銀色の旧匡体そのままの奴も出るって雑誌には書いてたような。よく止まるあのヘタレなOSが直ってるならなお良いです。
明日は末永とデートです。るんるん。
とりあえず、九月までは何らかの形で続くでしょう。有り難いことに発売までには本当の夏が待っているし、探しに行くのもよいのかも。
「空」といってみたり「風の中」といってみたり、けしてAirとは言わない分、やたらとAirという言葉が際立つわけで、主題は夏とAirじゃなくて、夏のAir。
夏と言えばお祭りとか夜とか混沌としたもの、という文脈は自分も持ってて。でも夏のAir、と言うとそうした文脈が全部ふっ飛んで、夏はただ真っ白なものになってAirに大きな意味が残るから、そこまで夏のAirに過剰反応するのか、私は?
日射しに灼かれて、影も黒々と。ふと、観鈴の足元にちゃんと影があるのかどうか気になったのだけど。いや、足元にはあっても、もっと大切な場所にはなかったり。
・・・とかいうと変な意味にも取れるので、今のナシ。いや、でもそういうダメなダブルミーニングは大好き(ぉ
影法師は影を持たない。
観鈴の、にははっ、な笑いにはかなり参っとります。学校をサボって、空を眺めて、にははっ。
人形とロボットの違いがこれまで今イチよく分からなかったんだけど、人形は自分の内面に踏み込むものだけど、ロボットは他人の内面を伝えられるメディアなのかもしれない。これはそのまま「まるいち」的な意味で。社会性を持つかどうかという分け方もできるだろうけど、行動トレース機能をメディアだと考えるなら、準社会的存在と言ったほうがいいのかなぁ。社会性を持つペットとは明らかに違う、エージェント指向のメディア。
ペットロボットと比較するなら、電子美少女よりむしろオートマータの類でしょう。以前も言ってたけど、富士通のマスコットロボットが今のところは近い。これの天野(not 先輩 but 後輩)マスコットなんてあった日には、人生に幸せを感じること間違いなしでしょう。
ていうか、実世界指向の代歩ランチャーください。代歩が生足でキーボード叩いてくれるだけで面白いと思うけどなぁ。行儀悪いし。そのうち妹同居型インタフェースとかも出てくるに違いない。ユーザの肩越しに「お兄ちゃん、そこ違うよ〜、」とか言ってくれたり。
・・・昨日と言ってたこと違うやん。
むしろ三歳年の離れた実姉型インタフェースで、叱られたり手取り足取りのチュートリアルだったり、幼なじみ型インタフェースで、ほんとに仕方ないんだから、もぅ、とか文句をいいながら全部やってくれたり、朝も起こしてくれたり、とかいう世界のほうが良いかも・・・ごめん、話ずれてます。
今までヒコーキ雲を文章にしたことはなかった。できないんでしょう。
麻枝さんはできるのかな。
やっぱ、なんかちょっと考えてみます。
なんでこんな懐しいホストから参照されてるのかしらん・・・? と思ったら、大先輩のTさんに見つかってしまっていたのでした (^^; 東京へ来られるときはご連絡下さい。あとHNN日記バードからの捕捉も確認しております〜。皆様ありがとうございます。
AirのOPデモが頭の中をぐるぐる回ってて、全然作業がはかどりません。昼間、研究室の私のPCにデモCDつっこんだまま席を立って、帰ってきたらAutoRunで画面が出てたもんでちょっと冷や汗 (^^; 持ってきたビジュアルメモリに「北へ。」のセーブデータが入ってた時点で、一部の後輩にはすでにバレとりますが。
以後こんなことがないように、1トラック目を音楽データにしたCD-Rを製作(ぉ
いやもう、魂の妹のためにせっせとアレバイトやソレ勉学にいそしむ生きざまに、深い愛を感じます。魂の妹よ、万歳。ようやく出逢うことのできた、自分のものの見方で話のできるお兄ちゃんと、不思議と自分の偏った趣味の話が通じてしまう少女と。劇的に出逢った二人が、想い出でも恋人でもなく普通の兄妹として一緒に暮らしてゆく流れが最高なのですよー。で、あまりにも自然に近い場所にいた二つの若い魂がナニしてゲフンゲフンな話は、例の(?)「大人のドリームキャスト」版に期待なのです。
"ドリキャス起死回生の策として、X-rated なゲームが解禁になります。18歳未満購入禁止のピンクのビジュアルメモリを差せばプレイ可能になるとか。ソフトじゃなくてわざわざVM側で認証するのは、ネット配信も考えてのことかなぁ"・・・とか、そんなヨタ話を昨日、野良鬼としていたり。でもそんなのやらないだろうなぁ。ていうか、そんなんで起死回生しません・・・。
わっふる絵手紙にちゃんと書く余力はないので、ことのついでにさわりだけまとめ。だいたい、水姫にはしてた話だけど。
循環する時間、というのは、教養科目で日本宗教史論を教えてらしたS先生に話を聞いてから、ずっと自分のコアなところにある発想。他の宗教で見られる直線的な時間感覚と比べた時、日本の宗教観は四季に代表される循環する時の輪の中にある、というようなことを話されていました。もはや時が経ちすぎて自分なりの解釈が入りまくってるので、日常感覚的なものとしてしか捉えられてないけれど。円vs直線というのは、なんとなく頭の中にある幾何学的な動力というか。
だから、時間の輪から外れる、というのは直線的な時間に生きることなのかもしれないと思う。これは、きっかけとなった宗教の話からの連想に過ぎないので、上とは全然違う意味の「直線的な時間」だけど。時間の流れと離人的な感覚というのを合わせて考えるとき、そこには、経験的に、ただ何も感じずに直線の時間に流されてゆく感覚があったと思う。
曲がった水路にボートはいつも角をぶつけてゆっくりと進むけれど、真っ直ぐの水路にボートはただ流れるだけ。景色は速く流れてしまって形にならない。視界は狭くなり、ただ何もない前しか見えないから、変わらない景色。風の寒さも、飛沫の冷たさも分からなくなってくる。ただどこかへ向かわなくてはならないという思いだけに支配される。それは、ボートに乗ってる人にとっては時間が止まっていることに等しいかもしれない。でも、もしその先に壁があったならば正面から大破して、それではじめて気づくのだろう。人生に意外にそんな壁は多いし。でも、大破しない不運な人もいるのかもしれない。
セッション中、すでに周りに流れる風景の形の見えはじめていたみゆが、その水路から抜け出すことができたのは、当然だったようにも思える。
離人症が自分がそれと認識した時点でもう道が見えていると思うのは、私の思い込みかもしれないけどね。あるいは、気づかずにそのままボートが大破する痛みと、気づいてしまったけれど、ボートから急流へは飛びこめない恐怖との差に過ぎないかもしれないけど。
話それた。
みゆの言う、そしてプレイヤーも経験することになる「循環する時」というのは、やはりそのまま、みゆの見るいびつな季節だったのだと思う。直線と円は足して螺旋になるのが自明に思えるかもしれないけれど、直線しか知らないみゆの想像する曲がった水路というのは、両端の繋がった単純な円しかなかったんじゃないだろうか。それは真円の、循環する時。
「環」は景色を作り出すから。
どんな庭園だってみんな環になっていて、一周できる。根本的には、また戻ってこれるから、流れていってしまわないから、次の年に変わらぬ風景が見られるから、一つの景色と言えるのだと思う。
だから、みゆの想像した形ある景色は、円環の中にあったのだと思う。
でも景色もほんとうは時間が流れて変化していて、それでも人の変化はそれ以上に速いから、景色はやっぱり相対的に静止する。
あとは人が(自分が)変化する速さに気づいたから、もうそれで、みゆのいびつな季節は終わったんじゃないかな。
静止した景色の円と、人の歩む直線で、人の見る世界の相対的な螺旋が構成されていて、その螺旋構造自体もきっと、誰かの目(時間軸の絶対座標(^^;)から見れば(景色とともに)動いているとか想像してみたり・・・。
最後までなんだか哲学的に行ってしまうかと思ったけど、途中で主人公が疲れてしまったのが良かった。(木ノ下さんの部屋で、青い話をするところ。) あそこで地に足の着いた終わりが見えたと思う。
おそらくは愛、とわいえ、やっぱりみゆの「お兄ちゃん」には説得力があったと思う。人が相手をどう呼ぶかということ、その内面の働きと相手に与える影響について、明美との名前でのやりとり、あるいはさよりさんの「ちゃん」付けなど、折に触れて話されていたから、みゆがお兄ちゃん、と呼ぶ時に、お兄ちゃん属性のための便宜かー、という穿った解釈を無視できたのかなと思う。
人は一度哲学を学んでから、またその全て忘れるべきであると思うので(学んでない私が言うのもなんだけれどー (^^; ) 日常に埋没したEDはとても良い感じだ。
「うまいんだ、これが。」
PureGirl 8月号巻末見開き広告にて。ゲームマスターにシナリオ紹介されてしまったからには、こちらとしてもあらかじめ自分の心のトリガに引っかかった体験やイメージなどを準備してから対話に臨まねば。
空がテーマと言いながら、なぜSkyじゃなくてAirなのだ。Airというのは大気、溶媒の一つです。みんな一つに溶けて繋がってしまったら「まごころを君に」になっちゃいますけど、そじゃなくて、どこまでも広がる溶媒に溶けてしまわないように対峙するのは小さな私たち一人一人で、そのそれぞれの戦いがAirを通じてピリピリと伝わって繋がる。
Airが溶媒だというのは、海と空を対比すると分かるかも。海は帰る(還る)場所、空は行く(逝く)場所。上下は反対でいて同じです。麻枝さんと言えば舞シナリオの上下感覚、生死感覚があるから、Airにしてもそのへんがトリガになってしまいます。
最初、佐祐理さんにあったような離人症かと思ったけど、全然違いますね・・・。別に地上にいる自分のことが希薄になっている訳ではなさそうです。だとすると、もう一人の自分を実感して対話するということは、自分というものをもっと豊かに捉えるための契機になる。ただ二人の自分が別れたままっていうのが一番ヤバイので、そこんところに主人公の介入が必要とされてるんだろうなぁ。
夏といえば溶けそうに暑い日射し(漂白力)、というのが「Air=溶媒」というイメージにも繋がっているのだろう。だいたい私にとって夏っていうのは特別で(そりゃペンネームにもなってるくらいだ)山名沢湖さんの「夏休みが待ち遠しい」という連載漫画(おそらく未単行本化)に描かれたヴィヴィッドな夏に魂が犯されています。一度、夏だけの世界に行きたいものだ。南国とかじゃなくて。
夏の歌と言えば、遊佐未森の「夏草の線路」。思い出の中の夏は永遠に続いているのに、どうして今自分はこんなに移ろい易い季節の中に居るのか、そうしたギャップがノスタルジーのキモなのかも。
Airといえばやっぱり胸でしょう! (ついでに夏のバスは私の秘孔的シチュエーションの一つなのでぐはぁ。)
今回かなりエッチな画面が多いので、ONE、KANONとは違って(おそらくMoon.のような)エッチ無しでは語れない物語になったのではないかと期待。ノスタルジー、というのは自分に収束するものなので、プレイヤーの自意識を強くさせる要素はあったほうがいいと思う。TRPGでもそうだというのが持論だが、ほとんど受け入れてもらえなかった(そりゃそうか。)
どうもです。 なんというかまだ機能もいろいろ足りないんですが、ぼちぼちとやっております。
中将くんに巨乳でメガネなアンミラさんの話をしたら、まず第一声が「シフトはご存知ですか?」・・・さすが歴戦の勇者は違うにょ。
そろそろ届くよなぁ、と先月末の某研究会にてC師匠らと噂していたところ、ついに届いた模様。その時は等身大ポスターを貼るのと抱き枕とどちらが勇者か激論していたのでした。私はやはりどんな絵柄にせよ抱き枕のほうが勇者だと思ふ。
マジです。(by 先輩)潔く腹をくくってください。 プリズマは昨日、野良鬼が「後日譚でラブちゃ箱的なのがあるといいなぁ、」と言っていたけど、みゆとのラブラブ新婚さん兄妹生活な話なら俺的大許可。お兄ちゃんは今日も頑張ります。
藍原瑞穂の強さについて語ってみる。 たった一人でも生きてゆけるかどうか、って意味では強いと思うんですよ。彼女は太田さん無しでもきっと生きてゆける。ただそれでは余りに可哀想なのでつい助けてあげたくなるのが瑞穂じゃないかぁ。きっと淋しくて辛いだろうし、それは酷い想像かもしれないけれど、一人になってもけして狂ったり死んだりすることはない強さ。人としてそれはあまりに大きな弱点だから、頼りなく見えてしまうけれど。Yこと末永の言っていたことだけど、そんな風にも瑠璃子さんと正反対の位置に居るところが、私と瑞穂との距離の遠さだなー、と感じている今日この頃、だからむしろ太田さんこそ瑞穂を必要としているのだ〜、とか太田さんなら瑠璃子さんと仲良くなれそうだ、とか妄想のすこぶるはかどる眠い午前三時なのですよ・・・。
それはともかく、秋ごろには末永とか水姫らと、雫本を作る予定です。(さぁ、後戻りできないぞっと。)
工学も突き詰めれば人に辿りつく。人を幸せにするための学問、なんて言うといかがわしい? でもそれは、千人の人を幸せにするよりも、身近な十人幸せを願うもの。人の手の届く範囲と工学の手の届く範囲は一緒でなくてはならない。一人一人の人の手の届く場所で起こった誤ちは、きっとその人の手で解決することができるように、工学も工学で誤ちを正すことの出来る距離に為されなければならない。それは人の手を広げた幅と同じくらいのものじゃないかなぁ。十人集まれば十人分の幅の。たくさんの大きな科学に支えられて生活をしているけれど、これからは小さな工学が必要なんだと思う。そして、小さな工学を人が支えてゆく。いやむしろ、工学とは萌え(個人)から始まって愛(みんな)に終わる、一人一人の物語なのだ。美月さんだって初めは萌えだった!(いや今もか?)・・・というわけで、まるいちくんの物語は一つの理想形なのです。
総統から連絡があったので、夏コミ本の宣伝をさせて頂きます。
三日目 8月13日(日)
東-パ41b
マクロデザイン出版局次のうちの何個かが出ているはずです。
1. エロゲー批評PC98完全版
2. 最近のエロゲー批評
3. ポリゴンエロゲー
4. 実写エロゲーvsオリジナル
5. 大特集「ZERO」
私もいくらか記事を書いてるんで、よろしければ見てやってください。こっちに書くのはいつもの妄想っぽい文章ではないはず。
ざうすけを使ってイラストを描いて下さってる皆様へのリンクを、もっと分かりやすい場所に移しました。メインのリンクページです。
昼過ぎまで寝て、たまっていた洗濯をした後、本を買いに秋葉へ。
PureGirlのAirのデモについては次項で。あとはとらのあなにて「柳川でいこう」は柳川オンリー本かと思いきや、初音ちゃんと耕一のラブラブ話があったりしたので姉の分プラス私の分も購入。「キミトウタウ」は最近やたら真琴に愛を感じてしまっている原因だった同第二楽章の前編が再販されたのでしたー。ハッピー。CFカードは無論、ザウルスで動く痕のためのもの。
麻枝テイスト炸裂で最高ですねー!キレイキレイだったKanonのOPとは全然方向性が違って、かなりヤバゲな世界が見えます (^^; 飛べない体は地上に置いたまま(精神だけを)連れ去って欲しい、あるいはもう一人の自分がそこにいる、空。まぶしく、透明で、広すぎて、なんだって溶かしてしまいそうな溶媒の、夏の空へ。
Airデモに背中を押されるように、SSを追加。もとの子狐となって帰ってきた真琴と、天野と祐一の話「海の向こうより来たるもの」。四月に高校の友達と三人で九十九里浜へ遊びに行ったときの体験が元になってます。
朝、皆と泊まっていたウィークリーマンションを出てそのまま授業へ。昼間、資料集めに奔走、夜は台風にて帰宅。寝不足のため、バタンのキュ〜。
奈良から来ていた中将くんやC師匠らを迎え撃って今日も飲み会。中将くん、リヴァイアスを熱く語る。こちらからは、ONEのCDドラマ瑞佳編を強くプッシュ。あれはいいものだ。
飲み会で話していたウィッチクエストな漫画は「宇宙なボクら!」(日渡早紀、 白泉社 花とゆめコミックス)です。幼い頃に死んでしまった母親から魔女名と使い魔の猫を受け継いだ少女が、中学へ入学して周りの悪意と優しさとにとまどいながら、「魔女探し」に巻き込まれてゆくという、現代学園ミステリー。
自らが魔女であるということは少女とその母にとってのみ真実であり、周りの人は魔女ごっこであると考えている。少女自身も魔法を
「自らの心の中に変革をもたらす自己暗示のようなもの」
と位置づけていて、その点では周りの人の言うような魔女ごっこなんだけど、少女が現在唯一使える魔法、夢の中でだけ使い魔の猫と話せる魔法、については、少女自身も不思議であると考えている。
・・・というわけで、やたらと私の中学生ウィッチクエストだーーと思わせるところが多いんですが、日渡さんの絵が昔と比べかなりキツクなったせいか、内容の痛さがダイレクトに伝わってくるんで、素直に喜べなかったり。
につき、また立ちっぱなしで説明です。疲れた・・・。終了後、打ち上げの飲み会にて「夏町さんってそういうこという人だとは思ってませんでした。」と後輩に言われる。ガビ〜ン(笑) ていうか、飲み過ぎました。
まだやることがあるので、酔いが覚めるまで漫画読み。昨日言ってた「まるいち的風景(1)」です。・・・ぐはっ、こんなものがもう世の中に出ていたとは。ロボットのあり方については、まるいちくんのようなものが最も望ましい。ロボットは特定個人を背景に持つときに、一番嬉しくなると思います。(NAISTな人たちには、何を言わんとしてるかは言わずもがなでしょう(^^;) コンセプトを物語にして伝えられる、っていうのが作家の凄いところだなぁ。なぉ、もっともらしい開発理由とは、やはり後からついてくるものです(苦笑)
今日は、いろいろ一気に購入。でもNia_7が売ってないよぅ。
私には過去「妖女サイベルの呼び声」(「摩由璃の本棚」経由)に冒頭で挫折した黒歴史があるため、コーリングからやりなおしてみたり (^^; 気に入ったので、原作も読み直してみるかな・・・。あと「目隠しの国」は表紙からいきなりラブラブだ〜(^^)/
三時間ぶっ通しプレゼンマラソンともいう。疲れたので現在休憩中・・・。明日もまたこれやるのか。
成果:まるいち的風景(柳原望)は工学者として絶対読まねばならんらしい。お伽話〜のイメージが強かったから未チェックでしたよ。
届きました。というわけで:Dで当サイトの更新チェックをして頂いてるのを捕捉しました〜。どうもありがとうございます。
頂いたメールが沢山たまってますが、忙がしさにちょっと参ってるので、ちゃんとお返事できるようになるまでもうしばらく待ってやってください。
ココやココから、S.TAKeさんのザウルスで動く痕のページへ。
ついに出ましたかー!素敵です。これでいつでもどこでも楓ちゃんに会えるん! 瑠璃子さんゴメン。
忙しいのと、CFカードの容量がないのとでまだ試してませんが、水曜日の研究室公開が追わったらとりあえずカードを買いにゆきます。
あと、ザウルスのソフト開発環境と機種間の互換性に補足してみますと、
昨日買ったG'sマガジンから、F&Cの制服コンテストへ。制服というかともかく橋本タカシ氏に一票を入れたい(^^; でもとりあえずPINK & FRILLに投票。制服というものは中身も重要であって、すなわち、橋本タカシ氏のキャラクターが一番可愛く見えたのがコレなのでした。次点はTUXEDOですが、制服というか構図的に胸が強調されてるのが卑怯です・・・。
けっこう鞠絵に負けていたり・・・。ごく自然に眼鏡をかけた絵と外した絵が交じってるのが新鮮に思いました。あと、入院中のベッド絵が決め手。リアル入院生活キャラクターといえばセンチメンタルジャーニー版の真奈美が最高峰ですが(ポエム以外は私といっしょだ!)あれは番外だから、センチ2ではそれは期待できないだろうなぁ。
えんえんとコーディング。研究の実装を普段からやっておかないのは、やりだすとハマるのが恐いからですが、案の定ハマる。やっぱ、気持ちいいや(笑)