「空のたからもの」




ある南の国の森に、小さな緑のクジラが住んでいました。クジラは大昔、森の生きものだったのです。

そのころのクジラには翼があって、森のなかを泳ぐように飛びながら、木についた悪い虫を捕る仕事をしていました。小さくてもクジラでしたから、大きく息を吸いこめば、どんなたくさんの虫も一飲みです。

夜になるといつも、この森にはたくさんの星が降りました。あるとき、そんな星のひとつがたまたまあくびをしていた緑のクジラの口の中に落ちました。思わずペロリと食べたクジラでしたが、星は、すっとするような、とても神聖な味がして、クジラの頭をたちまち真っ白にします。

じつはその星は、空のたからもの、と呼ばれる星で、全ての生きものを高みへと駆りたてる力がありました。クジラはどうしてもその星のやってきた夜空の世界へ行きたくなって、それからというものずっと、空高くへ飛ぶ練習ばかりをしていました。

けれどもクジラが虫を捕らなくなったので、いつしか森の木々はみんな枯れ、この緑のクジラの住む家も、今はもう日に焼けた砂漠の丘になってしまいました。



クジラはひどく後悔して、冷たい海の世界へと旅立ってゆきました。そして、海の中で小さなエビたちを捕りながら、枯れてしまった森の代わりに、森での出来事を思い出せるだけ全部、海に住むものたちに話して伝えることにしました。

森を枯らしてしまったクジラのことを海のものたちは軽蔑し、クジラを海の生きものとは認めませんでしたが、それでもクジラは気にせずに、エビを食べて体が大きくなるほどに、たくさんのお話をしました。森のものたちが毎朝どの順番で目覚めるのかという話、森の匂いを嗅ぎわける術、土の中や高い枝に住むものまでも、たがいにどこまでもずっと繋がりあって生きていること。

そのうちに、海の中に藻や海草が増え、小さな魚たちの住む森が生まれはじめました。クジラの背中は夜空の色に変わり、星が海の森にも降ってくるようになりました。

けれども、クジラはもう星を食べることはなく、ただ森のことだけを語りつづけました。



クジラは天寿をまっとうして、その身体は海の森の土となりました。



そうしてついに、海のものたちはクジラを仲間と認め、海のものならば魚の名前が必要だろうと、クジラに勇魚(いさな)という名前を贈りました。それは、最後まで生きた勇気ある魚という意味でした。





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