この小さな世界の頂上と谷間




世界の頂上で



目を閉じると、
見えない雪が降っていた。
雪が降るのは、いつも過去の風景だ。
思い描く未来ぐらいは、
晴天であってほしいと願うから。

「きっと、舞には似合うと思うんです」

だから、この佐祐理さんとの帰り道に、
俺は、目を開いて
俺たちの未来を想像した。
青い空の下、風が少しだけ強い日に、
住祐理さんの用意した袴形で
舞が卒業してゆく。
その前途には、雪のない街があった。

けれども、振り返ればいつも
色褪せた風景の中に、小さな舞がいる。
ほんとうのことは目に見えないというけれど、
小さい頃に見た世界は
みんなほんとうのことではなかったか。
例えば、昔、天文学者に憧れたことや
公園脇の用水路を飛び越えられなかったくやしさ、
もう顔も思い出せない友達との楽しい時間、
今思えばほんの一瞬の出来事が
長い時を経てもなお、胸に深く響くのは、
その時の俺たちが
この世界のほんとうの姿を
見ていたからではなかったろうか。

「いいえ、
 それは何か、強いものにだまされていたんです。
 でも、小さかったから、
 そのことが分からなかったんですよ」

住祐理さんも振り返って、俺に言った。

「住祐理は昔、屋上にいました。
 小さいころは、
 この空のはるか向こう
 私の知らない、手の届かないところに
 正しいものがあって、
 その正しい目が
 いつでも佐祐理のことを見つめていました。
 それは、とっても強い力で
 人をみんな真っ白に消してしまう力で、
 佐祐理の体はどんどん軽くなって
 どこか高いところへ昇ってゆきました。

 でも、正しいものは、
 ほんとうのことではなかったんです。

 そんなですから、
 この地上で
 いつか夜じゅう舞のことを
 抱いていてあげられるほどの
 人の優しさを願うのは、
 佐祐理にとって過ぎた望みでしょうけど、
 今、ようやく
 佐祐理は重力に引っぱられているんです。
 ふわふわした体が重くなってきて、
 舞にも触れることができるんです。
 だから、
 この重みを二人で感じあえたらいいなって思う、
 これはほんとに佐祐理のわがままなんですよ」





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