(3) 薄い雲の向こうを見透かせば、群青色の夜空が見えるような気がした。ほんとはありきたりの星なんかなくて、どれもみんな特別だけど、でも、自分が選んだ星こそ大切だと思う心が、ひときわ特別の星を生む。瑠璃子と一緒に見ることを選んだから、特別なものになったこの空に、ありきたりの屋上でないこの屋上で、星でない星、特別の星を、まるでそこから電波でも受信するかのようにじっと、私たちは眺めていた。 「ねぇ、香奈子ちゃんは、星が好き?」 「仮にも天文部だ。でも、昔は違った」 私は星の思い出を瑠璃子に話した。 生徒会が遅くなって二人だけで帰る夜道に、あいつは空を見上げて言った。「香奈子ちゃん、この地球上で色んなものが消えていっても、空の星だけは絶対になくならないんだよ。だから私、星が好きなんだ」「超新星って知ってるか?」「意地悪。でも、思うんだ。私、他の風景は忘れちゃうことも多いのに、星空だけ忘れないのは何故かって。それはきっとね、星がいつも私に語りかけてくるからなんだ。『僕のことを忘れないで』って・・・だからもしかしたら、私がこんなに一生懸命話したりするのも、香奈子ちゃんに私のこと忘れて欲しくないからかもしれないよ」 永遠に続くはずなのに、忘れないで、と言わずにおれないその星が、せつないと思った。それから私は、あいつの星が好きになった。 失うのが恐くなるほど、大切なものが欲しかった。でも、星は無くならないから、私はいつまでもこの屋上に棲む、子供でない子供だ。 「じゃあ、わたしたちも呼んでみようよ、大切な人の名前、」 話し終えると、瑠璃子が微笑みで私を誘った。 「電波みたいに、きっと届くから」 瑠璃子は星へ問いかける。こんなに遠く離れた場所で、愛しい人の名を叫びたくなるのは、心弱いことでしょうか。 かなこちゃん、かなこちゃん、 みずほ、みずほ。 忘れられない景色は、自分の心の庭なのだと思う。みずほは夜空、私は屋上。その庭の中を、ちっぽけな自分が旅していた。庭の中にもまた屋上があった。小川が流れていた。そして、そこには花が咲いている。眼下の街から吹き上げる風に匂う、川辺に咲く野生の花は、みずほだ。 quasi-stellar radio source あるいは、電波を発するにせの星、その中心にあるというブラックホールの引力で、あいつの名を呼ぶ電波を放とう。みずほ、その名がこだまして、大きな波になる。先に卒業してしまった親友、もしも今、この街の方を見ているなら、その瞳の中の星にまできっと届くはず。 そして、瑠璃子も誰かの名を呼ぶ。何憶年も昔の光が今の私たちに意味を持つように、過去と今とが繋がって、忘れていた明日が見える瞬間、私は瑠璃子の向こうに瑞穂を見て、きっとそんなとき、瑠璃子は私の向こうに誰かを見ていた。失った少女時代は同じ時をかけて取り戻せばいい。いつ未来へ届くか分からない私たちの波動を、近くで聞いてくれる誰かがいるなら。 結局、屋上から電波を放つことになってしまった私は、瑠璃子の言うような星になったのだろうか。 「・・・ああっ、太田さん、見つけた〜、」 しばらくして、校舎の下から負けじと大きな声が聞こえてきた。その声はクラス委員の少女だ。私がいつもサボっているから、ついに彼女が狩り出されるようになったらしい。 「見つかっちゃったね」 「ああ」 子供の頃の隠れんぼからずっと、鬼は相手の名を叫ぶのだ。見つからないよ、といっては叫び、見つけたといっては叫び。 「今そっちに行くから、そこ動いちゃダメだよー」 そう言い残して、彼女は校舎の中ヘ消えた。 「・・・じゃあ、わたしはもう行くね」 瑠璃子は屋上の扉へ歩いてゆこうとする。けれど、この屋上に、もう今は無いはずの星を探しにきた瑠璃子のことが、夕暮れに一人とり残された鬼のように見えたから、 私は瑠璃子の手を取った。 ぎゅっと握った手首は凧糸のようで、強い風に切れてしまいそうな細さだった。 「なぁ、またここに来いよ。いつでも、待ってるからさ」
屋上の鬼になることを選んだ私は、
街に隠れんぼする星が
はじめに瑠璃子を見た時、
屋上にも花が咲いていていい。 だから、指切りげんまん。
瑠璃子と私は、 |