失われた夢の物語


四葉に対して言葉を尽くすことが,四葉から言葉を受け取るための手続きであるという事情も,そろそろ当たり前のことになっていてほしい.

『では,はじめに,あなたの水の思い出を聞かせてください.』

幼い頃,小川を渡ることが出来なかった.向こう岸には姉や小さな友達がいた.

『あなたが一番,怖かった夢の話を聞かせてください.』

明け方,そのままでいることがどうにも堪らなくなってベッドを抜け出した.居間に辿りつくと,めまいがして床が次々となくなっていった.これは夢というよりも白昼夢かな.

自分が話をするときに相手から少し話を聞いておくのはごく当たり前の語り方であるし,相手から話を聞くときに自分の話を少ししておくのもごく当たり前のインタビューである.

このとき,話者と聞き手,あるいは「その逆」の信頼関係が物語を開始させるのだと,僕は昔,そんな風に考えていた.セッションを始める前に,一緒に散歩をしてもらうこと,話すこと話を聞くこと,そのとき行われる相互適応の過程が必要なのだと自信ありげに振舞う僕に,寛容な幾人かは騙されてくれた.文脈をつくってよいと認められていることが唯一の優位であるゲームマスターの本分を全うさせてくれたから,僕らは物語ることができたのだと思った.しかし,今はそこに働いていた力を文脈や信頼という背景の言葉で表すのが適切であるようには思えない.

物語が始まったとき意識は日常とは異なる高さに置かれる.身を守る壁は低くなって嘘偽りが流れ込む.その代わり,閉じ込められていた本当のことが壁を越えて旅をする.このとき,人間の深いところで気持ちを通じ合うことが物語の目的だとすれば,それは相手を変えてやろうという似非治療行為であるように思えてならなかった.僕はそんなことのために語っていたはずはないのだけど,プレイヤーあるいはゲームマスター本人が自動的・催眠的な状態に陥る症状からは,僕はそんな短絡しかできなかった.それが何だったのか考え始めたのは,魔術的だ,と人に評されたためである.魔術ではない,と反発していたが,これは一種の魔術として良かったのではないかと今は思う.

ただ人を物語に奉仕可能な形へ変性させることが目的だった.厳かな手続きが用いられた.それは古今東西ごく当たり前のやり方である.ただし,それが一夜の夢であることを示すため,セッションという枠組みがあった.最後に感想用紙を配るというサークルのシステムはこの点で非常に良かった.どんな夢も無理やり言葉に落としてしまう.そして書き終えたらセッション用の部屋を出てみんなの待つA号館の教室へ帰ってゆく.さっきまでの時間に起こった出来事は,もうなんでもないことでなくてはならない.さもなくばいつか全自動人間になるだろう.僕らが心地よく回るためには二槽式半自動くらいが丁度いい.

その手続きとは,ごく当たり前のように交わされるいつもの手順とそこに丁寧に埋め込まれたコンテンツでしかない.ある人の中の物語とまたある人の中の物語が相互作用の結果,別の物語を生むということがあるようにも聞くが,僕らの中に物語などありはしない.ただ出会いの場に持ち寄ったコンテンツを素朴な手続きで並べてゆくと,その出会いに規定されていた一つの流れを発見できるというだけである.(物語は始まらない.始まりなんて知らない.いつの間にかそこにあって,終わりだけが待っている.)僕がいつもノートに書いていたのは断片の集合でしかなくて,あとはたわいなかった.僕が取り扱う断片は夢だの色だの幻だの曖昧なものばかりだったから,プレイヤーの言葉に合わせて並べることは簡単だった.無茶苦茶にしかなりそうにないこのやり方であるが,断片のそれぞれに騙したりすかしたりする気持ちのなかったことが,全体を統べる筋道よりも意味深い流れをそこに感じさせたのだと思う.物語は人を騙すものだと言われるが,物語は本来,騙すという行為を嫌っている.僕にとって最も物語的なことは,日常,目で見ているものを空想の世界に取り込むことの,そこに詐欺がない場合で,それこそがいつか物語として回想され,僕らが引き込まれ得る断片であると考えている.

一見,複雑なルールに満ちた出来事が,ルールではなくコンテンツの手厚さによってもたらされる.枝葉よりも幹のほうが味付けであるように逆転する瞬間が,僕にはこの上なく喜ばしい.

以上をもって,「書淫、或いは失われた夢の物語。」への感想と,お世話になりっぱなしの先輩へのいつかの返礼とさせていただきたい.(信頼,をキーワードにした昔話は2000年のここにあるので併読して頂ければと思う.)

蛇足ではあるが,このゲームでは繰り返しプレイによって選択肢の追加されてゆくことが,ユーザと製作者との間の都合ではなく,全く僕と彼女との間の事情によっているところが良い.コンテンツが物語に貢献する一方で,全ての分岐は物語ではなく僕と彼女のためだけに貢献する.僕ではなく僕ら,そして僕らと彼女らとの間には,ゲームを繰り返すことによって話を続けなくてはならない事情があった.そして,その度にどこかへ選択肢を付け加える必要すらあったのだ.深沢,月永両氏による X-rated ゲームプレイヤーへの献辞と合わせて読むと,Xゲームの彼女らと対話することへの深い執着を感じられて,嬉しい.

そして深紗のことを考えると,二周目は涙が出そうなので出来ない.

(2003/4/26)


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曽我十郎