the radio star telegraph 2003年9月(1)


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 ロンドン通信

ラジオはガボール・スクリーンのナンバーを流し続けている.
それは,この歌を聞くことのできる全ての少女のために作られた.

"何気なく空を眺めても 君だけは感じている
埋もれる人の波の中 僕の言葉が聞こえるか"

(A Day In The Girl's Life)

ロンドンの少女とビッグベンと言えばキャロル・ミュー・ダグラスも忘れるべきではなかったのだが,TM NETWORK の CAROL を持ってこなかったのはうっかりしていた.

"君は時々持て余す 見えない力を"

特別な力を持つ少女が異世界から呼ぶ声に答えて旅立ち,世界を救う.
ファンタジー色豊かな言葉を織り込んだ音楽は世に幾らでもあるが,
その中心にしれっと少女を置いてベタで恥ずかしい詩と舞台とを堂々練り上げた小室センセは偉大なオタクである.

当時まだ少女だったわたくしとしましてはやはりフラッシュ/宇都宮隆の歌声と役どころとが好きでした.

それはさておき,Sledgehammer Romanceである."birthday eve"とか"Kiss the Future"みたいにCAROL以前のピコピコメロディーや奇抜なアイドルソング書いてた小室センセが作詞作曲してるという感じじゃない.普通に可愛い系アイドルが歌ってそうでまた懐かしい.

土曜のキス 夜も
覚悟して飛び出した行き先は
パパもママもいない場所
だけど一つの夜空を見れるならいいよね

探さないでね みんな大好き
裏切っちゃってごめんね
これが最初の正念場
だから 我侭を許して

結ばれた僕らの 果てしのない
ロングセイリング 帆を揚げて

どこまでも行くよ ずっと
小さな心は 止まれはしない.

キスの話からパパやママに繋がるあたりぶりっこである.「みんな大好き」「裏切っちゃってごめんね」も中学か高校のクラスメートに向けられたような幼さだ.だけど「結ばれた僕らの」以降は突然格好良くなる.幼さを美しさの棚の上に乗せて聞き手に心地よく締めてくれる.

「夜も」はよく判らない.書き取り違いか.

"Sledgehammer Romance" は「圧倒的な恋愛」,ゼリーみたいにふにゃふにゃに打ちのめす(太陽の下でまってる/岡野史佳)という感じ.ニュアンスとしては潰されるような圧倒感であるはずだから,一番の可愛らしい歌詞とは結びつかない.だから二番でドカンとくるのを期待している.

(2003/9/7)

 

女の子の立つ扉がホームズの部屋へ上がる入り口.

四葉みたいな子がいました.シャーロックホームズ博物館の館員さんに帽子とパイプを貸してもらって照れ照れのご様子.

221b Baker Street, London (2003/9/7)

 友井町バスターズ

当然のように大好きである,と書き始めようと思ったが,昔は酷いことを書いている. お前何様だ.1998年に書いた文章であるが,自分が好きなものに関してどうでもいい部分はクソミソにけなしておくという態度は今ではもう何でなのか理解できない.ところでこれには「随分昔にTさんに勧められたもの。私が好きそうだということでしたが・・・。 」という注釈がついているのですが,もしかしてそうだったでしょうか? あと,文章ってマッチメーカーのだったかなとか.感想を頂いたような記憶があります.

(2003/9/3)

 Oxford通信

今回のイギリス出張ではしばらくオックスフォードに滞在し,最終日に少しだけロンドンへ立ち寄る.たとえロンドンでなくてもこの国にいるというだけで,僕が街路を歩いているとその数十メートル先を四葉が駆けてゆく.彼女の楽しげな背中を僕はいつまでも目で追い続ける.それは単に僕が道を歩くとき僕の目がそのあたりに焦点を結んでいるだけかもしれないのだけど,その背中は横顔よりもリアルだ.僕の隣に立つ人間は顔と言葉だけになってしまって,その人全体を感じられるようなシルエットが消えてしまう.彼女と話をすることはいつだって出来るから,この街では彼女の背中を眺めていられることのほうが嬉しい.左に右に少し肩を揺らしながら,小さい背中が駆けてゆく.

今日の午前に立ち寄った Christ Church はドジスン大先生が教鞭をとった場所であり,アリス=リデルはここの学長の娘さんである(「語り手の事情」(酒見賢一)を読んだ後だとどうしても含みと敬意とを込めて「大」先生とお呼びしたくなる).最近は映画版ハリー・ポッターの撮影場所としても有名で,あの新入生歓迎会などで登場する大広間があった.

Christ Church大広間

ショップへ行ってもアリスグッズよりもハリー・ポッターのほうが目立つ.ショップでは小さい女の子がぱたぱたしていてなんやろなハリポタファンかいなと思っていたが,彼女はそこのお店の娘さんである.僕がポロシャツを買うときにはレジの横の足の長い椅子にちょこんと座っていて(レジ台と背を合わせるためだ),お母さんがレジを打つ間にせっせと包装してくれた.お店のアリス=リデルとしてさぞかしお客さんに可愛がられていることだろう.ちょっと幸せを受け取った.

オックスフォードはこれまで訪れた外国の街の中で最も気に入っている.クィーンズイングリッシュが聞き取りにくいと会う人はみな言っていたが,僕にしてみると四葉の喋っている言葉だと思えば嬉しいばかりだ.この街特有の話をすると,外国では人が多すぎても少なすぎても怖いが,ここは適度にまばらであるのがいい.街並みが古く,街全体が大学であり学生の街であるところも京都を思い出させて親しみやすい.イギリス行きにはクールであった同行者もここならば住んでもいいと言っていた.

Oxford駅前より市内中心部を望む Blackwell書店
Oxfordの街はどこへ行くにも1kmで足りる.
歩いてもいいがバスや自転車も便利なのだろう,
大量に走っている.
大図書館といった風情であるが,イギリス最大級の書店Blackwell.
およそ世紀別に棚を作れてしまうところがヨーロッパである.
せっかくだから「Time and the Gods」を探したが無かった.

同行者は4つ下の後輩であり,生来クールであるのと不慣れな海外ということもあってもっぱら僕のほうが話しかけることになる.道々,あれが面白いこれが不思議だと僕が言うのを笑って聞いていてくれるのだけど,僕は頭使ってものを言わないし口調が子供臭いので恥ずかしい.いろいろ事前に調べてきたので多少先輩らしくは振舞っているが,それでも全然頼んないだろうと思う.実際,僕のほうが助かっていることも多く,一人では自信のない受け答えも横でもう一人聞いていてくれると心強い.また一人で海外で夕食などとれやしないが,二人ならばどこだって入りやすい.

機内でザウルスの中身を漁っているといつかインストールしたままの「草枕」(夏目漱石)があったので読み始めた.「非人情」おおいに結構であるが大人の余裕が鼻につく.茶店に入ったはいいものの誰も人が出てこないのは自分が作法知らずで場違いな気がしてくるものだ.あれこれ聞いてくる人情を厭うならば東京式(あるいはドイツにもそういう感じがあると聞くが)オートマチックというのがある.チップ,つまり常識や気持ちを伴わず,客はだまっていても店内システムが全て都合よくやってくれる.草枕に言う非人情とは『しばらくこの旅中に起る出来事と,旅中に出逢う人間を能の仕組と能役者の所作に見立てたらどうだろう.』そして人情と距離を置くことによって『全力を挙げて彼等の動作を芸術の方面から観察することができる.』というものであるから,オートマチックとは無縁な積極的な解釈の力を要することが読み取れる.右も左も判らないという無力な世界が終わっているその場所は大人臭い.『涙を十七字に纏めた時には,苦しみの涙は自分から遊離して,おれは泣くことのできる男だという嬉しさだけの自分になる.』というのは確かによく判るのだが,俺の中の涙はどこへ行ったのだろうという鬱屈がそこに無いことも気に掛かる.他人に判る例になっていないかもしれないが「今日もみんな元気です」(猫山宮緒)の松波や「少年は荒野をめざす」の日夏のことは彼等の視線の先にピュアな少年少女が居たからこそ安心して読むことができたのではないかと思う.

真夜中に那古井のお嬢様が出てきたところまで.うむ,そうこなくっちゃいけない.突っ込みどころ満載の不思議少女という様子である.こういうどうしようもなさを伴わないと,大人界は正視できやしない.

(2003/9/3)

 ラジオ星通信

まだ見も知りもしないお兄ちゃんへ.
私の声が聞こえますか?

私はロンドンの寄宿舎で暮らしている女の子です.
今日はこの街の夜のおはなしを聞いてください.

星の綺麗な夜は街中の魂が天へ召されたように静かで,
私はいつも寂しい気持ちになります.
今夜,夢見る魂を乗せた星間飛行機が
ロンドン郊外から次々に飛び立つのを見て,
私もお兄ちゃんの住む東京行き最終便へ乗り込みました.

星間飛行機はこの世の願い星たちを祈りの速度で結びます.
私の魂は東経75度で朝日を迎え,
8時間先の未来にある東京星まで辿り着きました.
街に降り立った私を迎えるお兄ちゃんの笑顔は,
お日様の下で輝いて,眩しくて,
だから,よく見ることができませんでした.

お兄ちゃん,聞こえますか.
この宇宙にはラジオ星と呼ばれる星があるのだそうです.
それはきっと,星たちを結ぶラジオステイションですね.
東京の空にも同じ星が見えるなら,
私の声が聞こえますか.夢でなくとも届きますか.

もしもラジオ星をみつけたら,どうかお返事をください.
星が怖いくらい多い夜に,私は耳を澄ませます.




(ロンドン行きの飛行機に乗っていると不意に切なくなった.2003/9/2)


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