花かんむり

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少し前から、玄関先に植木鉢が二三、並べてあったけれど、
別段よくも見ないで、すっと通り過ぎてしまっていた。

三日くらい経ってから、なんだか、そういったとりたてて
なんでもない類のことを話す機会があって、
それでようやく思い出したように聞いてみた。

「あの玄関の草ってうちの?」
「うん。」
「どうしたん?」
「おばあちゃんとこから、もらってきたんよ。
 ミツバアオイ、って上賀茂神社のね、葵祭の。」

草はないでしょ、と付け足して、母がそう答える。
ちょうど、この前、葵祭前の下鴨神社を舞台にしたセッションを
終えたところだったので、私、あ〜っ、と声をあげる。

「もうちょっと早く聞いてたらなぁ、」
「え、」
「・・いや、べつに。」

事前に聞いてたら、実際にどうしていたか、
というのは思いつかなかったけれど、
なんだか、ちょっと損した気分で。

出所を詳しく聞いてみると、
もともと、天理の親戚が上賀茂神社のミツバアオイを育てていて、
(上賀茂神社で売っているのだと聞く。)
祖母が天理からそれをもらってきて、
それをまた、うちがもらってきたらしい。

「葵祭で、行列の人がみんな頭に付けはるのよね。」
「うん、知ってる。あれ参加したからさ。」

祖母は、例の、この前、火が出た東大寺戒壇院の近くに住んでいる。
(全国ニュースになるとは思わなかった。)

連休中に、姉と二人で祖母の家を訪ねていた。
広い玄関先には、植木鉢が山と並べられている。
蘭が数種類あって、たくさん花を付けていた。
葉の艶も、すこぶる良い。

「すごい、これどうやってんの?」

驚いた姉が聞く。うちもここからよく蘭をもらってくるけれど、
ほとんど花を付けない。

「切って、差しておくだけ。それだけで、咲きよるん。」

姉と私が花の名前を聞いてまわり、祖母がいちいちそれに答える。
ほとんどが、切って、土に差しただけであるというのに、
根付いて、花を咲かせている。

「よく、○○さん(祖母の姓)とこ、なんでそんな綺麗に咲くんですか、
 って聞かれんねんけど、ただ差しとくだけでんねん、って答えてるんよ。
 私もなんでかわからへんねんけど、葉っぱ、ひょっ、と切って、
 ただ差しとくだけで、それでおっきなって、こんなんになるん。
 これは私の特技やねん。」

といって、はにかむ。

そんなとき、祖母が故郷ではお姫様であったと母から聞かされたのを思い出す。
気丈で、大家族を一人で切り盛りし、
今もまだ、休らうことなくそうであるから、
普段は女傑という言葉の方が、よく似合っていて。

「おばあちゃんは、緑のおやゆび持ってるんね。」

と姉がいう。草花に生命を吹き込む、その指先を。

私たちの思い出の中のこの家は木造で、ちいさな庭があった。
なんだか忘れたけれど、子供用の錆びた運道具があった。
あの頃、訪れるたびに探検していたあの庭を、
誰が手入れしているのかなんて
あまり大したことだと思わなかったけれど、
今よりもずっと若かった祖母が、
日々のなぐさみとして、ずっと育てていたのではないだろうか。
当時から、その緑のおやゆびの力は遺憾なく発揮されていたらしく、
その庭は、小さな子供の体には、
まるでジャングルのように鬱蒼として見えた。

親の体を気遣った叔父たちが、
今の気密性の高い広い家に立て替えたとき、
庭はなくなって、石の敷き詰められた、
車の止められる広い玄関先へと替わった。

コンクリートに囲まれた、そんな渇いた玄関先にも、
まだ彼女の花は咲いている。

そんな彼女にはきっと、花かんむりがよく似合う、
そう思った。



1998/6/16
星辰百貨へゆく
寿琅啓吾 <soga@summer.nifty.jp>