『雪溶けの前に』





なんとなく眠れないまま午前2:00を迎えた。
軒の方で、鈍い落下音がしたことで、雪が夕方から降り続いていることを思い出す。
僕は気晴らしに外へ散歩に出かけた。

先日の大雪の夜よりも寒くはない。朝までに深く積もることはないだろう。
こんな雪はコンビニエンスストアに近づくにつれ、人の靴跡を残して溶けてゆく。
或いは、店から漏れる光が溶かしてしまったのかも知れない。
僕は、そんなところを避けながら、まだ新しい雪の上だけを歩いて行く。

さすがにもう、交差点に車の姿は無かった。
信号の赤は昼間と打って変わって挑戦的だ。
視線は冷たい空気を切って僕を射すくめようとする。

神社の長い参道は、夜も灯火で照らされている。
湿気で靄がかっている行く手へ向かうと、雪雲の中へ潜るような気がした。

本殿前は広くなっているため、全体的に参道よりも暗く感じる。
そのうっすらとした明かりの中に、一人の少女が居た。
雪が溶けているのは少女のすぐ足元だけであるから、随分と長くそこに立ち尽くして居るのだろう。
少女はしばらく僕を見ていたけれど、やがて静かに口を開いた。

「捜し物は見つかったかしら。」

そういえば、僕は何かを探しているのかも知れない。
そうでなければ、こんな時間、こんな処には居ないだろう。

「星の光はどうかしら。」

僕はそんなものを探しているのだろうか。
何れにせよ、それさえも今の僕には痛すぎるから、僕は「違う」と答える。
今晩は夜空が見えなくて幸いだった。

「雪の光はどうかしら。」

雪雲が微かに降らす光は、自ら隠した星達の代わり。
所詮は地に落ち、踏みつけられ、醜さを晒すもの。
僕が再び否定すると、少女は一呼吸の間、僕を見つめてから忽然として消えてしまった。
あわてて駆け寄ると、そこには透明な蛍石の結晶が一つ。
その周囲の雪を小さく優しく溶かしていたのは、淡い蛍光だった。

僕はそれを拾って、ようやく帰途についたのだった。




1997/02/12

天球儀植物園へ
短冊懸へ
寿琅啓吾 <soga@summer.nifty.jp>