夜光性歌劇

- 太陽の下で駆け回ったのは 夜の集いに備えるために -
-  体いっぱい蓄えた熱で 星の世界へ旅立つために  -


1.

「どうも今夜は目がチカチカするなぁ、」

そう言いながらキノは、くいっ、と目をこすりました。しばらくして、薄暗がりの中でもう一度もぞもぞと動いた少年は、今度はついに布団から抜け出して、ベットの縁に座りこんでしまいました。キノの通う上等学校は、一年生が朝の奉仕をする決まりでしたから、明日も早くに起きなくてはなりません。けれども、今夜はどうにも不思議に目がさえてしまって、寝つけないでいるのでした。

「夜のしじまに心澄ませば、
 星降る音が聞こえてくるよ。

 とおく、点く星の音、
 ちかく、降る星の音、
 わたしをつつむ、優しい夢は、
 星のむすめの護りの手。
 夜のしじまに心澄まして、
 はるかの淵で眠りにつくよ。」

黒猫が窓辺で月に歌っています。短く、星が流れました。

「フォルテ、やめてくれよ。子守歌なんて一体どこで覚えたのさ、」
「なんだよ、『歌う猫フォルテ』に知らない歌はないんだぜ。俺の歌で眠れるなんて、お前は街一番の果報者じゃないか。」
「フォルテの歌は繊細さに欠けるんだ。余計に眠れなくなるよ。」

そういうと、キノは無理に眠ろうとするのをやめて、枕の下から青いフィルムの欠片を取り出して、満足げに窓へとかざしました。

「何だい、最近ご執心のようだね。」

フォルテは回り込んでキノの肩に飛び乗ると、興味津々、一緒になってフィルムをのそき込みました。月光にも透けて見えるほどの薄膜には、じっと見つめていると、全身にぼんやり光をまとった少女の姿が浮かび上がります。少女の髪は光のすじで、体には薄いヴェールを羽織っているだけでした。そして、金色交じりの魔法の瞳が、まるい顔にたいそう可愛らしく収まっていました。

「幻燈のフィルムさ。幻燈師のおじさんに無理を言ってもらってきたんだ。」
「余程しつこくつきまとったんだろうね。」
「真摯な思いが通じただけさ。僕は絶対にこの子を助けてあげるんだから。」

キノはランプを点けて、厚紙造りの幻燈機にフィルムを差し込みました。白い壁に映し出されたのは、幻燈師いわく、星の世界からこの地上に落ちた星のむすめの姿でした。少女の微笑みは、キノをほうっと見とれさせましたが、ランプの炎とともに揺れるその姿はまるで泣いているようにも見えて、キノの胸をきゅっとせつなく締めつけます。三日前に幻燈の興行で初めて見た時から、キノはこの少女のことが頭から離れないでいるのでした。

幻燈師は実際、この少女に会ったのだと言います。会ったとはいっても、一瞬、姿を見せただけで、すぐにどこかへ消えてしまったらしいのですが、少女の残した光の影が、写真の原理で偶然フィルムに焼き付いたのだということです。ですから、キノはその星のむすめに会いたいと思いました。そして、泣いているわけを聞き、なんとか力になってやりたいとも思うのでした。

「眠れぬ夜には丁度いいかも知れないね。行こうよ、フォルテ。」
「こんな時間にどこへ行くのさ、」
「君がこの前いってた集会の処へ、さ。星のむすめを捜す唯一の手がかりだよ。」

キノは、大切なフィルムを胸のポケットに入れて、焦げ茶色の靴に足を突っ込みました。あとは、温かい上着と帽子さえあれば、準備完了でした。


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寿琅啓吾 <soga@summer.nifty.jp>