藤井寺と吉祥寺をセットで.
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長月みそか,HR(2)
胸が詰まって死にそうになるぎりぎりのライン.あまりストレートに琴線に触れるようなことがあると読んでて辛いから,だからこれは4コマでなければきっと最後まで読めなかった.そうでなければ途中で手放していたかもしれない.HRを4コマの形で僕と巡り合わせてくれた漫画の神様には感謝の言葉が尽きない.たぶん,何度でも,大事に読めるから.
HR ?ほーむ・るーむ? (2) (まんがタイムKRコミックス)
- 作者: 長月みそか
- 出版社/メーカー: 芳文社
- 発売日: 2008/04/26
- メディア: コミック
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どこを採り上げても素敵であるのだが,p.38の「田山さんの字だ」とだけ.字はよいよなぁ,字は.
あとポエムとか.自由席.あと「ごめん」とか.いや,きりがない.
個人的な部分のうち語りやすいとこだけ書いておくと,その程度のチェックペンではまだまだ甘いね!と思った.助詞だけ残してすべて消すべし.
ザ・テレビスター
なんとなくカメラの悪口を言ってしまったような気もするが,カメラにもカメラの絵作りというものがある.
人物がふたり立って対話する様子を撮るときに,ふたりとも体を正面(カメラのほう)に向けて顔だけ横向いて対面してください,という指示が飛ぶのを見た.首が90度近く回るので喋ってる人間にとっては不自然だが,映像としてはそのほうが見映えする対話になるらしい.
あとこれはOさんに教えてもらったことであるが,チュートリアルの漫才も体を正面に向けて顔だけで対面して喋る.これは言われるまで気がつかなかった.一方,オール阪神・巨人の場合,基本,顔も正面(観客席)向けて喋るのね.漫才というのはふたりの掛け合いであるが,顔は対面してなくてもいい.
対話してる人物が顔も体も対面してたほうが判りやすいっていうのは,画面が細かく切り分けられた漫画やカット割りのある映像の話であって,変化の少ない書割の舞台上で話者に長時間スポットが当たる舞台演芸では見せ方が異なってくる.
ギャルゲーの場合,画面の中のウィンドウの数が増えたりカットインとかコマ割り(FFD)が出てくるほどに,舞台演芸の見せ方からは遠ざかることになる.
正面の立ち絵を並べて置くだけでも十分に対話である.別の向きの立ち絵や絵の大小やアニメーションを入れるというのは単に別の種類の対話を見せるというだけであって,対話らしさの優劣には繋がらない.しかし,たとえば賑やかにはなるかもしれない.明日君の立ち絵アニメーションについて言えばスムーズとか自然さといった印象を受ける.明日君のそれは立ち絵に限らない全体の印象でもあるが.
カメラ!カメラ!カメラ!
ギャルゲーの絵に時々感じてしまう印象としては,三次元の空間があって,その中にいる主人公の目の代わりに置かれたカメラの撮る絵が画面に映ってる,てのがあるけど,これはちょっと騙されてる分には問題ないけど文字通りに受け止めるとギャグになる.
というのはSNOWと暗黒SNOWがやって見せたことだった.対面してる相手の口から飛んだ米粒が顔にこびりつくときに,画面にいっぱい米粒がつくのであるが,これは人間の目ではなく目よりも口径の大きなカメラを置かなければそうはならない絵である(目に米粒はこびりつかない).雪玉が顔にぶつかる絵も同様だ.そこには主人公ではなくまんまカメラが置かれる.
暗黒SNOWで歩行とカメラを連動して見せたのも良かった.澄乃という人は数歩あるくたびに転ぶのであるが,顔を雪の地面にぶつけているのだろう,それに伴って絵のほうも真っ白になる.半分ギャグであるが,あれは澄乃という人を理解する上で欠かせない体験でもあった.映像作品でカメラに身体性を持たせること,つまりカメラの動きを人間の目の位置と動きに連動させるのは,特殊な効果を狙うのでなければやらない.人間の顔と目がじっと静止していることは普通ない.酔うってば.
カメラの在り処なんて忘れたほうがギャルゲーの絵は面白い.特に奥行きなんてのはべたっと描いても素朴な絵ができるだけだ.
これは一例に過ぎないけど,D.C.IIの見返り会話も明日君の歩行会話も,想像できる彼らの妥当な立ち位置を考えればありえない向きに空間が曲がってるのだけど,そっちのが面白い.キュビスムみたいに三次元の視点が二次元の絵に織り込まれていて,僕らの目にはそこに女の子が浮かび上がってる.
レンズ放り投げて
そして全て終わるはず
そしてきっと3秒よりも長く,少女を絵の中に留めて.
瞬間,あるいは絵としての.
http://homepage2.nifty.com/~undine/08/dwl06.html#17
背中+片眼は里村.椎名については背中+後頭部はあるけど,片眼のがあったかどうかは自信ない.
ギャルゲーにおける空間の表現ていうのは女の子の可愛さに繋がるものであってほしい.いや,憎たらしさでもいいけど,なにがしかそれで女の子を描く足しになるんならいいんじゃないかな.
それはそうとして以下,空間全般というよりは会話の場面に限った話.
くるりと人のほうを見るときは,およそ目線,首,身体の順に回る.で,D.C.IIのは目線と首が回っただけで止めた絵で,背中が全部見えている.人間が見返り美人のような姿勢で止まることは稀なので,絵としても可愛いからああいう立ち絵になったのだと思う.あと首だけちょこっと回す動きの可愛さもある.
図版はこちらの2006/3/14参照.
http://circus.nandemo.gr.jp/sakuhin/dc2/omake/diaryrog.html
こんな風に前後ろに並んで帰る,ということはあまりなさそうである.つまりは会話の陣形を再現するものではないのだけど,しかし可愛らしい空間感覚であるよね,と思う.
明日君の歩行会話ももちろん会話の陣形を再現しようというものではなくて,横に並ぶより正面で跳ねててくれるほうが可愛いやん,というこれはこれでその通り.明日君の面白いところは背景がZ軸方向に流れるとこ.背景をX軸方向に流すと伝統的なTLSの下校会話になる.
http://jp.youtube.com/watch?v=qXscvtUnW58
顔が近い!
さくらんぼ
JAこま野の一パック.うまうま.
頑なに義之くんと登校するのを避けてたさくらさんが,P.S.では登校してくれますよ!
よいですね.
ときどき自分でも忘れそうになるけど,D.C.IIはアニメを見たのが先で,そこで雪村が気に入ったからPC版に手を出した.だもんで声としてはアニメのほうを先に聞いてるのだけど,順序には関係なくPC版のほうが印象深いです.
D.C.II S.S. #5, #6, #7
さすがに記憶からこぼれはじめてるので,覚えてることだけ.
大筋,由夢っち可愛い.この人はPC版では不機嫌,一方的,助平,と若気が三拍子揃ったような人なんだけど,助平のあたりがアニメではやりにくかったのか,くにゃくにゃする可愛い表情と堀江由衣の声とで反対方向に振ってる.音姉もそうだが変えるならこれくらい変えるがよろしい.
変えるというか,幼い頃の由夢の印象をそのまま引っ張るとアニメ版の由夢ね.彼女の周りの人たちは年少であるこの人のことをだいたいそんな感じで見ているのだけど,この人は少年の部分と青年の部分が両方あると思うよ.年相応にね.
アニメはこの人の魅力を押し広げたとは言えると思います.これまた音姉もご同様.僕としてはPC版のほうが好きだよという前提での話.
#5「失望の雪原」
予知能力というものがあるとして(ななかの接触テレパスもそうだったけど)本人の解釈が影響せざるを得ないだろう,という話.わざわざね,この人の予知が解釈の余地によって破れうるっていうのをもう#5の段階で示しちゃうのは,由夢が義之と一緒になれないという予知も破れるってことでいいのかしら.
スキーで遭難は美夏の持ちネタだけどここでは由夢に降りかかる.Imaginary Futureではななかが遭難してるので回り持ちだ,雨野さんの茶目っ気であろう.
朝倉家,芳乃家の兄妹がスキー超上手いのは,小さい頃に純一さんとさくらさんにたくさん連れてってもらったから.彼らの幸せな暮らしぶりを想像させる重要なエピソードだと思うが,僕の記憶が揮発したのでなければ確かアニメでは触れられてなかった.
#6「桜迷宮」
純一さん出てくるのが早い.まだ話が半ばである.最後だけでは唐突すぎるということだろうね.
これもまたシリーズ構成に布かれた本格的なさくらさんシフトを思わせる一因.
#7「変えられない夢」
PC版では義之が由夢のお祝いに参加できないのは音姉を看病していたことが原因である.これを他の事情に変えたのは作為的だわ.先に書いたように由夢の性格が違うのと,この先の話の展開上,由夢が音姉に対して複雑な思いを抱えている,ということを強調する必要がないのだろう.
D.C. II S.S. #8
ちょっと話数が飛んだけど,これだけまずは優先して.
さくらさんが手紙を書いている部屋の家具は,D.C.初代ゲーム版のさくらの部屋とほぼ同じ形とレイアウトである.懐かしい.場所はいつものこたつの居間と縁側の間ね.夏場はこっちが居間になる,という話がD.C.II P.S.のどこかに出てきた.
ちなみにこのレイアウトはアニメのほうのD.C.(ファーストシーズン)には登場しない.もう少し正しく言うと#17, #21に出てくるがPC周辺しか見せず,全体のレイアウトは映さない.彼女の表向きのイメージに反して機械的で寂しい感じのする部屋であるため,ファーストシーズンではあえて見せなかったと思われる.アニメの純一は音夢のことが好きであったから,さくらの気持ちを全て受け止める術はない.出来ないものは見せなくていい.ゲームの場合,さくらと結ばれる筋があるから見せていい.
今回,部屋を見せたのは初代へのオマージュと,あとアニメの話がちゃんとさくらさんで収束する所以と思われる.PC版のD.C.IIで行方知れずとなったさくらさんは,アニメの最終回あるいはD.C.II P.S.でどうにか助け出せるはずなのだが…….
昔書いたD.C.#17の感想より
芳乃さくらの部屋に置いてある,彼女の子供っぽい外見に似つかわしくない巨大なコンピュータはひとまずゲーム版と同じ形状をしている.しかし,アニメではそれをズームアップして映すだけでありゲーム版のような部屋全体を画面に収めるカットがないため,それがいかに痛々しい風景であるかは判りにくくなっている.
ゲーム版での彼女の部屋について補足しておくと,それは和室の六畳間で広いほうの一辺が縁側になっている(これはアニメ版も同じ).家財道具は縁側から見た左手の壁際に一畳半ほどの面積で収まる程度置かれているのみであり,あとはなんにも置かれていない様子をゲーム版のカメラは捉えている.置かれているものを詳しく見てゆくと,最も目立つものは消費者向けではない形状をした大きなコンピュータとその上のマニュアルらしき分厚い本を並べたラックである.その右隣に座布団とセットの低いテーブルがあり,ディスプレイ,キーボード,クライアントPC,ストレージらしきものが置かれている.すでにこの時点でいかにも成長が遅れた感じの中学三年生の女の子が持っているものとしてはおかしいが,ほかにも色んなものがあるならまだしも,これしか置いてないというのがなおさらおかしい.また,コンピュータの左隣には鏡台が置かれている.おばあちゃんのお下がりだと考えるには形状が昔風の大仰なものではないので,これはさくらが自分でわざわざ揃えたものであろう.化粧っ気のない彼女の見た目とのずれはそこにも見て取ることが出来る.ちなみにこの鏡台はアニメでは画面に映されない.
秘密は秘密として思わせぶりであるし,真っ直ぐな好意に戸惑うことはあっても,それ以上に僕らがさくらのことを気にかけてしまうようなカットはあえて省かれていることが判る.それに今回,純一がさくらにキスしなかったことで勝負は早くもついているのである.ゲーム版の出来事をそのまま持ってくるのではなく,腹立つくらいの周到さでもってちゃんと音夢がヒロインに見えるようなつくりになっているところは僕の好みで,というのも,こういう省略はゲーム版のさくらのことをよく判っていない人には出来ないはずだからである.
いまのさくらさんはすっぴんとは思い難い,というのが時間の流れである.
D.C.II P.S.
まひるっち.
幽霊です,つまりもう死んでますよってのを序盤から相当に強調するところが気に入ってるの.最初は幽霊のふりをしている偽装幽霊を疑ったのだけど,その線は壁抜け(のようなもの)を見せてはじめに除外される.次に早坂日和か六条御息所かという生霊の筋を考えたけど,それもお化け桜が復活するより前に死んだという宣言で早々に消される.あのお化け桜の場合,とっくの昔に死んでいる人の願いを掬い上げるというのは無理筋なのでね.あとはもう完膚無きまでに死んでる人なんだけどほんとに好きになりますか貴方?という直球さ加減と,まひるが幽霊になることを桜に願ったのが誰かというちょっとした謎に,でーんと広橋涼の素材を活かした数時間の声の世界.
雨野さんはゲーム全体のディレクションとか,アニメのII S.S.のシリーズ構成,漫画版の原作,あとはさくらさんの話とかでエピックな視点に立つときに良いです.まひるっちも構成は良いです.アイシアについてはD.C.S.S.とD.C.S.G.をもう一度復習して新たに年表を引き直したということなのでそこんとこ期待です.あとは立羽さん,S.C.で雪村描いてたけど今回はオリジナルでの原画デビューおめでとさんです.可愛いよね.
D.C.関連だけで
一杯になってきたので手放せるものを取り分けて紙袋に詰めてたら,ちょうど水姫来訪.大量に引き取ってもらった.D.C.IIのよいとこを語ってみたり.水姫が見たことないって言うんなら,D.C.IIみたいな見返り美人の描き方ってあまり世に無いってことだねと判る.