D.C.IIシリーズの縦読み

マルチエンドつぶす必要なしに,雪村オンリーでシリーズを縦に読めるようになってる点が一番気に入ってる.
僕はそりゃまぁ浮気性には違いないけど,時に純情でもあるのだよ.

中学2年から高校3年の卒業までの彼らを追いかけた.卒業にはやはり感慨深いものがあった.

中学2年卒業シーズン「春風のアルティメットバトル」
中学3年冬「D.C.II本編」
高校2年入学シーズン「あふた〜すと〜り〜ず」
高校3年卒業式「風見学園演劇部 〜卒業公演〜」

どれも雪村の話しか読んでないけど問題なく追いかけられるようになってる.とくに高校編(後日談)は女の子ごとに用意されてるのでね.

最後は演劇部の卒業公演と銘打ちつつ彼らが作った映画を見ることになる.これが傑作.大学生になった自分たち,という役柄で出演して撮ったもので,いや,もう,ドリームに溢れていてねぇ.彼らが思うところの大学生活のきらきら感に参った.

あと,スタッフロール研究家の水姫には伝えておかねばならんところとして,「風見学園演劇部 〜卒業公演〜」では映画の上映が終わったところで映画を作ったメンバのスタッフロールは流れるけど,ゲーム自体のスタッフロールは流れないのでした.この映画を作ったメンバというのも,雪村たちはもちろん,協力してくれた演劇部の部員の,ゲームには登場しない名前もみたこともない子たちが交ざってるので驚いた.

スペシャルサンクスとして一行だけ,サーカスの全スタッフ,とは書いてあるのだけど,それにしてもこういうところでフォーマルでなくてよいのはファンディスクならではだね.

そして明日の世界よりーー

外は大雪.マンションの廊下にまで雪が積もってる.

昼間は京都駅の天井の高い構内にも雪が舞っていて,どこから入ってくるのかと思ったら,あの大階段から吹き下ろしてくるのだ.

これは知らなかった.雪の日に京都駅へ行って良かった.

人前で話す機会に緊張したり,メールの返事が来たり来なかったりでだいぶ疲れて,とっておきの一本を開封.

エンディングボーカル集をあらかじめ聴いていた.

eufoniusの「散歩道」がおそろしく切ないので,はじめから夕陽を追いかける予定で.

水月陵にAmazing Graceを唄わせるのはもったいないと思っていた.いかにもありそうやん? あとやっぱオリジナル曲聴きたかったし.

夕陽とは,散歩道,に描かれるような関係なのだと思っていた.そうであるには違いないのだけど,しかしこれ読み始めてみるとじつはAmazing Graceがテーマ曲で,夕陽がしじゅう口ずさんでるのね.

安易に水月陵に唄わせたと思っていた.だけど,もっと重いからこそだったのだなぁ.ごめん.

あれこれ考えたけど,歌詞の意味を知っていたら,この終わりしかないというものだった.

Amazing GraceのいろんなアレンジバージョンがBGMとして使われるんだけど,ちょっと可笑しいのが夕陽がお風呂に闖入してくる場面で,軽快なアレンジのこの曲が流れるところ.わはは,台無しだ.

誤解といえば,植田亮の絵についてもそうだった.描線にだいぶ見応えがある.一通りぐるっと目でなぞってしまう.

健速さんは,やはり当代一の書き手か.上手い人というのはいくらでもいるけど,エネルギー効率というか.かけた熱量がそのままぜんぶおさまっているような圧力で,こういうのはその人の時代として区切られるものだと思うので,あえて当代という言葉を捧げます.

星空にかけて水道の話とか,レジの780円のところとか,細かい修辞の面白さも目立ったけど,せっかく何作も読んできたのでもうちょっと大きなところについて.

うん,あるがままのこと,あるいはあるがままのことがあるということをまるで信用してないのね.ぜんぶ誰かが考える言葉で解釈してゆく.それでいて読めるようになってるのは解釈が一呼吸おいた後に述べられるからで,その一呼吸の間だけでも僕らが手放しで,いま何が起こってるのかということを見ることができるからだね.一呼吸というのはひとつ先のカットとか,あんまり遠くならない場所.

あとずっと変わらない癖は,後に起こる重い出来事や言葉は先に予告して回るところ.地球が滅びてしまうニュースも,女の子の身を切るような言葉も,過去形で予告された後に,詳しく回想される.こなかなの時はそれが語り手である主人公の僕らに対する優しさだと思ったけど,むしろ,起こることよりもそれに対する解釈が先立ってしまうのだろう.

つまり,その時間差には幅があって,解釈が,起こることよりも前であることもあれば,その一呼吸あとに来ることもあるという独特のリズムになっている.くどいような丁寧さが欠点でなく,生きてくる.

そういうふうに,事故で亡くなったひとりの母親と,残されたふた組の家族,6人の気持ちを,がんちゃんは追跡することになる.だけど,そういうのは背負いきれないから,ひとりではうまくはゆかないね.

そしてすっかり抜け落ちていた,じぶんの気持ちと.

ああ。ずっといてくれ。
そしてずっと守ってくれ。
俺を傷つけようとする全てから

大村いろはを思い出さなくもないけど,素直にAmazing Graceからの想起でいいと思いなおした.

ただ,僕が素で訳すと,どうも普通の訳とは違ってしまっていて参った.

The Lord has promis’d good to me,
His word my hope secures;
He will my shield and portion be,
As long as life endures.

Yes, when this flesh and heart shall fail,
And mortal life shall cease;
I shall possess, within the veil,
A life of joy and peace.

以下,私訳.

あなたは約束してくれた.素敵なこと,
その言葉はわたしの希望.確かなこと.
あなたはわたしの盾,わたしの処方,
この命がつづく限り.

そう,この身と心が果てるとき,
死すべき命を終えるときも.
その盾のなかで,わたしは持っているのだろう,
喜びと安らぎの日々を.

よく知らなかったので,キリスト教とは関係なしに読んだ.
RPG脳なのでportionが薬としか読めなかったけど,そもそもスペルが違いますね(potion).しかし,shieldと対になる言葉だからつい,ね.
veilを盾と読むのはとても限られた場合だけど(肩盾),これも前段のshieldに引きずられたのだわ.
や,veilのくだりで僕としては断然盛り上がったのだけど,ありえないな,これは.

朝を迎えて,東山の大文字が白く染め上げられている.
前回の送り火では強風のため点が増えて「太」文字になってしまった,その傷跡もまだ白く残されている.

ベランダから京都駅のほうを見たら,雲がすごい速さで東へ流れていた.そして明日の世界より,の背景アニメーションと同じだと思った.

季節は夏.しかし,冬.

時をかける少女(2006)

アニメのほう.ちょうどCSで放映していたので.

1983年の映画との共通点を見ておくと,誰かが誰かを好きであることは何かの拍子ですり替わってしまうんだけど,ぜんたいとしてはただ一つの恋であるのだね.

前回は交通標識や信号が目についてしょうがなかったけど,今回はもう楽しんで見ることができました.

この世界の片隅に(上)

こうのさんの絵を見ると,絵を描くことって愉しいんだなぁ,という気持ちになる.いつも.

周作さん男前,しかも,ドリーマーだ.

おそらくは「八月六日上々天気」の対偶.

出会いはいつも恋のはじまり

……空の青さが目にしみたのよ.

いつ好きになったのか判らないものと,きっかけくらいは判っているものと,きっかけすら覚えていないものと.

尾崎翠

まずはこれが判らない.一乗寺の恵文社で買ったことだけは確かであるが,なぜ手に取ったのか判らない.たぶん,作者の名前が気に入ったのではないだろうか.

先日,久々に恵文社へ行ったら,右手方向にお店が拡張されていた.左手奥は相変わらず足穂ちっくなガジェット交じりであるが,女の子がこんなに多いお店だったっけ.顕微鏡女子ら.

僕はというと,昔ほどわくわくしないのである.この世界の片隅に,を探して本屋をはしごしたけれど,確実にあるはずのこの場所を忘れてしまっていた程度には.

探したら記録が残っていた.1998年5月28日のことである.

京都一乗寺の書店「けいぶん社」でなにげに見つけた作家。日本の幻想文学作家に名前を挙げられていたこともあったので。

なるほど.そうだったのか.このころのごく短い間だけは読んだ本の記録をつけていた.ちくま日本文学全集の「尾崎翠」に前後して読んでいた本は,「影の現象学」(河合隼雄,講談社学術文庫)「パラケルススの薔薇・ボルヘス」(ボルヘス,”バベルの図書館” 国書刊行会)「不死の人」(ボルヘス,白水社)「友井町バスターズ」(水無月ばけら,富士見ファンタジア文庫)「ロケットガール」(野尻抱介,富士見ファンタジア文庫)「坂口安吾」(坂口安吾,”日本幻想文学集成” 国書刊行会).……まぁ,いろいろ読もうとしていたのが判る感じですな.

須藤真澄

こちらも判らない.たぶん大学一回生のころ(1993年),Mさんに「振袖いちま」を借りたのではないかなぁと思う.

長野まゆみ

これははっきりしている.やはり大学一回生のころ「泉鏡花の再来だ」って友達が誉めてた,と姉が言っていたのを聞いて,「野ばら」を読んだ.結果的には泉鏡花云々は勘違いだと思うが,よいきっかけにはなった.長野まゆみファンや同人の方との楽しい出会いもあった.

正直なところ,当時は少年趣味が格好いいと思って読んでいた節がある.本当に好きになった気がするのは,魅力的な姉たちの出てくる「夏期休暇」からである.

泉鏡花

じゃあその泉鏡花.おおかた幻想文学の古典ということで大学一回生のころに読んだのだろう.素朴に「高野聖」から始めたが,これはつまらなかった.岩波で同じ本に入ってる「眉かくしの霊」は少し良かった.「草迷宮」はRoadsの初めてのシナリオに活かそうとして大失敗した(僕もまだ若かった).好きになったのは相当後になって「薬草取」を読んだ頃から.「婦系図」で魂の作家になった.

TM NETWORK

humansystemが最初だけど,それ以上判らない.中学のころ,Nっぴからカセットテープを借りたような気がする.

ZABADAK

こちらは明確.WATER GARDENのカセットテープを姉が友達から借りてきた.大学の受験勉強の間,「ガラスの森」を延々と聴いた.

渡辺美里

こちらも明確.中学のころribbonのカセットを姉が叔母から借りてきた.叔母と音楽を共有するというのは今ではちょっと想像できないけれど,当時は叔母もまだ大学生だったはずである.

松浦有希

この話は何度もしちゃってるけど,そのせいもあってはっきりしてる.新聞のラジオ欄で「松浦有希の夕暮れ探険隊」(FM大阪)という番組の紹介があって,タイトルと内容に興味をもったのがきっかけ.僕のCDを友達が喜んで聴いてくれたのも嬉しかった.

谷村有美

うわ,判らない.たぶん,音楽の趣味を共有してたE(さっきの友達)からPRISMを借りたんじゃないかと思う.
VIDEO JAMの司会とか(ローリーと一緒だった),FM802 MUSIC GUMBOのパーソナリティーとかあって,僕も音楽まわりのことが楽しかった時期だった.

槇原敬之

谷村,ローリー繋がりで思い出したからマッキーのことも.こちらは間違いなくEからファーストシングル「NG」を借りて,自宅でヘビーローテーション.まったくFM802の時代である.買ってもらったKENWOODのCDコンポを大切にした.割と高いものを親にねだってしまったのだけど,こんなけ使ってるんだったら価値があるわ,と母に言わしめた.

岡野史佳

自信がない.末永に「海育ちの風」を借りたんだと思うけど,違っただろうか?

マッキントッシュ

大学二回生のはじめ.いざはじめて「パソコン」を買うとなって,そのとき出ていた月刊誌をざっと集めて目を通した.そこで僕にはマックが必要だ,とかうっかり考えてしまう辺りが,恵文社に出入りするような大学生らしいことである.おかげで計算機の仕組みについてほとんど考える必要がなかったので,学科では大変苦労した.サークルの会誌作りやセッションのポスター,小物作りには活躍した.つまりそれは,僕の立ち位置の中途半端さを決定的にした出来事だった.

ガルフォース

小学生のころ,Sからビデオを借りて見たのだと思う.小学生にはやはり高い買い物だったはずである.Sはモデルグラフィックスを読んでた経緯でガルフォースが好きだった.絵が上手で,当時は園田健一キャラの絵をたくさん描いていたが,年賀状ごとに影響を受けるイラストレーターが変わっていった.弘司とか,山田章博であるとか.彼はそのままイラストレーターになったが,途中で別の才能を見いだされて,今はもう商業で絵を見かけることはなくなった.たぶんまだプライベートではずっと描いてるだろう.彼はずっと絵を描くだろうと思っていたが,彼に影響を受けた僕が,こんなに長く絵を描いているとは予想もしなかった.

フラワーズ

えっ,ぜんぜん判らない.記録を探してみると,なんとなく買ってあったのを2005年2月21日に紐解いたということになっている.なんとなく手に取れるようなゲームだとは思えないんだけどなぁ.まぁ,ラッキーだったということで.

D.C.

こちらも謎が深い.どうして手に取ったのだろうか.なんか今風のちゃんとギャルっぽいゲームを一本,とかいう感じではないかと思う.2002年の6月か7月のこと.それが今の雪村杏に繋がってくるのである.

時をかける少女(1983)

土曜日の実験室,という台詞くらいしか覚えてなかった.さすがに子供のころである.

最後の長い長いタイムリープの間の絵と音楽がファンタスティック.都合2回繰り返し見た.

気分がすぐれなくてCSをつけてみたらちょうどそのタイムリープのところで,それに見入ってしまってね.
だから前に録ってあったのを始めから見てたの.

男の子が女の子に,あるいはその逆の,相手に触れる,触れてしまうという場面が盛んに織り交ぜられる.HOUSEほど露骨でなく,しかし,官能的です.吾朗ちゃんと深町くんの胸板を反芻する和子ちゃん.指に触れる感覚.迷走する和子のタイムリープをさっとお姫様だっこですくい上げる深町くん,というのは大林ドリームなのか.とはいえ一番気に入ってるのはむしろ,気絶した和子を運ぼうとするとき,身体のどこを持てばいいのやら困ってしまう吾朗ちゃんであった.

書き換えられた後の記憶にあるのほうの男を好きになるしかない,というのは,そうだよなぁ,としか.一目惚れによってさっと世界が書き換わってしまった,という感覚に近いです.

CIPHER

あれな話で悪いけど,部屋に女の子が押しかけてきたら,トイレになんか変な箱増えてる!というの,うちに姉がいるにも関わらず,よくわかんなかったわけですよ,あの頃.わかんないなりに,なんか遠いもの(あるいは危険なもの)を感じて避けた,小学生だったか中学生だったかの自分でした.

りぼんとCIPHERの間には,ちょっとジャンプが必要で.

いま読み直すとまちがいなくアニスが可愛いと思います.

F.S.S.劇場版

ビデオは姉の元にあるのでCS放映版.もう20年も前の映画になるが,作画が丁寧なのであまりそう感じさせないね.

MHをおねだりするという少女時代のラキのロボットラヴっぷりに今さら驚いた.

ギガンティック・フォーミュラを見た後だと,中尾隆聖がロボットに乗りそうな声として認識されます.

リトラーとの別れの場面でワンポイントになってるK.O.G.の装甲を透かした絵が美しい.L.E.D.の半透明装甲のアイデアってこれじゃないの?
少なくともこれに近い見た目になるんじゃないかなぁ.見たときにはもう死んでるけど.

夢をみた

惜しいな,それはちょうど昨日書いたよ.

ココロは日記のRSSをパースしているので,原理としては過去に出てきた名詞でしかスロットを埋められないわけだけどね.