懐かしすぎるのでこばさんのお話と勝手に連動.
1999年の1月頃に書いた記事を掘り出してみました.
過去の恥ずかしい文章は積極的にさらすというのがおそらく本サイト唯一の方針らしい方針です.
http://storybook.jp/waffle/nekomori/index.html
魔法使いグループが好きだった.チェルシーについて何か書こうとしていたはずだけどもう忘れてしまった.ゲームブック版についての話だったかもしれない.
懐かしすぎるのでこばさんのお話と勝手に連動.
1999年の1月頃に書いた記事を掘り出してみました.
過去の恥ずかしい文章は積極的にさらすというのがおそらく本サイト唯一の方針らしい方針です.
http://storybook.jp/waffle/nekomori/index.html
魔法使いグループが好きだった.チェルシーについて何か書こうとしていたはずだけどもう忘れてしまった.ゲームブック版についての話だったかもしれない.
話が全く違うっぽいので驚いた.いきなり海編?
http://www.tbs.co.jp/asatteno/05story/story.html
原作はもう秋なので「ひと夏」という時点で違うわけだけど,そこまでにしとくほうが短い話数でまとまりそうだよね.
大人の身体から子供の身体へと変わってしまった椒子さんは,自分の表情を上手く作れなくなってしまう(2巻P.54).顔の筋肉のつき方が違ってるのだからそりゃそうであるのだけど,他にもたくさん不都合があるはずなのに初めて困るのはそこですか.もちろん,簡単には考えの及ばない部分だからだと思うけど,いじらしい.
身体の変化によって,気持ちのほうも変化していることに気付くだろうし,周りの反応が変わったことにも気付くだろう.椒子さんにはその両方があるのだけど,子供から大人へ変わってしまったからだちゃんは周りの変化にしか気付くことが出来ない.歳をとるほどに自分の身体のことが経験されるものだから椒子さんのほうは身体と気持ちの交わりかたが変わったことに敏感なんだけど,ちっちゃいからだちゃんにはよく判らなくてバランスを欠いた脅威に晒されてしまう.変わるのが周りばかりっていうのは怖いんじゃないかね.
ところで3巻に椒子さん出てこないのはがっかり過ぎる.
気分転換に国立近代へ.鶴がたくさん,水辺にそらに.粟岳高弘が描いたみたいな顔も交ざっていて愛嬌がある.
若沖のは鶴のまあるいお尻を十二連というのがよかった.正確にはお尻ばかりではないが一筆にまあるく大きなお尻を描いて並べるというところが着想とみた.かわいい.
自転車で白川沿いを下る.短大の前で学生たちが川さらいをしている.裾をまくって浅い白川の流れに二本足立ち.鶴とはいわないがこれもまたいい.
閉店のせまる京都近鉄で最後の秋の味覚,松茸.うまうま.
きょうとあすは姉妹だけど肌の色指定が違う,というのはなんとなく見ていても気付かれるところだと思うけど,ふたりが手を繋ぐとそこでいっそうよく判る.姉さんであるきょうのほうはほっといても脂がのってしまう年頃であるし,体を動かしているのであすよりも血色がよく見えるということか.中学生であることによって小学生よりも脂肪がついたり無理がきいたりする内分泌系の働きの違いというやつは,姉さんが妹の血色をよくしようと頑張れるほどに,妹がいる場所へ追いつけなくしている.気持ちとしては妹のそばへゆきたいのに,自分ばかり血色がよくなっていってしまう,そんな年頃のこと.
もっとも,きょうのあすに対する追いつけなさについては,いつもの薫さんによる声のリアリティ *1 *2 でぴたりと説明できるところですが.
僕としてはたぶん,内分泌系云々という妙な発想に先立ったのは,この絵の具だかなんだかの肌色がまさにこの人たちの肌に等しいのだと思われたこと.
わーい,明日香さんの.
ところで「佐々巴」とか「掛川あろえ」とか「電撃!!イージス5」で検索してうちがどんどん引っかかるのは嬉しいのだけど,みんなもっと語ってくれ,と思わなくもないです.
幼稚園から小学校の頃にかけて,僕の手のひらはふくよかで気持ちいいという評判で,唯一姉による評判ではあったが僕にとっての評判とはそういうもので,そしてよくふにふにと触られていたものだった.ボールもバットも握らない,レゴブロックより重い物を持ったことがない,あと牛乳ばかり飲んでぽちゃっていた運動不足のたまものであるが,愛されるというのは嬉しいものだからこの手のひらは僕の自慢だった.
手のひらについては良くない記憶もある.いつ頃までのことだったかは覚えていないが,母と手を繋ぐことなしに歩くことが出来なかった.母の手が心地良かったという記憶はまるでなくて,ともかく繋いでいなくちゃならないんだという強迫ばかり覚えている.母はいつも手が重いと言っていた.20キロかいくらかある半自走式の塊を引っ張り回すのは確かに大変だったろう.遠足の時などは手を繋いで二列で歩くということがあって,このときも手を繋げと言われればけして離さなかった.そのふくよかな手でぎゅっと握り続けてるものだから汗をかいて相手の女の子は暑くるしいといって怒っていたのであるが,頑固に離さなかった.手を繋ぐとか綺麗に並ぶとか言われた形にこだわり過ぎる子供だった.
中学へ上がると身体が縦に伸び,毎日硬くて重い学生鞄を持ち歩いたものだから,僕の手のひらは男の子みたいな手のひらになっていった.今の僕にとってそれが誰のための手のひらであるのか,どのように嬉しい手のひらであるのかは昔ほどはっきりとは判らない.よって以下は想像の産物である.
手を繋ぐといえば電撃!!イージス5のActIIが思い出される.逆瀬川秀明と佐々巴が事実上の初デートに赴くとき,鴻池琴梨からデート繋ぎをするよう指示される.これは手を繋ぐことが気持ちよりも先に立つのを判ってるわけで,助平なものだなと思った.いや,正確には喜んだ.なんの好意も前提とせずに男女が手を繋ぐことはないわけであるが,手を繋ぐことによっていっそうどきどきしてしまう気持ちよりは手を繋ぐ行為が先行する.気持ちが盛り上がったから手を繋ぐのではなく,盛り上げるために手を繋ぐのである.手順というのはそうでなくては回らないのであるが,当事者にはなかなか気づかれないものなので琴梨のような正確な外野は有り難いと思う.
事態に巻き込まれている当事者,ここではとくに恋愛を言うのであるが,その当事者らしさが薄れて事態が飲み込めてきたとき怠惰がおこる.ストロベリー・パニック!の花園静馬はもはや手を繋ぐことの効用など知り過ぎていて注意を払わなくなっていたからこそ,蒼井渚砂にされた普通でない手の繋ぎ方に不意を突かれ,完全に参ってしまった.多くの時間は静馬のほうが渚砂に触れようとあれやこれやしてくるのであるが,最初の一撃はむしろ渚砂が静馬の手のひらを掴んだことであって,手のひらというのがそれだけの衝撃を持ちうるというところに僕は真っ先に惹かれたのだった.
別段とんがってはいないけど,せっかくだから投票内容を書いときます.
1.あなたの好きなライトノベル作品・シリーズを5作品まで挙げてください。
1位.MF文庫J 侵略する少女と嘘の庭 著:清水マリコ/画:toi8
男の子にだって自分のお庭があるんだよ.
2位.電撃文庫 電撃!! イージス5 著:谷川流/画:後藤なお
自分たちの幼さと付き合ってる様子が好み.特に食事の世話についてのそれ.
3位.ファミ通文庫 学校の階段 著:櫂末高彰/画:甘福あまね
すべての現役階段部と元階段部のひとたちに届くといいな.
4位.電撃文庫 とらドラ! 著:竹宮ゆゆこ/画:ヤス
クラス中の交友関係について作者の目が公平に配られてるところが好き.あと電柱戦.
5位.電撃文庫 ストロベリー・パニック! 著:公野櫻子/画:たくみなむち
体に正直であることの煩いと,ならばこそいっそう華麗な日々.花のようなおはなし.
2.あなたの好きな(もしくは印象的な)キャラクターを3名挙げてください。
1位.川嶋亜美(とらドラ!)
人の性格に裏も表もないですよ.あえていうならいっぱいだ.
2位.中山りあ(侵略する少女と嘘の庭)
1/144ストライクガンダムを「この人」と呼んで人扱いする心性がとてもいい.
3位.早川牧生(侵略する少女と嘘の庭)
「プラモ好きな中学生に無理言うなよ……」幼さへ向かう自意識の,この言い方が可愛らしい.
3.タイトルにインパクトのあった(もしくは印象的な)作品を3つ挙げてください。
1位.「とらドラ!」
なにそれ?と思った.
2位.「学校の階段」
階段なる人工物への偏愛がストレートに伝わるタイトル.階段の匂いすら漂ってきます.
3位.「電撃!! イージス5」
電撃,のあたりがあからさまでちょっと恥ずかしい.
4.カバーイラストが気に入った(もしくは好みの)作品を3つ挙げてください。
1位.「侵略する少女と嘘の庭」toi8
文句なしの美少女です.
7.1年間に読むライトノベルの数(該当箇所の欄に、1つだけチェックをつけてください)
数えたら該当期間内には12冊でした.
ちょこSisのED最後のほうでキャラクターを横から見ようとすると厚さがなくて着せ換え切り絵みたいになってるのは鈴木典光の井出安軌に対するオマージュということでよろしいんでしょうか.監修に過ぎないのであまり持ち上げるのもどうかとは思うのですが,作詞もやってるし.