日付とラベル

なにか大切なことを書いていたいだけなのです.僕に水を汲んでくれるもののこと.墓石になった僕の器に注がれるもの,あるいは水かけ地蔵みたいに洗い流してくれる,ほんの気まぐれに訪れて,拝むみたいなこと.

気まぐれかどうだか,機を選ぶような具合でもあって,1年や2年,ときには5年以上も手を触れないで,途中でとめておくゲームがあるんだ.偶然をよそおって,また出会うみたいにしたいのかもしれない.あらそういえばこんなゲームあったわね,なんて.

前にセーブした日付を見ると何年も前でさ.僕の人生何十年のうちの1年や2年,ときには5年以上にさ,ひとつのゲームが続いているのは,すごいことではないかなぁ.

ほんとはね,わざとあいだ空けてるんだ.このゲームが僕の人生何十年の長さに比べて確かにそこにあったと言えるくらい,長さを持てるようにね.

ビデオゲームに触れてから25年あまり.何年ものの何であるのか,セーブデータは語ってくれる.古酒を土に埋めて待つことができるような,私たちは,たぶん,そういう恋人の,最初の世代だ,とかなんとか.

そして明日の世界より― 初回限定版

そして明日の世界より― 初回限定版

きょう,ひとつ読みかけを開けた.そんなに古くはない,1年と少しだけど,開けた瞬間に大切な香りで一杯になった.ついさっきまでずっと読んでたみたいな,ポーズを解いただけみたいな感覚だった.むかし終えたゲームを掘り出してるわけじゃない.その年月は懐かしいのではなく,ただ続いてるものとして.

僕の床下にはそういうものたちがまだ他にも埋まってる.

ざまぁカンカンガール

関西で三人娘,ガールズバンドといえばGO-BANG’Sである(いや,北海道だよ?)あのさ,関西ではその昔ざまカンというローカル番組があってね,それのテーマソングを歌ってた.あいに~きてあいに~じゅ~がヒットするよりも前の話.

友達とテレビのこと話す習慣はなかったし,まぁ地味な子だったので家に帰ったら本とか読んで,かといって読書家とゆうほどには読まないのだけど,それでも家にいると薄暗くなってくる17時ごろにはテレビをつけて,居間を少しなりと明るくする習慣が小学生のころからあった.

姉は森脇健児が嫌いだった.

にも関わらず,当時わが家のテレビではざまカンが点いていたのである.

なんの話だっけ.ともかく僕としては例えば次の日中学へ行って,昨日のざまカンでさぁ,というようなことを話すために見ていたのではなかった.

それがたしか自習の時間のことだったと思うのだけど,O君たちが昨日のざまカンの話をしていて,僕はうっかり,それ見てたよとつぶやいてしまったのだ.そうしたらO君たちが,え,見てるの!って大騒ぎをして,僕はとても恥ずかしかった.ともかく小学生からさして進歩もしてないよちよちが中学生の会話に触れたからか,外国にひとりで来てしまったような変な感じがあった.

もう一つ思い出したのも自習の話だ.僕は入学したとき前の席だったKの後ろをけっきょく6年間,鴨の子みたいについて回ってた,そのある日のこと.たぶん,そんなこんなでもなんとか高校生になっていたのだと思う.それで授業が自習に決まって,僕がとってもはしゃいでいたら,Kがなにか無邪気な生き物を見るような目で僕を見ていた,ていうか「無邪気だねぇ」と実際いいましたよ.だけど僕はそのとき,彼がどういう気持ちだったのか判らなかったし,まったくきょとんとしていた.ただ,印象的だったのであれから20年ばかり過ぎても覚えていた.そのおかげでいまようやく,当時の僕のまわりで起こっていた出来事について判り始めている.

いじりいじられ,あほの子,ぼけ,つっこみは関西の当たり前として語られがちだけど,当たり前に届かなくて,そんな風にほたえてる人たちがいるのを遠くから見ることすらできず,つまりはそもそもそういう付き合いや会話があるってことを知らないままに,自分と彼らとの違いすらぼんやりとしか判らない自分がいたのである.

だからこれは,あのころの僕がそのことを知っていたならば,遠くから見ていたかも知れなかった風景なんです.

ゆゆ式 (1) (まんがタイムKRコミックス)

ゆゆ式 (1) (まんがタイムKRコミックス)

中学一年生,3月も終わりに近い早生まれのゆずこが歳の近いゆかりとつるんでいて,このふたりが5月生まれの唯に懐いていることは,同じ3月生まれの僕にはよく判るのです.ときどきまだぼんやりの中にいるゆずことゆかりが,それでも唯といっしょに関西の子供たちとして生きてる様子が,僕には眩しく映ります.

青い鳥と銀の靴

あたりまえの暮らしのなかで素敵ななにかを抱えていれば,大抵のことはつじつまが合う,という.

時間はどうやら過去から未来へひと方向,だけどものごとの関係はあっちからこっちだったりそっちからどっちで四方八方.時間と関係をおんなじように捉えるのは無理っぽいので,あえてそうすればの話なんだけど,そのときこれまで生きてきたあたりまえの日々の,夢とか両親のことばで何だか繋がったような気がする.そういうのが好きだ.

1から100まで,はじめにからおわりにへ向かって,

ページをめくる,クリックする,

時間やそのまわりのことはそういう風に進むんだけど,

ものごとは元から先へとばかり関係づけられやしないから.

だとしたら,この場所とこの時間はみんなファンタスティックで,

たとえば初めて会ったはずなのに昔から知ってたみたいな,

いまさっきまで隣にいた人にもう会えないだとか,

ありえないような近すぎる気持ち,遠すぎるへだたりは,

これまでに知っていた何かに似た感触や,

夢,父や母から聞かされていたこと,

つまりは自分に近い気持ちと混ぜ合わされて.

初見,桜子の話で「青い鳥」(ぱんだはうす)を思い出した.素敵ななにかを抱えていれば,大抵のことはつじつまが合う.夢,ありえない?ともかく出会えたってことがラッキー.

結衣の話でオズの魔法使いが出てきたから何か書かずにいられなくなった.つまりは,メーテルリンクの青い鳥とオズの魔法使いの共通項が,僕を「青い鳥」まで導いてた.自分の近いところにあるあたりまえのこと,夢,父と母,銀の靴.

「カンザスに送り返してください。エムおばさんとヘンリー叔父さんのいるところへ」

かつて少女は言いました.銀の靴が三度鳴りました.

少年ドロシーには銀の端末.そして,心臓のゆくえ.

あとは,食いしん坊カップル,というのが大変気に入っています.切り裂かれた半身同士を隔てる時空やら因果なんだかは,無茶食いされるご飯の熱量によって埋め立てられているのだと思います.

Flyable Heart 予約キャンペーン初回限定プレミアム版

Flyable Heart 予約キャンペーン初回限定プレミアム版

D.C.II S.S.

#8 さくらんぼとお兄ちゃん

親が泣いて謝ってくる理由て,子供にゃあんまり判んない.大人と子供じゃなくて親と子供,ね.

#9 壊れゆく春

愁嘆場をみるにつけ,音姉がアニメとゲームで違うのは30分ルールのためじゃないかなと.

由夢っちがお姉ちゃんお姉ちゃん言ってるのがいい.義之くんとふたりでお姉ちゃんっ子なんだから.
音姉と由夢っちがぶつかる場面を減らしてることもあって,アニメのほうの朝倉姉妹はより仲がいいほうに振れている.

#10 夢の終わり

兄さんは,いつも音姉音姉,ってそれはあんたもじゃ,由夢っちよ.だからこそ,であるが.

さくらさんが枯れない桜の完成を待てなかった,というニュアンスは外されている.それほどの切実さというのは前作を踏まえないと判りにくいからか.

純一さんとさくらさん,音姉との会話.そして義之くんとさくらさん,音姉との会話.という繰り返しで,義之くんがエッジを立てず地面を撫でるみたいに喋るのって純一さんに似てるのだなぁ,と今さら気づかせるようなつくり.

つか,

こういうことは独りで考えるのは難しいものだと判ったのではないか.きっかけを作った人が早々に渡米したので妙な感じになっていたが,僕は向こうに相談していい筋合いがあるはず,だよなぁ.と思ったらちょい気持ちが軽くなったのでした.次に詰まったら相談する.

とか考えてたものだから,ましろさんが響いた.方向性としちゃこうなんだがな.しかし見えない.見えるわけもないものを知るのにすこし時間を早巻きしたいと望むんであれば,三人目の声を聞くことであるか.

思い切ったことをする性質であるが,自分のことも他人事だと思ってる節があるからで.自分事というのがあるとしたら,新しいことは何も出来なくて.新しいことというのが最優先事項でありたくて.この先,ひとところに落ち着くってことがあるのか疑わしいのだけど.にしたって,まともな人たちに触れていると,すんごい引力のなかで暮らしてるってのが判って,その引力も頭では理解できるのだけど.

その日買ったゲームの封すら開けてないと某君に怒られるので,ちょこっとタユタマ中.どこか青臭い部屋に戻りたいときは心を無にしてギャルゲーを流し込むが良いです.

ef : the first tale. Chapter 1

ちょい宗旨替え.グッドですねこれ.アニメのほうと比べて判ったけど,アニメは30分で盛り上げてまとめちゃおうとするところがあるので,長いのは長いなりにいい.

ef #11, #12

素晴らしいです.全巻揃えましょう.

記憶ていうのが時とともに薄れてゆくものとすれば,文字として記録したものは記憶であると言えない.ただ,それぞれが閉じてなくて,記憶は記録を見て変わるし記録は記憶をそのままに写さないものであるから,記憶と記録の相互の,それとそのほか周りの雑多なものとのやりとりのなかに記憶の輪郭はぼんやりとある.このやりとりっていうのは意識すればするほど劇的になっちゃうもので,a tale of memories,とはまあそのまんまです.

その意識させる要素ってのが,千尋と蓮治の物書きの気質と,千尋の記憶の仕組みでした.あとは,記憶がやりとりする相手というのは記録に限らず一時的に想起した記憶(レジスタ)でもあり得る,記憶から思い返すことで記憶を強化できる,という作中で何度も出てくる仕掛け.千尋の文字マニアックや儚さが示されるほどに,彼女の記憶においてレジスタが強く働くことがあるっていうのは隠れていって,見えなくなってたそれがときどき爆発的に出てくるところに千尋の可愛さとか,恋とか.