KissからはじまるMiracle

キスはすげえですね.地道に選択肢を辿ることではなくって.

はるか

 「この日に,パパとファーストキスしたって……

  ママが言ってたの!」

はるか

 「あたしの記憶では,キスしたって聞いてるの!」

って時間遡行者が言うからには,キスが選択肢に対して圧倒的に先行するのです.

他にいろいろ記憶してるならまだしも,これだけっていうのが効いてる.

翔太郎

 「これまでロクに話したこともなかったのに,たった三日間で恋人とか……常識的にも無理があるだろ」

そりゃ,漫画なんかでは『一目惚れ』なんてのもあるけど

例えば沙蘭先輩が一目惚れをして,三日で男性とキスをするなんてことはまずあり得ないだろう?

一目惚れの話は前回したけど,それどころではない展開でした.

というのは,何周まわれるのか試してみたのです.なるべく話が展開しない選択肢を辿ってたら,ずっと同じ三日間の繰り返しになって,そのうちはるかに怒られるんじゃないかなぁとか期待して.いや,はるかには悪いけど.

そしたら5周目で当事者の意志によらず頭ごっつんこするような感じで強制キスでした.で,そのまま幼なじみの人と恋人関係に進むのですが.

繰り返す日常の中で

深まっていくキミとの絆

キスをして,そこから未来が始まる!

(With Ribbon OPより)

いや,絆,深まってないからさ.なるべくこれまで通りに接してたわけだしね.しかし,それでいい.

普通に?話を変化させる方向で選択肢を辿ると,翔太郎に依存しがちだった幼なじみの陽奈さんが周を重ねるごとに自分でいろいろ動くように変わっていって,はるかのママっぽくなってゆくので,もちろんそういう段取りの先に当事者の合意の元でキスをしてもおふたり同じように恋人関係に進みます.

陽奈さんを変えてゆく,話を進めてく,っていう手順を踏んでも踏まなくても,ふたりおんなじように恋人になるっていうのがお気に入りポイントです.

むかしむかし,とらハというゲームがあって,好感度に関わりそうな選択肢への応対が恋人への道と関係しないことに驚いたのを思い出したのです.選択肢をどう辿ろうが話は進むのです.そして陽奈さんと恋人になる場合,話が進んでいるかどうかということすら求められないのでした.

僕にとって楽しいような目眩のする振れ幅が随所にあるのです.

恋はいつだって唐突だ

まだ成人してないころの両親と会ってみたいか,という問いへの答えは,自分が何歳のときに訊かれるかで変わるのでしょう.

そもそも中高生のころは考えもしなかった問いだわ.お父さんはお父さんで,お母さんはお母さんだったから.でもいつか古い荷物のなかに昔の本を見つけて,こんなブンガクみたいなの読んでたんだと思うなどした.それはいまの両親でない別人が読みそうな本に思えてね.

自分がちょうど親ほどの歳になったいま,若いころの親に会いたいとは思わない.当時のことを今の目線で知ろうとするのはよくない気がしてさ.友達のことだったら昔のことをたくさん知りたい.だけど親は友達とは違うって思うのよ,まだ,きっと,しばらくは.

本人の口から昔の話を聞く分にはいいと思う.なかなかそういう話の流れはないし,もう永久に機会は訪れなかったりするけど.それでもともと寡黙だったこともあって,けっきょく父の昔話は本人でなくほとんど母から聞いた.本人はあまり話したくなかったかもしれないけど,もしかしたら,あと10年,時間があったら話すつもりだったのかもしれないです.

なんで結婚しようと思ったのかという話も聞いて,さすがに何十年も経ってるから母なりに強固なストーリーがあるのを感じました.遠い昔の話に根ざしてるので,もっともだなぁと思うのは難しかったのだけど,そもそも恋愛事情というのは当事者以外に判らないものかな.

そういうことを考えていたらちょうど,未来から娘さんがやってくるお話でした.

With Ribbon

With Ribbon

男の子がどの女の子と結ばれて娘さんが生まれるのか,というのが不確定な状態であるため,娘さんの性格も現在だれが未来のお母さんになりそうな感じであるかによって揺れ動きます.見た目は多重人格なんだけど,それぞれの娘さんが特定のお母さんの娘として生まれてきたことを喜ばしいと思っているような背筋の通り方がよいと思います.なお,だいたい母子で性格が似てるんだけど,そうでないこともあるのが可笑しい.

はるか「おかしいな……あたし……泣いてる……」

はるか「帰ったら……パパとママにすぐ会えるのに……」

(中略)

澄香「ここでのはるかちゃんは,あたしや翔太郎にとっては親と娘である前に……友達だったから」

澄香「だからだと思う」

澄香「はるかちゃんが帰った時には,大人になったあたしたちがいるだろうけど,でも,それは……」

翔太郎「完全な大人で,そして親としての俺たちだ」

翔太郎「今みたいに同じ年頃の友達ってのとは,やっぱり違うはずなんだよな」

同じ年頃の友達,というのは若かりしころのこのご両親から見ればそうなんだろけど,未来の娘さんからしてみればそうじゃないよなぁ.彼女は未来の母のことは名前で呼ぶんじゃなくて,ママ,母さん,など性格によって呼称は変わるものの,ずっとそう呼ぶことを貫いてるわけで.彼女が別れを惜しんだのは同じ年頃の友達に対してではなくてやっぱ若いころのパパさんママさんなんじゃないかしら.引用部は,友達として別れを惜しんだのはむしろ彼らのほうである,というのが言葉になった一節で.

高校のころ僕が書いたフェルメールの模写を母に見せたとき,父がむかし油絵を描いてたのだと教えてくれた.昔話のなかで若いころの趣味を思わせる話はそれっきりだけど,たったこれだけの話を僕は気に入っています.僕のなかに巡ってるこの気持ちと,この娘さんが若い頃のご両親と会って持ち帰った気持ちとは近いものがあるのではないかと思っています.

いったん俯瞰的なところへ立ちますが,未来からきた娘さんがいれば恋愛ゲームを規定できる,というのが面白いと思います.娘さんがいるってのはエンディングが人の形をとってやってくるようなもので.この人が未来のママみたいな気がするよ!と娘さん(日向はるか)が選んでくれた5人の少女が,未来のパパさんである日向翔太郎の花嫁候補となります.ついでに言うと,この人はママっぽくないよという負例も教えてくれるので,ある少女が対象であるかどうかはきっちり分類できます.負例に入れられた委員長が不憫でした.

はるかの記憶はどういうわけかやや曖昧になっていて,確かなことはパパとママが学園祭までの3日間のうちにキスしてるって話だけ.ママさんからそう聞いたのかしら,もしかしたら,絵かなんかを見せたのがきっかけでそういう話になったのかもしれないね.そんなこんなで翔太郎は見ず知らずの少女も含むその5人のうちひとりと,たった3日間のうちにキスするほどの仲になる必要が出てくる.そんな尻込みしたくなるチャレンジをいつも後押ししてくれるのが,はるか,というエンディングが確かに存在してるってことなんだ.現にわたしがいるんだからやってみればいいじゃない.道はわたしと共にある.

澄香「翔太郎って,不思議……どうして,欲しい言葉がわかっちゃうの?」

翔太郎「俺は思ったことを言ってるだけであって,わかるなんてことは……ははは」

---今回はともかく,ほとんどは何回もやり直してるからだと思うぞ!?

この3日間は限定的なタイムトラベルによって誰かとキスする仲になれるまで繰り返すことになるのですが,繰り返していることに対する誠実さが翔太郎のほうにも槇喜屋澄香のほうにも伺える語り口が好みです.何度も繰り返してうまく振る舞えることもあるのですが,決定的なやりとりでは女子に手慣れない彼が思ったまま流されるように言った言葉が効いています.また,アスリートである澄香はこの繰り返しがチートではないことを納得するのに段階を要しています.

ひとめぼれを信じますか,というのは僕がギャルゲ-について何か書きはじめてからずっと言ってることだけど,このループする3日間というのは一瞬に輝くようなひとめぼれをですね,幾重にも畳み込まれた逢瀬として,ほどいて,ひらいた表現だと思いました.Yes,ひとめぼれよ.そうでないと見ず知らずの人とどうやってキスするのよ? ひとめ会ったその日から,僕はあなたが好き,わたしもあなたが好き,好き,好き,好き,キス.3日といわず1日仕事よ! ひとめぼれについてゆけないのはおそらく僕らのほうであって,だとしたら僕らは納得ゆくまで存分にループすればいいと思うよ.

ひとめぼれの事実はきっと一瞬.だけど,それはどうやって表現できるのだろうね.恋はいつだって唐突だ(下痢もいつだって唐突だ),とはある少女漫画の書き出し,のようなものであるが,不随意なそれ.

手塚ゆみみと日向翔太郎は初対面である.見ず知らずの人とキスをするという無理目の設定を抱いてはるかは未来からやってくる.ほんと,未来でどんな風に聞いたんだろ.ママはこんな風にしてパパのこと好きになったのよ.だけど3日間でどうやって? 10数年前の出来事を振り返ったストーリーと,実際の3日間を体験するのとでは違ってるだろ.恋に落ちた,の5文字で書けるかもだけど,こういうときは巻き込まれてくような回転のメカニズムが車輪になって疾駆する,洗濯機になって目を回す,そういう様子に気持ちを乗せてゆくと誰かのひとめぼれの速度にうまくついてゆけるんじゃないだろうか.It’s automatic で.

無理目の恋を表現するのに,親が子に語るような,人が誰かに話すときのような普通のやり方では物足りなく感じたとき,機械という名の詩神が要請されるのでしょう.

はるかがどういうわけで未来からやってきたのかはまだ判らないけど,まぁ,判らなくてもよいのだけど,とりあえずキスの話っていうのは実際のところ,ジェットコースターみたいだったのだ.

楽しいなぁ.

一年経った

相変わらず通底音のように調子悪いですが,去年と違って薬飲んでるので動けなくなるくらい倒れるとかないはずです.

まぁ,のんびりゆきますよ.

星の数ほどもある素敵なことから自分の好きなものを選ばなくちゃならないのか.

紐の切れた凧のことをよく想像するのですが,どこか見えない場所まで飛んでいってしまいそうな気持ちで,空の星を思えばいくらでも綺麗で,ご飯はどんどんおいしくなくなるという話です.飯屋ではメニューからなにか注文しないと腹がふくれないように,選ぶということが形を息づかせているのかしら.

凧と紐のことを考えなくていいように、星の影のようなものを拾おうとするのだと思います.足元にあるのかなぁ.暗かったり明るかったりでよく判らない.ひとりそういうことを考えることのできた夜明け前に掴めそうなのは,星を縫いつける糸でしょうか.

あれがデネブアルタイルベガとはるかに線を描くよりも,どうやってか手に取れないかなぁ.光と言ってもいいし,音かもしれないのだけど.

フィクションと僕を繋ぐなにかのことです.

みんなでゲームしてたころ.

今ではもっぱらギャルゲ-とか孤独に楽しんでるけど,学生時代は空気のようにみんなギャルゲ-のことを喋ってたもので,そういう頃の思い出はまた別にあります.

1996年,雫と痕が大学サークル内で人気でしたけど,先輩方はそれほどでもなくって僕以下の世代だったよね.若い人ほど入り込んでいて,それぞれキャラクターを割り当てて一日,合宿みたいにしてその娘さんになりきる,という修行めいたことしてた人たちもいた.その話を聞いたとき,痕っていうのは僕らのものでなく僕より2歳ほど下の人のためのものだったのだと思った.

先輩たちは雫の主人公,長瀬ちゃんの薄暗いところが好きで,後輩たちはもっぱら女の子のほうが好きだったみたい.僕は,といえばどうだったかな.いま振り返ってどう思うかは前に書いたけど,当時の思いとしては別で.

そういえば1998年に書いたレビューを発掘したのです.冬コミ向け「エロゲ-批評」というゲーム批評(マイクロマガジン)のパロディ本に寄稿したもの.

雫

リーフ

ねらわれた学園など古き良き学園SFを思い出させる超能力学園もの。昔はヤングアダルト向けの本にエロがあったものだし、これもそう。三人の少女がシナリオの中心であり、途中でそれぞれをヒロインにしたシナリオに分岐する。一本はいまどきの明るくエッチな感じのシナリオ、もう一本はサスペンス調、残る一本が神秘的な少女、瑠璃子を題にしたSFである。瑠璃子に向けられた眼差しは、谷崎が母へ向けた慕情か、はたまた鏡花の女性へ向けた憧憬か、とは言い過ぎと思われるかも知れないが、このシナリオをしてそこまでの印象を与えさせるのは、小説ではありえない音楽によるものである。テキストと絵と音楽が上手くかみ合っているからこそ、このシナリオは美しい。その点、Win版のCD-DAの音楽は途中で途切れてしまうため興を削ぐ。このゲームは98版でプレイしなければならない。

後半,谷崎とか鏡花が出てくるのは当時まだ読む力が弱くて,ギャルについて語る言葉をほかに知らなかったのだと思います.そんな無理に書かんでも……的なレビューですね.

雫も痕も女の子が3人とか4人で,僕はこの子,みたいな棲み分けが友達連中のなかでありました.そのなかでどうして瑠璃子さんのことが好きだったのかということを書くべきだったと思います.

痕

リーフ

伝奇もの。民族学的な話を匂わせつつ実はSFであるが、これまでゲームでは扱われることのなかったネタなので個人的には気に入っている。マルチシナリオのゲーム設計としてはLVNの中では最も完成度が高いと思うが、キャラクターを中心に見るならばエロとシナリオとのバランスが悪くて駄目。千鶴以外は主人公とエロる必然性がないだろう。ところが、エロゲーとしても悪くない内容なので、なんとも評価のし難いゲームである。楓ちゃんは可愛い。

あと,レビューごとにいちいちエロとかエッチに触れてるのだけど,当時,エロゲ-ではエロについて語らなくてはならないという先輩方の圧力を受けて,故にそのほうが玄人っぽくて格好いいと思ってたからでしょう.実際のところ,ONEを読み進めるときにはいかにエッチシーンを避けて選択肢を選ぶかに腐心していて,メーリングリスト上で呆れられていたものでした.

To Heart

リーフ

学園ものの恋愛エロゲー。同級生以来の落としてエロる恋愛ゲームである。エロとシナリオのバランスは、この恋愛エロゲーの枠にはめることで収まりが良くなったようには感じられるが、リーフがエロとシナリオの融合を放棄したことは残念である。シナリオの半分を担当した高橋氏のテキストは相変わらず冴えており、少女たちの内、誰か一人に萌えることはできるだろう。PS版でこの比較的ディープなエロがなくなってしまうのは全くもって残念であるが、シナリオが全然違うのならばそれはそれで良いかも知れない。

うそつけ.当時の僕はそこまで意識的にエロが好きではなかったと思います.

To Heartの後,これTo Heartよりも面白いよ,と友人に勧められたのがONEでした.友人との会話のなかでゲームを勧められるとか,どうにも懐かしいですね.

ONE ~輝く季節へ~

タクティクス

古き良き学園SF的な設定を背景にした恋愛物語。主人公は自分がこの世から消え、「永遠の世界」へ旅立ってしまう予感を感じながら日常を過ごしている。主人公がこの世から消えなくてはならないという非現実に対して賛否両論を聞くが、この手の設定の常として、読み手がそこに意味を見いださねば非現実は非現実のままである。しかし、全てのシナリオにおいてこの設定が活かされているとは言えず、そこに十分な意味を持たせるだけの物語を感じるには、少々躁鬱的な感性が必要だと思われる。それのない人には、BGMの変化と共にテレビのチャンネルを切り替えるように世界を行き来する主人公の視点やそのやるせない科白から、この辺りのことを読みとってほしい。

ビジュアルノベルに欠かせない音楽もトップレベルであり、シナリオ成功の一因。あと、ちょっとした仕掛けのあることもあって、登場する女の子に感情移入しやすい点が良い。食べ物のことや子供のお守りなど、全体的に女性的な感じの漂うシナリオである。

ほとんどどうでもよいレビューだわな.なにか説明付けたいという欲望だけを感じます.ただ,「食べ物のことや子供のお守りなど、全体的に女性的な感じの漂うシナリオである。」という最後の一文は今でも採ることができます.ああいうのはめずらしかった.

当時,里村が好きでした.ONE以降はWeb日記で山ほど書いてたので(もう無いけど)ここでは内容について振り返らないです.ただ,僕が里村の好物であるワッフルを求めていろんなお店を巡ったことによって街の見え方が変わってくるなど,生活とゲームとが響き合うということはこの頃から意識され始めました.

With You ~みつめていたい~

カウテル・ソフト

ヒロインの片方である菜織シナリオは、心情の描写でもヤマシサでも高水準であると思うが、立ちグラフィックのつまらなさと、音楽の弱さで大減点である。シナリオがメインの恋愛ゲームではこの二つは欠かせないものだと思うのであるが。

そうだっけなぁ.菜織の立ち絵といえばあのホウキのことを指してるのだと思います.ああゆう動作途中のような,特定の文脈を伴った絵が何度も利用されるのを嫌ったのだろうけど,むしろ彼女らのギャルゲーであるということの隠しがたい身体を感じさせて良いんじゃないかな.最近知ったのだと「らぶでれーしょん!」の女の子たちもそうした意味で素晴らしい振る舞いを見せてくれます.SMEEは立ち絵の裸パッチが恒例ということもあり,立ち絵がかき立てる気持ちに対する彼らの鋭敏さを感じさせます.(なお,裸パッチというのは当てる前のドキドキ感と,当てた結果,残念な気持ちになることを知るためにあると思います.やっぱ服を着てるほうがよい.)

With Youも何かと友達連中の間で話題に上ったけど,そうやって話していたときの気持ち,語られていた内容でなく,気持ちがね,上のレビューに伴ってないのはつまんないよね.僕らいつもゲームで会話をしてきて,そこにはいろんなことがあったのよ.

友人宅に泊まってファーストKiss☆物語をやってたときのこと.相手は僕がプレイしてるのずっと見てなくて,だけど一言,「さっきから妹の声しか聞こえてこない」と言われたこと.他の娘さんの声はわたしスキップしてたのね.そういうことがほかでも二度三度あったけど,なんのゲームだったか忘れてしまった.

夢のつばさ,はふたりでやったなぁ.お互いはじめてのゲームをふたりでやるというのは楽しいものでした.選択肢にくると,ふたりであれこれ話すの.それはひとりでやるときの選択肢とは違うものでね.

シスプリのPS版は誕生日プレゼントでもらったんだよ.嬉しかった.

僕の学生時代というのはそういう記憶に代表されるものでした.

いろいろ好きだったこと.

いったい物事を好きであり続けることは難しいのだけど,完全に失ってしまったものというのはあまりないはずだ.絵も文章もプログラミングもTRPGもゲームも音楽もアニメも映画も・・・好きになったり距離を置いたり,またふとしたことで熱心に出来るようになったりの繰り返しで,あとなんどもそういうことがあるのだろう.

ここしばらくのところ,好きなギャルゲーはなに,って聞かれていまいち答えられそうにないと思えたからギャルゲーにはあまり熱心でなかったのだけど,たまたま満たされるようなゲームに巡り会ったのをきっかけに,ああ,あんないいのもあった,こんなのもあったといろいろ思い出されて,なんだ,ぼくはギャルゲーからこんなに幸せもらってたんやん,と思った.

記憶というのは色を差すもので,綺麗な一滴でたちまちによみがえる.

いくらかポイントだけ振り返ってみます.

普通のことだとは思うのですが18禁作品については見てみたい欲望と嫌悪感とが同時にあって,1995年ごろのMacユーザだった僕が遊べたのはそうしためんどくさい気持ちを増幅させるようなCD-ROMゲームばかりでした.だけど最後にLibido7ていうかわいくも可笑しいゲームに出会ってね,18禁作品ってこんなに笑ってもいいんだ,って知った.気持ち悪いものばかりじゃないんだ,って思えたのは本当に良かった.

1996年にはDOS/Vで同級生2を,先輩からのお下がりのPC-286で雫などをやった.同級生2の場合,痛がる篠原いずみに対して主人公が途中で挿入を止めてもう終わったと嘘をつくところが響いた.途中で止めてそのままエンディングを迎える,というのは当時も今も珍しいと思うのだけど,たまたまこの時期に出会えたのは良かった.18禁作品の気持ち悪さについてまだ暗く抱えていた頃で.それで雫のほうは男女が繋がることへの気持ち悪さを顕わにしつつ気持ち良くなる話で,僕としては接しやすかったのだと思います.雫について2003年に振り返ったときの感想はこうで,やはり今とは少し違うけれど,

彼女らを凌辱せざるを得ない状況と,にもかかわらず欲情してしまうことに対してゲームとして割り切ることのできない罪悪感を素朴に感じていた頃の話である.

1997年のToHeartとか1998年のONEはなんか普通に面白いストーリー漫画で,そういうのに出てきそうな女の子のあられもない姿を見ることができる,ともかくそう思わせる絵が良かったわけです.絵の魅力としてはここから入っていったので,例えばみつみさんの絵柄とは当分無縁でした.1999年から2002年にかけて熱中していたとらいあんぐるハート(1,2,3)も同じようなことだったと思います.

days innocent,かえで通りは2000年ごろから世紀を超えて10年くらいかけて読んでいて,最近読み終えたもの.この人たちに対する気持ちは10年間変わっていない.心遣いすることと肌を重ね合わせることの僕にとっての善なる例です.

Kanon,AIR,Sense Off,未スをについては,僕の視界に入ってくる感想が納得のゆかぬものばかりで,いらいらと文章を刻み続けていました.そうした影響で,このころ(1999年から2001年)俯瞰的あるいは構成的な読み方をすることがだいぶ嫌いになりました.そのかわり自分が読んだ順序のままに受け止めてゆく読み方を意識的に選ぶことが多くなりました.

いろいろとっちらかっていたものだから,溢れんばかりのゲームの海から僕だけの宝物を探すことができるようになったのは2005年くらいからじゃないのかな.一年に20本くらいやってると思うけど,全部がぜんぶ隅々まできっちり読むということはしてない.読んだところだけが僕の感想で,それにしても良いなと思える箇所がどこにも1つくらいあります.女の子と男の子が幸せそうに生きているのが一番で,人間はそうしたときになにか面白い会話や独り言をしてしまうようなのです.

あとは自分の心に刺さってるものを5本ばかり挙げてまとめにしたいと思います.

・「フラワーズ」(アアル)

 肌を重ねることの肯定.ToHeartやとらハあたりから辿り着くことのできるまっとうなポルノグラフィー.

フラワーズ

フラワーズ

・「ワンコとリリー」(CUFFS),「さくらむすび」(CUFFS)

 未だ言葉にするのが難しい辛さ.僕がこれまでの人生で削ぎ落としてきた人間関係が詰まっているからかな.

ワンコとリリー 通常版

ワンコとリリー 通常版

さくらむすび

さくらむすび

・「D.C.II」(CIRCUS)

 シリーズを通してたけうちこうたの確かなライティングに支えられた佳作でした.僕がとりたてて言うのは雪村杏の話に自分史との重なりを感じるため.

D.C.II ~ダ・カーポII~ 初回限定版

D.C.II ~ダ・カーポII~ 初回限定版

・「Flyable Heart」(UNISONSHIFT Blossom)

 自分が読んだ順序のまま受け止めてゆくところにワンダーがあります. 

Flyable Heart 通常版

Flyable Heart 通常版

・「らぶでれーしょん!」(SMEE)

 この文章を書いたきっかけ.女の子と男の子が出会っていっしょに暮らしてゆくなかに善性があって,それがふたりの会話に滲み出ているように思われます.

らぶでれーしょん 初回版

らぶでれーしょん 初回版

みかん追分

祖母の家で食べるご飯の記憶.

大勢のときはきまって店屋物をとることになる.僕ひとりの時も小さい子が喜んで食べるようなものを作るのは難しかったのか,うどんをとってもらった記憶がある.僕にとってはうどんの出前などそれが最初で最後だった.

大学生の頃,毎月ひとりで祖母の所へ行ってた時期がある.若者向けはレパートリーの端っこにまだあったのか,炒め飯(と祖母は呼んだ)など油っこいものを出してくれた.色が濃くて,ご飯粒ひとつひとつが落葉であるような,晩秋の風情がした.母が作る「焼き飯」はもっと明るくて粘りけのある初夏だった.

いまの僕の味覚はもう,祖母に追いつくことができたのではないかと思う.

先日,母と電話したときに,僕があんまりみかん食べないよね,という話になった.確かに昔はリンゴのほうが好きだったし,姉がみかん星人だから余計僕はみかんを食べないということになったのだろうけど,今は普通によく食べるのだよ,ということを確かに伝えたので,いま実家から送られてきたみかんを食べながらこの文章を書いている.

電話の半分は送品とそのお礼とご飯の話だ.叔父が東京住まいの頃,小料理屋みたいな居酒屋でおばちゃんと仲良くなっていろいろ野菜の小鉢など出してもろたりしてたとか,そういうことを勧めてくるので,なんぼ高くつくねんそれと首を振ったり.祖母の家に戻った叔父が,お酒を飲むものだから油ものが欲しくて,祖母のご飯をあまり好かないと聞いて,もったいないなぁ,と思った.つくづく僕は母の世代感覚でいうところの大人の男じゃないのだろう.今年の正月は男ばかりの部屋に押しやられて大変な目に遭った.

僕の祖母はお姫様みたいな人なんだ,と聞かされて育った.だけど姫といっても関西の姫さんだから相当どぎつい,ということもようやく知りつつあります.

Baby Princess (6) (電撃文庫)

Baby Princess (6) (電撃文庫)

1巻に引き続き陽太郎くんのばーちゃんの話.お姫様貧乏なばーちゃんの作るご飯の思い出がぐっときます.

小雨にばーちゃんの話をしたら,少し泣かせてしまった.

あわててなんとか慰めて--陽太郎はリビングを後にする.

(p.90)

僕もすこし泣いたので慰めてください.

それで慰めてくれるといえば春風姉さんですが,

自動販売機で買った冷たいソーダのボトルを陽太郎にわたす.

「本当は,ウチでは炭酸はあまり飲んだらいけないことになってるけど,内緒ね」

(p.96)

ソーダってどうも大人っぽい飲み物ではないので,子供扱いされちゃったかなぁ,とは思った.

フラリと家を出てきた陽太郎が持っているものは,ポケットの中のサイフと,いつも青空がくれる空色のソーダ味のキャンディー--.

(p.157)

にしてもやたらソーダをもらう陽太郎であった.僕も高校の頃はコーヒーってそんな飲まなかったけどね.

今日のみんなの夕食は特別の特別に--夜店で食べたたこ焼きと焼きそば.

それにラムネ.

(p.194)

炭酸の話ばかりだわ.夏の恋はソーダ水のラムネ色なんでしょうね.

そしてカレーパーティ-もあったし.食べ物の思い出が満載の6巻でした.

僕はカステラが好きだったのかな.

大切なことだからもう一度書くのだけど.

昨日通販で届いた讃岐うどんのセットが目に付いた.

元々は美琴の為に取り寄せたのだが,反応はイマイチだった.

「子供の頃,うどんが好きだったから,喜ぶと思ったんだけどなぁ」

(「恋色空模様」より)

君はどんなけお母さんなのか.

ま,人の好みってのは常に変化するものだしな.

特に子供の頃,好きだったからといって,今も好きかどうかは分からない.

昨日好きだったものが今日違ってるのは当たり前で,しかも,何歳になっても親と子では流れてる時間の速さが違っていてね,実家から宅配便に包まれてやってくる好みはおのずとずれてゆくのだけど.

僕の代わりに僕の好みを覚えていてくれるのだ,と時々思うこともあります.

(初出: http://d.hatena.ne.jp/tsutsu-ji/20100717 )

—

上のは兄貴の独り相撲に終わったけれど,別の兄妹のことも採り上げておきたい.

生き別れで再会した兄妹の会話である.

秋穂「そうだ,にいにいはハンバーグが大好きだったよね?」

公人「……そりゃ,昔の話だよ.それに今は食材がない」

秋穂「あ,そっか,昔の話か……でも,食材ならあるよ.ほら!」

公人「豆腐?」

秋穂「お豆腐のハンバーグ! 食感も味も全然違うけど,結構美味しいよ?」

秋穂「お肉は~……あ,全然ないね.なら丁度いいよ,今晩はヘルシーに行こうぜ!」

公人「へえ,豆腐のハンバーグか.美味しそうだな」

(「妹スマイル」より)

昔の好みの話を持ち出しても戸惑われるだけだったりするのだけど,そしたらそこはねぇ,元気よく新しい方向へ振っちゃう.ふたりで新しい食事の記憶をつくってゆけばよいのだ.今晩はヘルシーに行こうぜ!

じゃ,最後にもういっこ.再会した幼なじみの会話.

ひよ「……だんなさまは昔から,”和”がお好きでしたわね」

 みんなにはっきり言った事はなかったんだけど,ひよは会話の節々や俺の態度からそれを察していたんだろう.

 あの日の献立だって--

笹丸「でも,よく憶えてたな.あれって子供の頃,クラスで”みんなは大きくなったら何が食べたい?”とかの話になった時に俺が言ったものだろ」

 みんなが”フランス料理”とか,ちょっと物知りな奴が”満漢全席”とか言っている中,俺は地味に”おろし明太”とか”ひじき煮”とか答えた.

 憧れだったんだ.ずっとずっとそういった料理に憧れていた.

ひよ「だって……」

 ひよは少し恥ずかしそうに,

ひよ「いつか,だんなさまに作って差し上げたいと思って……ずっと練習してきましたから……」

 そう言った.

(「きっと、澄みわたる朝色よりも、」より)

笹丸は幼い頃と好みが変わらない.というのもそれは好みではなく何が食べたい?という程度の話がいちいち憧れの域に達してしまっているからで,そういう面倒くささを抱え込んだ彼だからこそ,ひよの献身は母親が巣立った息子にするときのようなずれを伴わずに受け入れられている.

だけど,僕の好みはどんどん変わってゆくし,会話の機転だってないもんだからさ,母から何たべたい?と聞かれたときに何々が食べたいとはっきり答えること,おいしいものに必ずおいしかったよと伝えることが,お正月や電話口での僕のたいせつな仕事だと考えています.

恋色空模様

恋色空模様

普通っぽい女生徒たちが当たり前のように武装して戦ってる様子が痛ましかった.

妹スマイル

妹スマイル

冒頭でマイ妹を選ぶゲームなんて久しぶり.兄妹の会話がなにかと味わい深いです.

公人「デザートは,作れそうだな」

男は胃で捕まえろって言うけど,それは逆にも当てはまる.

暦に見つかったら,それはあたしのセリフって言われそうだけど.

きっと、澄みわたる朝色よりも、 豪華初回限定版

きっと、澄みわたる朝色よりも、 豪華初回限定版

人の悪意にあてられて何度も胸が苦しくなりました.辛い.

アララギの笑顔には目頭が熱くなります.

おはなし,おはなし,おはなし

レレレレドシラシドシラ

この音階に根拠なんかなくて

目的もあやふやで秘密もない

(KAN, “めずらしい人生”)

この投げつけてくるような歌い出しが大好きで,僕にとってもいまやおはなしを作るということは根拠も目的もないようなものを探ることでした.

RPGのために,星のむすめさんのためにであるとか四葉のために僕は書いてきたのだけど,そこからずっと距離を置いてみてようやく,誰か読む人のためのおはなしというのがあるんじゃないかと気づいたりしています.

おはなしの種を手放したつもりでいたのだけど,そう考えたら,新幹線のなかでキーボードを開いたとき,ひとつのおはなしが始まっていました.

このおはなしが今後どういう風になるかは判らないのですが,しばらく書き続けてみたいと思います.

うさぎホームシック

実家に帰ってみると食器とかもろもろにうさぎが跳ねてたので幸せでした.お皿とか底にうさぎ柄のはいってる湯飲みとか.卯年最高ですね,ぴょんぴょん.

風船うさぎと雪さんのことを思い出して昔の自分の水月感想を読み直したけど,やはりよく判らないところがある.昔の文章読んでも判らないっていうのはいつも言ってることだ.ただ,言葉に出来ないことを言葉にしようとしてどうにか書き留められた文章だとは判って,何度も読み返してこの文章しかないと思って残したのだということを確かに憶えている.

近年の僕はこれでもまだ意味の判る文章を書き過ぎているので反省すればいいと思う.意味が判る程度のことを書くというのは僕にとって良くないことだ.