遥時3・ヒノエ,源九郎編

面白い架空戦記,という最初の印象のまま.リズヴァーン編だけが特殊だったのであろう.
運命,というだけあってたいがい複雑である.源九郎編では新しい運命のための前提条件が揃っているように見えて肝心のところは欠けているということがあり(鵯越にて,弁慶が過去に福原を偵察していなかったため失敗),最初の章をやりなおす必要が出てきた.男の子ごとの運命の使いまわしはあまり利かない.
最後に二人で暮らす様子はいずれも幸せなんだけど,逆に言うとそこにたどり着くまでの色気が僕としては不足気味.もっと抱きしめたり,ちゅーしたりしてほしい.

若い人たちは話を引っ張ってゆく上ではいいのだけど,お気に入りは主にOver30の人たちである.つまり,リズヴァーン,平知盛,清盛,二位尼,源頼朝,北条政子といったご面々.特に二位尼は夫や息子が怨霊となったことに色々思うことはありそうであるが,少なくとも彼らに対する慈しみは失っていないところが良い.さすがはお母さんである.

(追記)オフィシャルガイドを読んだら遥時の知盛は30歳未満だった.残念.


遙かなる時空の中で 3

遙かなる時空の中で 3

うた∽かた #10

前回までの断面が縫い合わされる話.30分とは思えない濃密な段取りだった.一度死にそうになると肝が据わって飯も喉を通るようになる.そこですかさずお墓参りだ.両親と舞夏,つまり一族だけの旅をする.ここで一夏は自分の生まれに関する逸話を聞くことになる.両親や祖母が通ってゆく道の途上に立つものとして舞夏は認識されて,そしてそれは自分もまた同じで.一貫性というのはおよそ安定と言い換えても差し支えないものであって,ここで再び暴走するかと思われたジンの力はただ静かに祖霊との交流を果たさせる.

僕の祖母の家には仏壇があって,そこには僕の知らない叔父さんが祭られている.流産だったのだと聞いている.そうした話を聞くときそこに僕には見えないものがあるということを強く感じる.あるいは小学校のころ亡くした僕の叔父と僕とが同じ食べ物の好き嫌いをしていて叔父と同じ理由で僕がそれを嫌っているということは単なる偶然でしかないのであるが,そのことが母に特別な感傷を与えてしまうということは僕にとってもそこにそういう不思議な一本の筋があるということを指し示すのである.このとき僕の直接の血縁でないその流れを体感することは難しいのであるが,僕に見えないものがそこにあるということは強く体感されるのである.

一夏が舞夏に対して感じている言葉に出来ない存在感は,きっとそういう類のものであろう.

うた∽かた #9

幼い頃,どうしようもないことがある時は大きな声を上げた.自分のやりたいことと自分の知っているやり方とがうまく繋がらなくて,ほかにどうすることも出来なかった.意味なんてあろうはずはないが,それでもなんとかしたいと思うからこそ全力を振り絞って叫んだのである.

話は少し逸れるが,成井豊の「広くてすてきな宇宙じゃないか」を思い出した.ある女の子のお母さんが死んでしまって,その代わりとしてアンドロイドのお婆ちゃんがやってくる.だけどアンドロイドだっていつかは壊れる.だから,そんな相手はもう好きになりたくなんかないから女の子は自分の手でお婆ちゃんを壊してしまいたかった.そこで彼女がとる手段は充電池で動いてるお婆ちゃんの電池を切れさせるというもので,そのために彼女は東京中の電気を止めようと駆け回る.ここで彼女の狙いに対して手段があまりに過剰で,しかし同時に遠回り過ぎるため有効でない点が気に入っている.東京中の電気を止めなければならないはずなどないのであるが,うまくそこのところが繋がらない.例えば友達と喧嘩して「こんな世界滅びてしまえ」なんて思うのはあまりに幼いが,電池云々を考えるのはそれよりはもう少し理屈くささを備えていて,だけどそれでもきっかけと手段とはうまく繋がらない.問題を世界とか東京中とかよりも小さなつまらないところへ落とさないと,自分の手が届くものにはならないのであるが,子供は自分が取り組むべき世界がもっと広いものだと頭の中で考えがちなのだろう.

うた∽かたのいいところはこの繋がらなさである.今回の雷のジンは#2の月のジンと並んでこのズレが大きい.#2の話から始めると,月のジンは人気のない夜の公園山で男の子に怖いことをされそうになった一夏によって呼び出される.しかし「お願いジン,力を貸してください」という彼女の願いは具体的なものではなく,実際に現れる効果もただ強く光輝く力という大雑把なものである.この光の使い道について思いつく様子であるとか二人で考えるプロセスが描かれていればそれが何か効果をもたらすものと期待できるわけであるが,いきなり舞夏が「声は届かなくてもあの光で人が来るわよ」と男の子を脅し始めるので「知るか,んなこと」と一蹴されてしまう.結果としては向こうで自主トレをしていた繪委(昼間にその複線がある)が駆けつけて助けてくれるのではあるが,一夏が光ることと問題の解決とは綺麗に繋がらない.繰り返すが「知るか,んなこと」扱いである.声を上げたって繪委には聞こえていただろう.また一夏が怖いことをされたというのはただ目の前だけの問題であって,その背景となる問題は男の子と別の女の子との色恋沙汰である.この色恋沙汰は繪委の一言によって解決するが,これはもうほとんど一夏が光ったことと関係がない.にも関わらず,彼女が光ることしか出来なかった点に僕は共感を覚えるのである.

今回の雷のジンは江ノ島一帯を停電状態にしてしまうわけであるが,これも友達の女の子が男の子に振られたという一夏が直面した出来事とはうまく繋がらない.雷のジンの力を振るう一夏の口からは「人と人の絆を作り物の電気や道具で繋ぐことが出来るものか」とその理由らしきものが語られるが,間違いメールをきっかけとする今回の背景と照らし合わせてもそこには大きな飛躍が感じられる.なんやねんそれ,と思うのだけど彼女はそうするしかなくて,しかもそうした彼女の目論見とは直接関係なく,単に停電して暗くなったことによって,振られた女の子が友達との仲を取り戻すことが出来たりする.一夏が狙ったこと,いやそもそもその狙いというのもよく判らないんだけど,少なくともそれとはかけ離れていると思われる事情によって別の誰かの問題が解決する.

とてもやりきれないんだけど,一夏が彼女の理解できる範囲で何かもがいているらしいというのがよく伝わってくる話ではある.

舞-HiME#10

新姉参入で番狂わせが.薫さんの兄説を部分的に取り入れることにして,

巧海⇒晶
命⇒舞衣⇒神崎(三人兄妹)
詩帆⇒楯

のほうが座りがいいかもしれない.舞衣にもお兄ちゃんがいる点で幸せかもしれない図式で,彼女にとっては大きなお世話かもしれないのだけど,見ているほうとしては安定していて楽ではある.

記号については,
 なつく⇒なつかれる
という程度の意味で,読み方はA⇒B(AなつくB).

遥時3・リズヴァーン編

圧倒的なサークレイトロマンス.参りました.

下品な説明にはなるが,やはり関連作品としてPrismaticallizationの名は外せない.
主人公の望美の立場で行動し,自分がリズヴァーンと共に過ごせるよう運命を上書きしつづける間には自分がやっていることはただそういう営みとして体感できるものでしかない.しかし,リズヴァーンも望美と同じ立場で望美のために同じような何百周を行っていたのだと判ったとき,それは言葉へと変わる.告白されてはじめて自分の気持ちにも気付いただなんてよく聞く話であるが,自分ががむしゃらに彼を追いかけていたことの理由は,自分と同じことをしていた彼の告白によってドラマチックに確信される.
プリズマの後半ではそれが何か一つ違えれば失われてしまう僥倖ならばこそ必死に掴みたい気持ちになったが,そのときの僕の気持ちをそのままリズヴァーンの行動の中に見て取ることが出来た.僕はきっとあのときこんな風に思っていたのだなと,外から観察するような気分だった.もしも琴原みゆが射場荘司の写し身であったならばプリズマはロマンチックな話となっていたのだろう.実際はどちらかといえば柊明美のほうが彼に近く,時を越えたりしないその関係はたゆたう甘酸っぱさを僕の胸に残してゆく.

さて,望美とリズヴァーンが共に生きられない運命を抜け出せる理屈はシステムの中に含まれており,納得しやすいものとなっている.遥時3では人物の成長は身体的なものではなく宝珠を源泉とする特技獲得によるものである.そしてこれ以上は明示的には語られないのだが,運命を上書きする過程において仲間の記憶は失われるが特技が保存されてゆく理由は龍神の力が時空を越えることから容易に連想可能なものとなっている.リズヴァーンは望美の剣の特技を鍛える師匠であり,彼と望美との絆の関においては剣技の成長を要することが多いが,それはLV0からLV5へと発展するリニアな性質を持ち,知ってか知らずか運命上書きシステムを横断するものとなっている.最後に突然,師弟の戦いへ突入するわけは,彼らにとっても何となくこのことが意識されたためであっただろう.

リズヴァーンの望美に対する言葉にはおよそ二つのパターンがあり,それは「お前は常に決断する(そして私はそれに従う)」というものと「これは私の意思である」という矛盾したものであるが,互いに時空を越えて運命を上書きしあう関係にある以上,そうであるとしかいいようがないのだろう.そうしてみるとこれは運命なんてよく判らないという常識的な話であり,SFもオカルトもないその場所にはただロマンスだけが発見される.

二人の暮らしぶりを描く最後のスチルが幸せです.


遙かなる時空の中で 3

遙かなる時空の中で 3

遥かなる時空の中で3

(話をいくらかばらしてますのでご注意)

非常に面白い.架空世界のなかの架空戦記.架空の世界にも歴史があって,そこではやっぱりifも想像される.世界の住人でない僕がそのifにケレン味を感じることができるのは,架空の世界とはいっても僕らの歴史の教科書に出てくるような話がエッセンスだけ盛り込まれているからである.架空戦記ものなんて乙女が好むのかなと思ったが,そういえば指輪物語の映画版は人気があるので戦だから駄目というものでもないのだろう.

一の谷が始まるまでの仲間集めは気乗りがしなかったのだけど,僕の知っている歴史が裏切られ始めると話に引き込まれる.ひと通り歴史が完成した後にそれを変えてゆけるのもまたいい.10時間プレイしてまだ一人分も終わっていないのであるが,これはリズヴァーンのはじめの関がなかなか越えられなかったせいであり,普通はもっとすんなり行くのだろう.

よに宇治川の関はゆるさじ.

さっきようやく越えたが,一度壇ノ浦まで行くのが条件だったのか,礼節がLV3に満たなかったせいなのか条件ははっきりしなかった.それとも単なる見落としだったか? 宇治川だけで10周はしたが,つまらなかったということはなかった.その間特技LVを上げる楽しみがあるためである.上の10時間には余計な戦闘をしまくっていた時間も含まれている.

源氏方(義経,弁慶,景時)は層が薄いためか平氏方のほうに魅力を感じる.安徳天皇に懐かれている知盛が一番いい.経正,忠度,そして還内府も.清盛も人でなしではあるが,弟を切り捨てようとする源頼朝と並んで置かれるとむしろ人情を感じさせるところがある.

ただし源氏方については政治のあまり見えていない義経とともに行動することになるため割を食っているという気はする.真っ直ぐな男の子も悪くはないが,全てに目を行き届かせ差配する還内府のような男が同世代に居ると,ちょっと幼さが前に出すぎて辛い.


・有川将臣
 学生時代の姿はダサくてがっかりであったが,そのあとちゃんとパッケ絵みたいに格好よくなってくれた.ただ申し訳ないけど円陣からは外させてもらってます.ごめんね.

・源九郎義経
 上ではいろいろ書いたが,円陣には入ってもらっている.彼は奈良にもいろいろ逸話を残しているため僕は基本的に義経贔屓である.

・ヒノエ
 まだよく判りません.

・武蔵坊弁慶
 高河ゆんの弁慶が優男の策士であったのに釣られてか,僕はこの人をあまり信用してない.どうにも望美の力を自軍のために利用しようとしているように見えてならない.ごめんね(その2).

・有川譲
 素敵な男の子ではある.お弁当を思わずLV5まで上げてしまった.いかんせん若すぎるので守備範囲外であるが,いい子なので前衛を担ってもらっている.

・梶原景時
 名前がたたってか攻略対象として見ることが困難なお方.あるいは迦楼羅王レイガ.

・平敦盛
 キープしておきたい色男.八葉のなかで僕から見ていちばん手のうちが読める相手なので安心して接することが出来ます.前衛のひとり.

・リズヴァーン
 リズ大先生.言っていることは意味不明.ただいいお歳なのと男前なのと先生と呼ばれていることと身体がでかいという迫力だけで相手を説得してしまうお方.だけど好きよ.前衛のひとり.

・梶原朔
 綺麗どころ.綺麗すぎてちょっと手を出せません.

・白龍
 泰麒⇒高里ショック再び.運命を変えることが出来るというのなら,彼の成長を止められるようにして欲しいものである.成長した途端大人部屋に連れてゆかれる姿は微笑ましくて良いのであるが.第三章までは前衛.

・春日望美
 選択肢画面の顔が面白いです.選択肢の内容よりも顔で選んでます.

標準的な円陣は
⇔朔⇔義経⇔白龍⇔「リズ大先生⇔譲⇔敦盛」⇔○○⇔○○⇔朔⇔
「」が前衛.○○のところはあまり気にしてない.
白龍は絆の浅いうちから一人でも炎を撃てるので優秀.そういうわけでときどき円陣を一つ回して白龍を入れるけど,育てまくると五行相克はあまり関係なくなってくるので霊力に任せて力押しにすることがほとんどである.
(追記)なんとなく五行相克は関係なくなる気がしていたが,霊力99でもやはり同属性の相手にはほとんど術が効かないことを確認した.


遙かなる時空の中で 3

遙かなる時空の中で 3

鎌倉物語

一年前のちょうど今頃に末永と二人で鎌倉へ行こうと約束していたのをずっとそのままにしていた.昨日のことはその約束を果たすものではあったが,一年を経ることによって不思議と機が満ちていて,二人とも別の理由で鎌倉へ行く縁が出来ていた.それは僕にとってはうた∽かたの舞台を訪れたかったということである.末永のほうの事情についてはここでは書かないが,ともかく縁というのは面白いものである.

まずはJR鎌倉駅.

屋根の上の時計塔が本編や版権イラストでよく登場する.映像やスチルで見ると大きく感じるが実際に見ると一回り小さく見えるのは札幌の時計台と同じ理屈なのであろう.スケールとは比較対象物があってもそれほどピンとこなくて,同じ空間にいなければなかなか掴めないものである.

駅前の銀の鈴.

一夏たちの行きつけの喫茶.

参道の若宮大路よりは商店街筋である小町通りのほうが面白そうな気がして,そちらを通って鶴岡八幡宮へ.

とりあえず一夏とお兄ちゃんズが立ってたところで写真を撮ってもらう.今まで写真といえばTRPGやら二次創作で使うための資料写真であったので自分の映った写真というのはほとんど持ってなかったのであるが,近頃,自分の写真というのが必要になる機会が多くて,ふとそれを寂しく思った.どこからどう撮れと僕のわがままな注文に応じてくれた末永には感謝している.しかし僕の方が写真を撮られるのに慣れていなくてポーズが堅い.次から気をつけよう.

若宮大路のロシア料理屋で昼食をとった後,源氏山公園へ.

源氏山から鎌倉市内を一望できれば第一話の空からの眺めに近いものを見ることができたはずであるが,山頂は木に覆われていてそのような場所はなかった.源氏山公園は第二話の最後に登場する場所であり,燎に追いかけられた一夏たちは銭洗弁財天の前を走りぬけて園内へ入り,案内板から頼朝像の前へ出る.繪委は向こうの運動公園のほうから駆けつけたのであろう.

源氏山公園を降りる途中に銭洗弁財天(宇賀福神社)がある.一夏たちは逆にこの坂を登っていったわけであるが,相当大変だったはずである.

本殿前の泉でお金を洗うと倍にも100倍にもなるという言い伝えがあり,そのためのざるが用意されている.僕も100円玉5枚を洗ったら鎌倉から帰るころには財布の中に500円玉が二枚増えていた.霊験あらたかである.

弁財天から佐助稲荷神社へ立ち寄り鎌倉大仏(高徳院)へ.

我らが奈良の大仏と違って身体の中に入ることのできる庶民派大仏.なるほど,昔たけしの元気が出るテレビに大仏魂というのがあったが,あの発想は東京圏でしかあり得まい.

そして由比ガ浜へ.

うーーーーーーみーーーーーー.
夏でもないのにたくさん人が居て驚いた.冬の海といえば日本海側しか知らなかったせいか,サーファーやヨット乗りの居るにぎやかな海は新鮮であった.
写真は新海誠スカイ.ああいう空ってほんとにあったのね.これはあえて人の少ない方向で撮ってます.

由比ガ浜を延々歩き,若宮大路へ戻る.ここにはオープニングの歩道橋と彼女らの通う学校がある.学校の写真は良くないと思うので歩道橋のみ.

最後の写真は江ノ電・鎌倉高校前駅より.エスカフローネ最終回に出てくる風景.

左奥は江ノ島と展望タワー.うた∽かたのオープニングでも誓唯の背景として出てくる.
僕らはその後,江ノ島まで行って,千と千尋みたいな不思議空間を体験して帰った.その話はまぁ,機会があればまたいずれ.

そしておみやげ.八幡さんでお守りとして売っていました.

しかし男の子しか持ちそうにない携帯(F900iT)なところが不釣合いだ.それは僕自身の不恰好さでもある.

(2004/12/23,写真はSONY Cyber-shotU DSC-U10)

パンツはいつもそこにある

パンツについてはもっと深く考えねばならぬ.僕がカレイドスターとかナージャとかプリキュアとかどれみとか見るのがしんどいことともきっと関係があるだろう.と,ナイショの1話を見せてもらって思いました.

僕はパンツが目に入らないというのはバイアスであるように思われる.うた∽かた第1話の登校シーンからして,あれをパンツ見せる以外の文脈で読むと途端にカットの繋がりは悪くなる,という申し開きは念のためしておきたい.パンツはそこにある.僕にはそれが背景であるように感じられる.そして僕とパンツとのそんな関係を僕はどこか遠くから見ている.

ちなみにD.C.は本編パンツNG,Cパートのみパンツあり,のはず.

パンツの効用

D.C.のオープニングのパンツとかうた∽かたのパンツとかは基本的にアニプリの変な像と一緒であると思う.僕が怒った最後のパンツはモルダイバーのパンツであって,不自然なカット割りでパンツを見せられることに全く納得できなかったのであるが,今ではそういうズレが残されてるアニメのほうが見やすい.少し距離を置いて見ているほうがいろいろ連想したり自分のことを思い出したり出来ている.

パンツのいいところはズレを残して謎は残さないところである.あの変な像はパンツよりも意味深であるところがいけない.そのひっかかりを解こうとするとどうもアニメの中に入って行ったりアニメの外に出て行ったりして証拠物件を集める必要が出てくる.そのどちらも行き過ぎで,僕には少し離れて見てるくらいがちょうどいい.僕とテレビとの距離はいつも1メートル半ほどであって,気持ちの距離もだいたいそれくらい離れている.

仮にパンツが何らかのズレであるとすればそう思うのであるが,最近はそもそもパンツが目に入らない.僕の目はそんなに大きくない,とかではなく,ともかく画面で何かちらちらしていても夕飯のおかずが微妙に一品増えてる程度にしか感じられないのである.散りばめられているらしい謎についても同様であって,こういうのが三十路前の心境というものであろうか? ギャグの切れも酷い.