北風

1990年から1991年にかけての僕と彼にとって,共通の話題は谷村有美で,槇原敬之で,あとKANで,つまりFM802で.といって,何を話していたのかはほとんど覚えていない.あの長い時間がどういう風に過ごされていたのか判らない.ただ,CDを貸し借りして同じラジオを聞いているだけで一緒にいられるという頃が,どうやら確かにあった.

さっき松屋へ入ったらスティービーBの”Because I love you”が流れていた.これが彼のお気に入りであって,いつまでたっても唄っていた.やはりこれもFM802のヘビーローテーションだった.”Because I love you”のヒットから半年が過ぎた初夏,僕らは修学旅行で北海道へ行った.彼とは別のクラスであったが,道東でコースが3つに分かれたときにはクラスの壁も班の壁もなく一緒に居た.たしか根室,知床,トドワラの3つで,僕らはBコースの知床であった.彼はやっぱりあの歌を唄っていた.何せ僕らはBコースだったのである.つまるところ,そういうくだらないことばかり話していたのだろう.

歌のサビを知らない人には何がくだらないのか判んないかも.

あのとき知床を選んだことは後悔していないが,あんな遠いところそう行けるもんじゃないので根室やトドワラがどんな場所だったのかもとても気になっていた.僕が「風雨来記」を好きなのはそういう記憶を思い出させたり,足りなかったところを埋めたりしてくれるからである.

Φなる・あぷろーち(PrincessSoft)

主人公の周りには彼の話を聞いてくれる人がたくさん居る.そう強く思う.それは,極端に話を聞かない人を一人置いたことと,主人公が積極的に話をすることによってもたらされる感覚である.もしも話をしなければ聞いてもらえたと感じることもないだろう.

彼のそういう体験に付き合うことで僕としても謙虚な気持ちになれるし,支えられる.

φなる・あぷろーち (初回限定版)

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Quartett!(Littlewitch)

家に居ると主人公の妹やおじいさんが主人公の気持ちを尋ねてきてくれるのがいい.曰く,今日の学校はどうだったか,とか,ちょっと落ち込んでる? だとか,そして僕はこれに選択肢で答えることになる.そんな風に改めて尋ねてもらえることによって僕は主人公の気持ちについてようやく意識することができるものであるし,そういえば僕自身だって普段,人に尋ねてもらってはじめて自分の気持ちを知るなんてことがよくある.尋ねてもらうことによる気付きの効果は大きくて,ちょっとした一言でも話に引き込まれるように思う.

Quartett! 初回版

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こなたよりかなたまで(F&C)

ある大きな岐路に立たされた少年の長い回顧録を僕らが聞いてあげるゲーム.深刻な話であるはずなのに,そこはわざと言い落としたり,サービスの利いた話し方をしてくれるところに彼の優しさを感じた.

こなたよりかなたまで 初回版

こなたよりかなたまで 初回版

オフィシャルページ

vision(Wing)

少女が語り手であって,主人公の男はその聞き手であるという構図が顕著なゲーム.少女が自分の家にまつわるやるせないお話を語り続け,男はそれを聞き,文章として書き留める.お話を全て聞き終えた末には本ゲーム唯一の選択肢が待っており,一つの家族の行方を左右する相当に重いクリックを迫られた.

CLANNAD(Key)

街にはお話を抱えている人がたくさんいて,僕らはここでその話を一つ一つもらさずに聞いて回ることになる.このゲームに触れることでフィクションの住人たちをみんな,少年少女に始まりおばちゃんおっちゃんに至るまでを優しくもてなしてあげたいような気持ちにさせられた.

僕が構ってもらうことばかりでなく,相手の世話をすることもまた幸せのかたちである.

CLANNAD -クラナド- 初回限定版

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魂のワンクリック

Φなる・あぷろーちについて,先日は嘘でもプレイを続けるつもりであるように書いたが,やはり選択肢をひとたび誠実に選びきってしまったゲームでは他の選択肢を選ぶ意欲がなくなる.別に全ての話を読まねばならぬ義務はないのでしばらく置いておこうと思う.

僕らはテレビでも新聞でもWebでもザッピングすることに慣れているので,美少女ゲームでもテキスト送りやスキップ,オートモード(視聴)やバックログ(熟読)を切り替えつつ,上手いことテキスト・画像・音声などの断片を拾い上げてゆくわけだけど,そうすると他の話が目に入らないくらい一つの話を好きになるっていうのがなかなか起こらないのかも知れない.Φなるでは久々にオートで最後まで流して,スキップなし,読み返しもたまに聞き落としたときだけにしてプレイした.その結果,僕が選びとったある一筋の話の流れに集中できる,という点では,選択肢以外でぺしぺしボタンを押さないようにしてみたことは良かったように思える.

僕は指先の感情移入という話は僕らとゲームとの先鋭化したやりとりを上手く説明していると思う.テキスト送りのクリックをキャラクターに対するアクションと重ねることによって,僕らはキャラクターと接触しているように思われる.一方で,ストーリーの分岐選択肢を選ぶためのクリック(あるいはボタン押下)はここでは議論の外にある.例えば,多くの時間はオートモードでじっとキャラクターたちの話に耳を傾け,時々,岐路に立たされてクリックをする場合,気持ちが緊張するとともに怠けていた右手の筋肉も緊張する.そんなピークの高い刺激をいくらか間隔をあけて繰り返すことによって僕らが深刻に話の流れへ巻き込まれてゆくようなやりとりのデザインにもまたゲームらしい特徴が見られるのではないかと思う.もしそうだとすると,ザッピングにおいてテキスト送りとオートモードを使い分けるような場合,僕らは小刻みに連続するクリックアクションでキャラクターと触れ合うことと,ピークの高い魂のワンクリックでキャラクターと共にゆく道を選ぶことを両極端において,その間をいいように調節しながら進む作業をもってキャラクターとの関係を構築していると言えるだろう.