AQUA NOTE
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AQUA NOTE



1997年、世界大工業博覧会

 デイリー・アトランディカ・ニュースの新米記者、ウィリアム=ヒューイット
(自称:早耳ビル)は今年の工業博各賞以外の作品についての取材を命じられていた。


ビル:「第三会場はアトランディカ郊外か・・・なんじゃこりゃあ??」

  小川の岸辺に珍妙な機械が据えつけてある。
 下で水車が回っているが、煙突があるところをみると水力機関でもないらしい。
 天板から突き出ている数本のガラスの筒には途中まで水がはいっており、
 それとつながっているのか、大きな球状のガラス鉢もついている。
 そして、その機械の上には年の頃10才ほどの少女が陣取っていたんだ。

少女:「『なんじゃこりゃあ』とは失礼ね!!
        これには《アクアノート》っていうれっきとした名前があるのよ。」
ビル:「はぁ・・・
     で、その《あくあのーと》というのはいったい何なんですか、お嬢さん?」
少女:「ファムよ。」
ビル:「へ、『ふぁむ』なんですか。
           で、その『ふぁむ』っていうのはいったいどういう機械で?」
少女:「お約束なことをいう人ね!『ファム』は私の名前。
                《アクアノート》は楽器よ!!すごいんだから。」
ビル:「楽器?!この蒸気洗濯機みたいのが?」
ファム:「(怒)」
ビル:「・・ごめんごめん。へえ、楽器なんですか、すごいですね。」
ファム:「・・・で、あなたはいったい?」
ビル:「! これは申し遅れました、僕はデイリー・アトランディカ・ニュースの
    ウィリアム=ヒューイットと申します。つきましてはファムさん、あなたにこの
    《アクアノート》に関するインタビューを申し込みたいと思うのですが・・・」
ファム:「あらそう、それは残念ね。おじいちゃんはいないのよ
           ・・・つくった人がいないとインタビューにならないでしょ!」
ビル:「・・・ファムさん、何か怒ってませんか?」
ファム:「・・・なによ、おじいちゃんたら。大発明なのに・・
    演奏会をするはずだったのに・・・。
    演奏者は世界一のオルガン弾きロイヅン=アリアス、オペレータは世界一の
    美少女たるその孫ファミナ=アリアス、二人の演奏は博覧会を訪れるすべて
    の人々を魅了し、ロイヅン=アリアスの全世界での興行が決定する・・
                           ・・・そういってたのに。」
ビル:「まさか・・君のおじいちゃんって・・・」
ファム:「そう!これが完成するとすぐに・・。前から体の調子は悪かったんだけど、
    どうしてもこれだけは完成させなくちゃならない、自分の音楽理論の結晶する
    ところをのこしておかなくちゃならないって。
              だからって、生きてなきゃどうしようもないのに・・・」
ビル:「・・・。」
ファム:「だからこの《アクアノート》は弾く人がいないし、つくった人もいない
           ・・インタビューに答えることは出来ないわ。ごめんなさい。」
ビル:「・・インタビューのことはもういいよ。それよりこれ僕が弾いちゃダメかな?」
ファム:「!!だめよ。あなたになんか弾けっこないし、それにもし弾けたとしても、
                     おじいちゃんより上手いわけはないわ。」
ビル:「そう言われちゃうとなぁ・・・。
        でもちょっと聞いてみてよ、僕のハーモニカ。'''♪''♪'''♪・・・」
ファム:「、、、、」
ビル:「僕も君のおじいちゃんが考えていたことを知りたいんだ。いったいどんな音楽を
    目指していたのか。・・・・・僕も音楽が好きだ。だからその《アクアノート》
    を弾けばそのことが分かるかもしれないと思っているんだ。」
ファム:「・・・結構上手いじゃない、ハーモニカ。」
ビル:「鍵盤も得意だよ?」



      ●『スチーム・テクニカ』時代の幕開け●

「新しい音楽の始まり!!」 ・・・一週間前の工業博で、僕らは驚くべきものを知った。
 《アクアノート》と呼ばれるその装置は、一言でいえば鍵盤水蒸気笛である。
この装置がいったいどのような音を鳴らすのか、と写真を見た方々は思われることだろう。
これは「新しい音」を奏でる「楽器」なのである。
 歯車で句切られたスチーム笛の鳴らす音が圧力棒によって連続的に変化させられる。
砂糖工場で聴こえてきそうなこの機関音は、聞きようによってはただのノイズである。
しかし、フルートのようにとりすますこともなく、ヴァイオリンのように美を押しつけない
この無骨な機械音こそが、蒸気機関で駆動するこの世界における新しい音楽なのである。
僕はこれを『スチーム・テクニカ』と名付けたい。

 実際に博覧会では好評を博していたので、ご覧になった方も多数おられるだろうが、
その「楽器」は音色を決定する水に蒸留水を使っているため少々つくりが大きくなっている。
この仕掛けは後の拡張性を考えたものだろうが、現在では制作者のこだわり以上に
意味をみつけられないように見える。
しかし、実はこの一連の装置は聴衆にある種の連想を引き起こすものとなっている
・・・周期的なクランクの動きと上下する水位、そしてそれにつられるかのように音がする。
               ポッ・・ポッ・・・
それは、この時代、すべてのものを生み出す母となった、機関【engine】の鼓動。
それを知るとき、人は遠い昔の何かを思い出すだろう。

  《アクアノート》の制作者は故ロイヅン=アリアス氏(享年68歳)
 オペレーターはその孫のファミナ嬢(11歳)
ファミナ嬢の研ぎ澄まされた音感なしにして、あの演奏はあり得なかっただろう。
なお、このときの演奏者は結局誰だか分からなかった。ご存じの方はご一報を。
        (ウィリアム=ヒューイット:デイリー・アトランディカ・ニュース)




1996/5月


天球儀植物園へ
夜光性歌劇へ
短冊懸へ
寿琅啓吾 <soga@summer.nifty.jp>