◆ 星影拾遺異聞 ◆

1。




> > 距離のヒミツ・・・ > >


 とおいところにいるあなたへ。

 距離は問題じゃなかったね。
 こうして手紙を書いているとき、
 わたしはあなたのすぐ側にいるような気がするから、
 なんて、
 とても簡単でありふれた言葉かもしれないけれど、
 見つけるにはずいぶん時間がかかったから。
 
 だから、わたしは異邦人のことを書き続けようと思う。
 かつて自分がそうだった頃のこと、
 そして、距離のヒミツを忘れないために。


 たとえば、歩いて5分、という距離がある。
 近くにいるのに会えないことと、
 遠くにいるから会えないことと、
 どちらがせつないだろう、
 なんて、
 そんなことを聞いたら、
 長距離恋愛の人に怒られてしまうかな。

 異邦人は距離のヒミツを知らない。
 ここはわたしの居るべき場所じゃない、
 わたしがわたしでいられるほんとうの場所、
 ほんとうの故郷はどこかにあるから。
 だからわたしは異邦人。
 周りの人たちはみんなつまらなくて、
 わたしはそこにとけこめない。
 わたしはそもそも異邦人なのだから、
 当たり前のこと。

 けれど、そのことはヒミツ。
 異邦人だってことがばれたら、
 何をされるか分かったもんじゃない。
 だから、誰の声も聞かない。
 誰にも話しかけない。 

 異邦人は距離のヒミツを知らないから、
 近い距離もとおくなる。

 もしも会いたい人がいて、
 歩いて5分のところにいても、
 会いに行けない。
 もしも会いに行ったら、
 自分が実は異邦人だってばれるかもしれないから。
 それに、自分は異邦人だから、
 そもそもこの世界の誰かに会いたいと思うはずがない。
 そう、わたしはここからとおく離れた世界の人間。
 とおい故郷のことを思った。
 同胞たちの優しさにつつまれていた時代。
 何度も何度も、故郷のことを思った。
 引き寄せるほどに、強く思った。
 けれども、故郷はぜんぜん近くならなかった。
 
 強く思えば距離なんて関係ない、
 なんて、
 長距離恋愛へのアドヴァイスをよく聞くけれど、
 そんなの嘘だ。
 思っても、思っても、とおい故郷はとおいままで、
 異邦人のわたしの寂しさは満たされなかった。

 異邦人は距離のヒミツを知らないから、
 とおい距離は近くならない。
 旅立つ決意は重要だね。
 ここはわたしの居るべき場所じゃないから、
 わたしは旅に出よう。
 無くすものなんてないから。
 行く先は、とおいどこか。
 もしかしたら、そこがわたしの故郷かもしれない、
 そんな、もうやみくもなあきらめだけを一緒に。
 
 そして、旅立ちの前、
 近くてとおい、その場所を振り返る。
 距離って面白い。
 近い、とおいなんてほんとに相対的で、
 見る場所でぜんぜん違ってくる。
 とおいと思っていた場所はほんとにとおかったの?

 無くすものなんてない。
 だったら、最後に確かめてみよう。
 ほんとにあの人に会いたくなかったのか。  
 異邦人のわたしが誰かに会いたいはずはなかったけれど、
 なぜだか分からないけれど、胸に引っかかるトゲ。
 だから、歩いて5分のあの人に、会いに行こう。
 もう異邦人だってばれてもかまわない。
 わたしは、ここじゃないどこかとおくへ行ってしまうのだから。
 とおいと思っていた場所はほんとにとおかったの?
 歩いて5分、
 近いよね。  
 そして、扉をたたいたとき、
 距離のヒミツは明かされた。

 わたしが異邦人だってことは、ばれなかった。
 ばれたのは、わたしが異邦人じゃなかったってこと。
 会いに行けなかったほんとの理由は、  
 わたしが異邦人だっていう嘘が、
 わたし自身にばれるのが怖かったから。
 近い距離がとおくなる、
 距離のヒミツは、わたしのヒミツ。
 近づいたら、わたしのヒミツがばれてしまう。
 他でもないわたしに。
 わたしは異邦人だって、
 そう思わないと、わたしはわたしを守れない。
 異邦人はとてもさみしいから。

 とおい距離を近くする、
 距離のヒミツは、ふたりのヒミツ。
 一度ゼロまで近づけば、
 もう無限大まで離れても、
 いつでもその温もりを感じられる。 
 距離のヒミツは、
 さみしさの円環を断ち切って、
 だからもう、
 わたしは異邦人でなくていいんだ。 
 
 歩いて5分のとおい距離。
 そんな、とおいところにいたあなたへ。

 距離は問題じゃなかったね。
 けれど、さみしいときに限っていつも、
 電話をしても出てくれないね。
 だからこうして手紙を書いて、
 わたしはすぐ側にいるあなたを感じている。

 わたしはもう距離のヒミツを知っているから。


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寿琅啓吾 <soga@summer.nifty.jp>