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風に負けない
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たとえば、人から「夏町さんって、しっかりしてますよね」なんて言われたりすると、とても困ってしまうのは、自分がぜんぜん頼りない人間だと思っているからで、単位数を計算し間違えてあやうく卒業できなくなるところだったり (^^; 新聞の勧誘員に騙されそうになったりするのは(覚えてろよ、○日新聞〜 ←でも自業自得)、我ながらどうにも情けないのです。 他の場合だってそうですが、それでも、人から意外なところを評価されたりするのは、きっと自分には分からない何かのフィルターがあって、それを通せば全然思いもよらない自分が見られてしまうのかなと後になって思います。たとえば、恋とかね。 恋愛ゲーム(自分が話の主人公になって劇中の女の子と仲良くするゲーム、というか最近は小説に近い。)をやっていて面白かったことが一つあって、ゲームは小説よりも自分の体験が話の主人公の体験と重なりやすくて、先に述べたようにフィルターのかかった状況を半ば主観、半ば客観的に見ることができるのでした。というわけで、以下、PCゲーム「とらいあんぐるハート」でのお話。 綺堂さくら、高校一年の少女。とても可愛いくておとなしそうな彼女に、主人公である相川真一郎は、恋というわけでなく普通に出会って、それで何度か話をするうちに一緒に映画を見にゆく仲にまでなります。 映画の終わった後、話もはずんで(これがまた夏町の趣味にあう映画で、ほんとに話がはずんだり (^^;)喫茶店をはしごした先で、さくらは真一郎にちょっと愚痴をもらします。誰か頼りになる、話を分かってくれるに聞いてほしかった、自分のホンネのことを。 それは、彼女が身体が弱くておとなしそうに見えるから、くみし易いとみた男たちが頻繁に声をかけてくること。彼女は本来気丈なので、それをきっぱりとはねのけるけれど。そして、そんな外ヅラや体にしか興味がない、ただ「かわいい彼女持ち」という称号が欲しいだけの男たちへの痛烈な批判。 ・・・これには、苦笑いでした。さくらの発言に、例のフィルターを感じられたから。恋愛ゲームのプレイヤーとしては、友達として好意を持ってストーリーや会話を楽しむと同時にもちろん下心もアリで遊んでいるわけで、相川真一郎の言動も紳士ですが下心が共存しないかというと、やはりそうでもないように感じられる。真一郎がさくらの嫌うその「男たち」の一人であるのか、あるいはさくらの信用できる紳士な男なのかが、プレイヤーの感じかたに委ねられている結果、私はそこに真一郎の純愛よりもまず、さくら側のフィルターを、さくらが真一郎のことを気に入ってるんだな、という色メガネを感じたところが面白いと思いました。「好き」、と言葉で伝えられるよりも、恋に迷う感じが見られて、なんとも愛しく感じられて。 とらいあんぐるハートは、メディアを生かしたストーリーテリングが上手で夏町お薦めのゲームです。(18禁には違いないんで、そういうのが苦手な人はどうかと思いますが。)話の内容が女性的、というか、男が書きにくいようなところをズブリと書くところが、体験的な話として感じられるのかな。 エンディングの描き方が特に好きですが、このへんはPCゲームの手法というよりは漫画の手法を持ちこんでいます。(どんなものかは、やってのお楽しみ。) 未来なんて知りたくないけれど、最後まで、愛する人と、幸せに、添いとげられたという事実なら、知ってもいいような気がするよ、さくら? |
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ザウルスの1999年年の瀬が近づくと思い出すのは、ちょうど一年前に今のザウルス(MI-110M)を買ったときのこと。当時の日記を遡って見ていただけると分かるように、やたら浮かれていましたよ、私。 そのころから、Web上にはBiTmapPublishingのsugichさんのようにNewton MessagePadでどしどし絵を描く方がおられて、もちろんTiPOやWiz、Zaurusなど他のPDAでも絵を描く方がおられて。そのタテヨコ300ドットもないはずのキャンバスに生まれてくるイラストは、どんなものでも描けてしまって、信じられないほど大きく感じられて、私、そのどこまでも向こうに続くようなキャンバスに、自分も絵を描きたいと思ったのでした。 好きな小説やゲームがあって、そのキャラクターや世界をイラストにしたかった。それはファンアートとも呼ばれるものですが、以前に私がMacで描いていたカラーイラストでは、どうも気負ってしまって描きはじめるまでの敷居が高く、好きなものを色んな角度からどんどん描いてゆくには重すぎたんです。そこに、ちょうどPDAで描くイラストへの興味が重なりました。PDAのモノクロイラストなら、カラーよりも気楽に描けるかな? 12月も終わりに近づいたころ、大阪日本橋へPDAを買いに走りました。当初の予定はNewton MessagePadでしたが、もう製造されていないことや人気があることもあって、姿すら見かけることはできませんでした。他のPDAは下調べすらしていませんでしたが、でもせっかくだから見てゆこうと店頭でいろいろ触っていたところ、その中に求めていた描画機能に近いPDAがあったのです。それが、ザウルスポケットMI-110Mでした。 ザウポケを使い始めて、間違いなく絵を描く敷居は低くなりました。Macより起動時間が圧倒的に短いのも良かったのでしょう。そのうちに絵だけでなく文章もザウポケで書くようになって、ホビー機として使っていたMacはザウポケにその座を譲り渡しました。毎日二時間の電車とバスでは、本を読むかザウポケで文章を書いているかです。ワープロ文書は研究のメモと創作を合わせて一年で150件にもなりました。思いついたことをどこでも電子的に書きとめることができるのは、10年近く遠距離通学を続けてきた身には画期的なことに思えます。 ザウポケは私の生活を変え、創作の助けともなりました。二次創作のショートストーリーはもちろん、こちらのWebには載せてませんが、TRPGのシナリオや詩の幾つかもこのザウポケの上で生まれました。手書きメモによるイラストのほうは30枚弱になりそうです。Macで描いていたカラーイラストが3年で20数枚ですから、私としては随分なペースですね。(一枚にかかる時間はカラーもモノクロも同じです。)自分でザウルスに絵を書き始めてからまた凄いザウルス絵描きさんたちがおられることを知って、それに刺激されるように色んなイラストに挑戦しました。 でも、1999年はザウルスにとって寒い一年でした。アイゲッティ、アイクルーズなどの新型ザウルスはインターネット端末としての側面が強調され、ワープロや手書きメモといった創作ツールとしての側面は、なおざりにされました。その結果、ザウルスを使って創作しようという人はこの一年で増えることもなく、それどころか他のPDAへ乗り換える人の方がよく見られました。実際、私が乗り換えなかったのも、買ったばかりだということと、お金がなかったというただそれだけの理由です。 そんな中で、ザウルスMI-C1(ざうまがに詳説があります)が発売されました。ワープロ、もちろんついてます。LCフォント、とても見やすいです。文字入力速度、むちゃくちゃ速いです。画面、固くて線が歪みません。星を描いてもゴミになりません。大きさ、ほとんど同じポケットサイズです(以上、MI-110Mとの比較)。これに、ユーザの皆さんによるMOREソフト(追加ソフトウェア)を必要なだけ利用させてもらえば、もうなにも言うことはない最強の創作ツール・・・のはずだったのに。
MI-C1は「手書きメモ」の操作体系に問題があります。 ツールパレットは表示に場所こそ取りますが、ツールを切り換えやすいことから、お絵描きソフトでは必須のものとされていて、PhotoshopやPainterなど代表的なPCのペイントソフトでも採用されています。とくに「ペン」と「消しゴム」は頻繁に持ち換えるものですから、ツールパレットなしには絵なんて描いてられません。 ・・・にもかかわらず、カラーポケットやアイゲッティでは、ツールの選択にプルダウンメニューが採用されました。そのため、「ペン」から「消しゴム」の持ち換えには2回のクリック動作が必要です(メニューのプルダウンに一回、選択に一回)。クリック回数だけではなく、ツールパレットならクリックしやすかったツールの選択領域(「ペン」とか「直線」だとか書かれているスペース)が、プルダウンメニューの場合、横長でクリックしにくいのです。 ツールパレットのないお絵描きソフトというだけで、かなり致命的なものがありましたが、それでもこれは主に「ペン」と「消しゴム」の切り換えだけなので、慣れればなんとかなると思える程度でした。 けれども、ザウルスMI-C1の「手書きメモ」はそれどころではありませんでした。ツールの選択をプルダウンメニューにするだけではなく、プルダウンメニューがスクロールするようになってしまったのです。またWindowsの「スタート」ボタンを例に挙げますが、「スタート」ボタンの項目が多くなってくると、一画面にプルダウンメニュー(多くの場合、ポップアップメニューという方が適切ですが)を表示できなくなって、まだ表示されてないメニューがあるよ、って意味でメニューの下端に「▼」が表示されますよね。この▼印をマウスで押すと、ずずずっとメニューがスクロールして隠れていたメニューが見えてきます。MI-C1ではメニューが画面一杯になるわけでもないのに、ツール選択の際にこんな風になってしまい、選びたいツールが半分隠れた状態になってしまいます。(買ってないんで、画面写真がなくて申し訳ないです。) 持っておられる方は、試しに「消しゴム」から「ペン」に切り換えてみてください。「ペン」に切り換えるためには、(1)プルダウンメニューをクリック、(2)▲印を押して「ペン」というメニューが見えてくるのを待つ、(3)「ペン」を選択、の3動作必要なはずです。メニューの表示領域が足りないわけでもないのに、なんでこんな仕様にしたの、シャープさん? きっと「手書きメモ」のペイント機能は、開発の人があんまり使ってない機能なんでしょう。(デジカメが付けれることからかフォトレタッチ機能がいろいろ付いてましたが、それはペイントではない。)私にとっては、夢や力をとても与えてくれた機能なんですけれど・・・。 ちょうど前日、MOREソフト開発ツールであるSZABをダウンロードしていじりまわしていました。描画まわりのサンプルプログラムが豊富で、これなら私でもなんとかMOREソフトを作れそうだな、シャープさん素晴しい、と思っていた矢先のことで、内蔵標準ソフトである「手書きメモ」が非道い仕様でも腹立ちは少なかったのですが、それにしても開発には時間がかかるし、今、一台しか手持ちのザウルスのない状態ではザウルスのハングアップが怖いので開発したくはないし(修論前だというのもあるけどね)、内蔵ソフトが良いに越したことはないわけで、MI-C1のことで盛り上がっていただけに、水を差された気分でした。ふぅ。 そういうわけで、シャープさん、ぜひ |
「森林光年」1999年12月6日 天野 美汐
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さくら 「・・・うそつき」 名雪 「・・・うそつき」 さくらちゃん、ごめんなさい(ドサマギの名雪にはポカッと。) 12月6日が大切な日だと昨日知ったので、こちらを優先してあわてて描きました。・・・でも、頑張ったけど、間に合いませんでした。リアルタイムで読んでる方には分かると思いますが、今日はもう12月7日です。天野にもゴメン。ラフになっちゃったけど、またちゃんと描き直すから。
以下の文章は、Windows95,98用ゲーム「Kanon」((c)KEY)に贈る二次創作です。 |
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お祝いをしたい女の子がいるから
祐一はそんな叔母に感謝しながら、
一人で買い物に出かけると、
この冬の風景の中に、街と同じ目をして佇む天野がいる。 「よぅ、雪ん子、」
歩道に刻まれた小さな靴の形を追って声をかけると、 「変なあだ名をつけないで下さい」 「新米の刑事には、変わったあだ名をつける決まりなんだ」
言い訳してみるが、あだ名に怒ったわけでないことは目を見れば分かった。 「刑事に何の御用ですか」 祐一が一呼吸置くと、少し気まずい空気が流れた。 「・・・なぁ、明曰、時間あるか?」
もっと何気なく伝えるはずだった言葉を、 「・・・明日でないと、駄目ですか」 「刑事の仕事があるなら、俺が代わってやるから」 「明日は、あまり楽しい日ではありませんよ」 「ああ、月曜日だからな」
天野が立つ側の商店の扉が開いて、 「・・・明日、どうすればいいんですか、」 「放課後、一緒に家に来てくれないか。・・・もちろん、家の人は居るから」 「はい」
動き出した街から視線を外した天野が、祐一を真っ直ぐに見ていた。 「邪魔して悪かった。じゃあな」 「それでは」
遠ざかる白いコートの背中にもう一度礼を言うと、
夕暮れが近づくにつれて商店街に人は増え、 冷たい雪を透かして届く光の中に、祐一は一人の少女の姿を思う。 明日、十二月六日は、天野の誕生日だった。 ◆
天野 美汐 and 相沢 祐一 森林光年どこまでも遠く続いてゆく透明な光の信号 comming soon! 遅ればせながら、誕生日おめでとう、天野。 SSは、続きます。 |
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「東京星へ、行こう。」1999年11月27日 野中 晴
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なくしたものは、おとぎ話。
東京星に住むわたしたちは |
そこは、どんな街ですか? 好きな人がいますか?
今日は何がありましたか?
物語を聞かせてください。
つるぎを天にかかげれば
聞いてほしい人がいます。
物語の種から、
だから、 |
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笑わせてあげる(大塚利恵) with ハル |
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ビジネスジャンプ12/1号をぱらっと立ち読みしたら、 そういうわけで、遅ればせながら、1999年6月30日の日誌で「イエスタデイをうたって」に合わせたナンバーと言っていたのは「東京」でしたが、間も空いたことなので「笑わせてあげる」も追加。 新幹線に味をしめて東京へ行きすぎたせいか、預金も尽き、利恵zzo(^^;のライブにも行けず、なんとかお金を残して来月のユカさん出演のライブだけは行きたいところですが、来月は来月の風が吹いてしまうので、先行き不明・・・。でも、夏町は来年東京に住む(はず)なので、それからこれまで行けなかった分を取り戻したいところです。 どこに住んでもさみしいのは一緒だから、変わるとすればきっと、そういうことくらいなのでしょう。 |