Planet-Aに会いにゆく




- 9 -



 スノゥがこれほど人の話すことに耳を傾けたのは、はじめてのことでした。スノゥにとって今、少年の話すことはみんな偽りがなくて、素直に聞けるように思えたのです。

「ねぇ、もっと、話を聞かせてほしいわ。例えば、青のお話。あたし、あの色が大好き。だって、目に見える透明色って、きっとあんな色だと思うの。」

「目に見える透明色かい。確かにそうかもしれないね。だって、あの青は、言葉の色なんだから。」

 そう言って少年は、Planet-Aのことを話しはじめました。それは、Planet-Aに住む人が、誰でも必ず一つは持っているという優しい言葉の話でした。その一つ一つの言葉には色などありはしませんでしたが、こうして少し離れて見渡したなら、言葉の影たちがだまし絵のように色を浮かび上がらせて、あの青になるというのです。けれども、近頃は、Planet-Aを灰色の雲が覆いはじめていて、そのためか、そんな優しい言葉を見つけるのが難しくなってきているのだと、少年は悲しそうな顔をしてつけ加えました。

 今度は、スノゥが星の世界に住む人のことを話す番でしたが、スノゥには友達がいなかったので、少年のしたような話はできそうにありません。自分になにか言うべき言葉が足りないことは、くやしいことでした。老人星や冬の髪のむすめの時もそうです。仕方なく、スノゥは人の話をする代わりに、これまで旅の途中で見た出来事を話しました。

 はじめに、世界を一周する動物たちのパレードに出会ったことを話しました。夢見るように歩むヤギやヒツジたちの群れ、星の海を行く大きな蟹や魚たち、そして黄金の毛皮の獅子。それは、とてつもなく大きなメリーゴーランドで、一周するのに丸一年かかってしまうのでした。また、信号燈を飲み込んでしまったくじらと出会ったことも話しました。そのくじらはいまでもきっと、信号の代わりにお腹を赤や青に光らせながら、夜光鐵道の線路の脇で潮を吹き上げていることでしょう。そして、夏の流星たちが花火のように広がって散る様子を、星の河辺でながめていたことを話しました。あのとき、消えてゆく星の姿がなんだかもの悲しい気持ちにさせたので、少女はヴェールで涙をふきました。それを思い出したとき、スノゥは旅の間じゅう一緒だった白いヴェールに触れようとしましたが、頭に手をやっても、今はもう髪につけたままの銀のピンしか残っていないのでした。

「それはいったいなんだい。髪飾りじゃないように見えるけれど。」

「ええ。これはあたしの大切なヴェールを留めていたピンよ。けれども、ヴェールは風に飛ばされてなくなってしまったの。」

 それを聞くと、少年は、はっとなにかに気がついたような顔をしました。

「もしかして、これは君のヴェールかい。」

 そう言って、少年があわてて舟底から取り出したのは、驚いたことにスノゥのヴェールです。

「えっ、どうしてあなたが持っているの、」

「ここに来る途中で、白いヴェールが飛んできて、舟のマストに引っかかったんだよ。それで僕はヴェールの持ち主に会えるかもしれないと思って、その飛んできた方向に舟を進めたのさ。でも、まさかいちばん始めに会った人が持ち主だとは思わなかったよ。」

 少年は嬉しそうにヴェールを持ち主へと返しました。スノゥがヴェールをつけ直すと、それはおさまりよく髪をつつみこみます。ヴェールの先が、緩やかな風にのってふわりと嬉しそうに揺れました。

「ありがとう。ほんとうに良かった。このヴェールには旅の思い出がいっぱい詰まっているの。」

 そういって、スノゥもまた嬉しそうに微笑みました。そして、少女のそんな笑顔を見て、少年は安心した顔でこう言いました。

「あっ、ようやく元気になったみたいだね。じゃあさ、そのヴェールが今の君の言葉なんだ。」

「これが、あたしの言葉、」

 スノゥは自分には必要な言葉が欠けているのだとばかり思っていましたが、実際は言葉のあることに気づかなかっただけなのです。ヴェールを見ると、旅の間のいろんな出来事を思い出すことができました。ヴェールと一緒に過ごした時間は、もうスノゥにしか分からないことではありません。楽しかったことも、悲しかったことも、みんな誰かに伝えられそうな気がしました。

「さっきの君の話、とても素敵だったよ。だから君はどんなときも安心して、そのヴェールと過ごした時間のことから話し始めればいいんだ。そうしたら必ずね、他の人たちはみんな自分の願いについて話してくれるよ。それでそのうちに、Planet-Aへ行きたいって人もたくさん見つかるさ。」




次へ


夏町 銅貨 <soga@summer.nifty.jp>