quasi-stellar radio girl



四月、新しい街から



「おはよう、長瀬ちゃん、」

瑠璃子さんの遠い電波で目が覚める。
部屋はまだ薄暗くて、
ビデオデッキの時計表示を確認すると、
AM5:00のディジタル。

僕は誘われるままに家を出た。
自転車で10分ほどの大学に辿りつくと、
早朝の構内にはやはり誰も居ない。
研究棟の屋上へ続く鉄階段を昇りながら、
僕はもうこの場所を何度も訪れたかのような
錯覚に捕われている。
瑠璃子さんの住む街を離れ、
東京の大学に通うようになってから一月、
彼女はきっとまだ、あの屋上に居る。

できるだけ古い屋上が良いのだと
瑠璃子さんは言う。
幾つもの時代を経て
人の想いを受けとめてきた場所のほうが、
電波は届きやすいのだ。

この壊れかけた屋上には
一本の枯れたアンテナがある。
正常な電波を受信できなくなったそれを、
僕はもう一つの電波を集める助けにしていた。

「ごめんね、長瀬ちゃん、
 早くに目が覚めちゃったの」

遠い街に住む瑠璃子さんの電波は
少し雑音混じりだったけれど、
それでも水のようなガラスのようなその声は
体に染み込んで透明に結晶してゆく。

会いたかったから構わないよ、と僕が応えると、
有り難う、と彼女は微笑んだ。


夜明け

誰もみな、誰かの声を聞いて目を覚ますから。
それは、友達の声、好きな人の声、
もしかすると、
その日、初めて会うことになる人の声。
ただ夜眠って、朝起きるだけのことなのに、
昨日と違う予感に満ちた。

ごらん、夕暮れでなくとも
薄暗がりの街に部屋の灯が点ってゆくのを。
瞼を上げるときのようにそっと、
夜明けの空にスイッチを入れて。

瑠璃子さんと同じ朝を、
瑠璃子さんと同じ屋上で
同じ空を見て過ごすことができるから、
晴れた日は屋上に昇って、
雨の日は川面を見つめて、
通り過ぎる雲や水の流れの中から
君の声を見つけることができるから、
大切なことを時の中に見失いがちな僕のために
いつもメッセージを送ってくれる君へ、
大きな深呼吸をして、辛いことを全て忘れて、
元気だよ、と返事をした。



-> Ch. 2: 屋上に棲まう星



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