quasi-stellar radio girl



屋上に棲まう星



短く切った黒髪の女子高生が一人、
屋上で煙草をふかしている。

屋上にセーラーで煙草とは、やたらとお約束めいた不良スタイルだと我ながら思う。けれども幸いにして、この学校に私と同じステロタイプは他にいなかった。そう思うと、私たちは意外に世の中の決まり事から自由なのだと感じられる。

だから、私はこの屋上が好きなのかもしれない。

あるいは、世の中に大人の視点と子供の視点とがあることを考えてみる。私たちは大人の体に成長してはじめて、子供の視点を知ることになる。私はその瞬間、今の半分の高さから世界を見る時代が自分にもあったのだと気づいて、二度と見れない景色を取り逃したことにひどく後悔を覚えた。体の変化は不可逆なのだ。

だけど、屋上を見つけた。屋上の視点は、大人の持つもう一つの死角だったのだ。だから私は、このはるか高い場所に立つとき、薄いブルーの空に沿って続く風景をいつまでも憧れをもって眺めることができた。


強い風が吹き始めたのは、昼休みも終わりに近づいた頃だった。校庭から戻る男子生徒たちが真下の校舎に吸い込まれてゆくけれど、屋上の私には誰も気づかない。街の雑踏にまぎれ込んだ子供に誰も気がつかないのと同じ、つまり、目の高さが合わないのだ。

だから、ギィ、と背後で戸の開く音がした時は心底驚いた。ちょうど下から吹く風に巻い上がったスカートを、あわてて押さえた手は見事に左手、それは煙草を持つ方の手である。

「ぎゃあ」

深緑の布地に灰色の跡が残った。

「だいじょうぶ、」

可愛い声で人影が言った。熱い灰をはたき落とした石の床から視線を上げると、さっき入って来たらしい少女がもう近くまで来ていた。

「ねぇ、ここには星が棲んでいるの、」

「はぁ、星?」

突然の奇妙な問いに私は間の抜けた声で応えてしまったけれど、少女はただニコリと笑っただけだった。胸の記章を見ると一応私よりも上級生、ということは高三であるにも関わらず、脈絡のない言葉とただ切り揃えただけの髪からは、とてもあどけない印象を受ける。

「・・・なんだか知らないけど、ノックもしないからびっくりしたじゃないか」

「叩いたよ、何度も。コツン、コツン、って」

文句半分、冗談半分のつもりが素で返されてしまう。でも、本当に叩いたよ、と拗ねたような表情を見せるから、なんとなく信じてやりたくなった。昼間に星は見えないにしても、その言葉が心の琴線に触れてくるのは、私が星を見るのを趣味としていたからだ。それに、私はどこかでこの少女に会ったことのあるような気がしていた。

「そっか、」

とだけ答えて、私は最後にもう一度、スカートが焦げていないかどうかを確認した。灰がこびりついている以外は大丈夫そうだったけれど、やっぱり驚かせた仕返しは必要だ。だから私は、懐から白い箱を取り出して言った。

「・・・なぁ、お前も吸うか?」

人形のような少女に煙草を吸わせるのはちょっとした見ものだろうという悪戯心もそこにあった。

「私は瑠璃子だよ。名字は月島だけど、今は星を探しているの」

お前、という言葉に答えたものだろうか、不思議にそのずれた答えが最も好ましいものに思えた。強い否定はなかったので、私はそのまま煙草を一本手渡してみる。

「私は太田香奈子。そうだな、強いて目的を言うなら・・・今は屋上人をやっている」

この少女の前では多少比喩めいたことを言っても良いと思えたから、私は変な理屈をつけて屋上の守をしている自分をそう呼んだ。屋上人というフレーズに瑠璃子が小さく頷いたから、少し、気が楽になった。

私は瑠璃子を風から守るようにして立った。次第に顔を近づけると、大きな目がじっと見つめてきて、かすかな少女らしい匂いと一緒に私を戸惑わせる。自分の吐息のヤニ臭さを少し恥じながら、瑠璃子がくわえた煙草の先に手をかざしてそっと火をつけると、遠くで始業べルの鳴るのが聞こえた。



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