(2)
「あ、サマになってる」 驚いた。幼いばかりに見えた少女が、大人の女の顔をして煙草を吸う。 この大人の女、というのは私の古い記憶の中の言葉だった。何かを失った女こそ、大人の女だ。女は愛情、そして愛の深さは失ってしまう怖さで計れるから、愛の完成とは本当に失うことなのだ、そう言ったらあいつは「香奈子ちゃん、そんな悲しいこと言わないで」と言って泣いた。手に入れることを知らなかったあの頃は、ただ失うしかなかったから、深い喪失感こそ美しいものであってほしかったのだ。そう分かった今もあいつに謝れないでいる私は、まだどこかで幼い悲しみに憧れてしまっている。 瑠璃子の横顔は、そんな風に美しかった。 星を探していると言っていたから、その星の指すものが瑠璃子の失くし物なのだろうか。 「・・・けほ、けほっ」 「ってなんだ、見た目だけか。無理して吸うもんじゃないよ」 自分が吸わせたにも関わらず文句を言ってから私は、瑠璃子から取り上げた煙草を代わりに吸った。結局、煙草からの連想は的外れだったかもしれない。けれど、せっかくだから私は詳しく聞いてみることにした。 「・・・で、星が一体どうしたって?」 「うん、星がね、電波を出すって聞いたから」 「電波、ねぇ。星じゃないけど、クェーサーとかのことじゃないのか」 星でない星、Quasi-stellarを略してクェーサー、宇宙にある強い電波源の中でも、この地球から最も遠くにある特別な天体だ。 「うん、確かそんな感じだったよ。詳しいんだね、」 「まぁ、これでも一応、天文部だからな」 とはいえ、幽霊部員であるのも確かだ。そもそも部に出るつもりがなかった訳ではない。しかし、ダブリ、つまり留年者というものは、なんとなく頼りにされるところは嬉しいけれど、気のおけない同僚がいないのは少し寂しい。だから結局、私は星を見るにしても、もっぱら個人活動ということにしている。 「それで、星が電波を出すのなら、電波を出す人は星だと思うんだよ」 そう言って瑠璃子が手を伸ばした先は、数十憶光年離れた天体を指す。それはかつて、電波を発するにせの星、とも呼ばれていた。 「電波を出す人間なんか知らないよ」 「でも、香奈子ちゃんは知ってるからここにいるんでしょう、」 「知らないってば。なら瑠璃子は知ってるって言うのか、」 一瞬、遠い目をしてから「知ってるよ、」とつぶやいた瑠璃子は、屋上のフェンスに手を掛けて空を見上げた。どうやら、さっきの私の想像は間違いではなかったらしい。 「・・・そっか。でも、そいつはもうここに居ないんだな?」 「うん、ここには居ないんだ」 それ以上の推測はできなかった。瑠璃子の星は、どこか遠い場所へ行ってしまったか、もう瑠璃子のことを忘れてしまったか、あるいは、もはやこの世にはいないのか。肩を抱いてやったら心なしか泣きそうな顔をしていたから、私はそれ以上何も言わないで、一緒に空を眺めていた。 そのうちに、もう一度、始業のべルが鳴った。 |