テレホンカードが100かぞえる速さで会話する.
携帯電話のなかった時代.病院で話をするのはたまの見舞いか,夜の電話か.ナースセンターの前に公衆電話があって,奈良から京都へ電話をかけた.
数字はみるみる減っていった.興奮して,ペットみたいに連れてきた点滴を逆流させながら,喋り続けた.
夜の病棟の廊下にしゃがみ込んで,布団のなかで電話してるようで可笑しかった.たぶん宿直の看護婦さんにぜんぶ聴かれてただろうけど,おかまいなしだった.
テレホンカードが100かぞえる速さで会話する.
携帯電話のなかった時代.病院で話をするのはたまの見舞いか,夜の電話か.ナースセンターの前に公衆電話があって,奈良から京都へ電話をかけた.
数字はみるみる減っていった.興奮して,ペットみたいに連れてきた点滴を逆流させながら,喋り続けた.
夜の病棟の廊下にしゃがみ込んで,布団のなかで電話してるようで可笑しかった.たぶん宿直の看護婦さんにぜんぶ聴かれてただろうけど,おかまいなしだった.
と呼ぶにふさわしいなぁ.いい絵.
千尋のもの言いも蓮治をミスリードしている.自分がいま頬を染める理由がその過去の日記を読んだからなのか,現在彼が傍でずっと優しくしてくれてるからなのかってのは分けられないと思うけど,文字に書かれてることのほうを彼女は優先しちゃうから,日記に書かれた過去を前提とした好きであるように,つい言ってしまうのね.日記以外に頼るべきものが少ないことの不安もあるだろうけど,文字偏重なのはたぶん事故以前からのこの人の性格.そもそも記憶は日記に写し取れない.文脈の大きく欠けた日記から彼女が自分の記憶らしきものを掴み取れるとすれば,それが恋心であるとすればなおさら,この人の自分を物語として見つめる素養の上にある話.
人物が発光するのもよいですね.こちらもいいとこ挙げ出すときりがないけど,含みをもたせた台詞やドラマを個別に見る分にはさして.若気な話をやる上では手筋かなというくらい.だけど全体としてのやんちゃ感は好き.今回だと,どんなけ情熱的な服の脱ぎ散らかし方やねんそれ,とか.僕はシャフトの絵づくりは嫌いなはずなんだけど,新房昭之じゃなくて大沼心だから見れてるのかなぁ.
いや,千尋可愛いからか.
藤井寺と吉祥寺をセットで.
胸が詰まって死にそうになるぎりぎりのライン.あまりストレートに琴線に触れるようなことがあると読んでて辛いから,だからこれは4コマでなければきっと最後まで読めなかった.そうでなければ途中で手放していたかもしれない.HRを4コマの形で僕と巡り合わせてくれた漫画の神様には感謝の言葉が尽きない.たぶん,何度でも,大事に読めるから.
HR ?ほーむ・るーむ? (2) (まんがタイムKRコミックス)
どこを採り上げても素敵であるのだが,p.38の「田山さんの字だ」とだけ.字はよいよなぁ,字は.
あとポエムとか.自由席.あと「ごめん」とか.いや,きりがない.
個人的な部分のうち語りやすいとこだけ書いておくと,その程度のチェックペンではまだまだ甘いね!と思った.助詞だけ残してすべて消すべし.
なんとなくカメラの悪口を言ってしまったような気もするが,カメラにもカメラの絵作りというものがある.
人物がふたり立って対話する様子を撮るときに,ふたりとも体を正面(カメラのほう)に向けて顔だけ横向いて対面してください,という指示が飛ぶのを見た.首が90度近く回るので喋ってる人間にとっては不自然だが,映像としてはそのほうが見映えする対話になるらしい.
あとこれはOさんに教えてもらったことであるが,チュートリアルの漫才も体を正面に向けて顔だけで対面して喋る.これは言われるまで気がつかなかった.一方,オール阪神・巨人の場合,基本,顔も正面(観客席)向けて喋るのね.漫才というのはふたりの掛け合いであるが,顔は対面してなくてもいい.
対話してる人物が顔も体も対面してたほうが判りやすいっていうのは,画面が細かく切り分けられた漫画やカット割りのある映像の話であって,変化の少ない書割の舞台上で話者に長時間スポットが当たる舞台演芸では見せ方が異なってくる.
ギャルゲーの場合,画面の中のウィンドウの数が増えたりカットインとかコマ割り(FFD)が出てくるほどに,舞台演芸の見せ方からは遠ざかることになる.
正面の立ち絵を並べて置くだけでも十分に対話である.別の向きの立ち絵や絵の大小やアニメーションを入れるというのは単に別の種類の対話を見せるというだけであって,対話らしさの優劣には繋がらない.しかし,たとえば賑やかにはなるかもしれない.明日君の立ち絵アニメーションについて言えばスムーズとか自然さといった印象を受ける.明日君のそれは立ち絵に限らない全体の印象でもあるが.
ギャルゲーの絵に時々感じてしまう印象としては,三次元の空間があって,その中にいる主人公の目の代わりに置かれたカメラの撮る絵が画面に映ってる,てのがあるけど,これはちょっと騙されてる分には問題ないけど文字通りに受け止めるとギャグになる.
というのはSNOWと暗黒SNOWがやって見せたことだった.対面してる相手の口から飛んだ米粒が顔にこびりつくときに,画面にいっぱい米粒がつくのであるが,これは人間の目ではなく目よりも口径の大きなカメラを置かなければそうはならない絵である(目に米粒はこびりつかない).雪玉が顔にぶつかる絵も同様だ.そこには主人公ではなくまんまカメラが置かれる.
暗黒SNOWで歩行とカメラを連動して見せたのも良かった.澄乃という人は数歩あるくたびに転ぶのであるが,顔を雪の地面にぶつけているのだろう,それに伴って絵のほうも真っ白になる.半分ギャグであるが,あれは澄乃という人を理解する上で欠かせない体験でもあった.映像作品でカメラに身体性を持たせること,つまりカメラの動きを人間の目の位置と動きに連動させるのは,特殊な効果を狙うのでなければやらない.人間の顔と目がじっと静止していることは普通ない.酔うってば.
カメラの在り処なんて忘れたほうがギャルゲーの絵は面白い.特に奥行きなんてのはべたっと描いても素朴な絵ができるだけだ.
これは一例に過ぎないけど,D.C.IIの見返り会話も明日君の歩行会話も,想像できる彼らの妥当な立ち位置を考えればありえない向きに空間が曲がってるのだけど,そっちのが面白い.キュビスムみたいに三次元の視点が二次元の絵に織り込まれていて,僕らの目にはそこに女の子が浮かび上がってる.
レンズ放り投げて
そして全て終わるはず
そしてきっと3秒よりも長く,少女を絵の中に留めて.
http://homepage2.nifty.com/~undine/08/dwl06.html#17
背中+片眼は里村.椎名については背中+後頭部はあるけど,片眼のがあったかどうかは自信ない.
ギャルゲーにおける空間の表現ていうのは女の子の可愛さに繋がるものであってほしい.いや,憎たらしさでもいいけど,なにがしかそれで女の子を描く足しになるんならいいんじゃないかな.
それはそうとして以下,空間全般というよりは会話の場面に限った話.
くるりと人のほうを見るときは,およそ目線,首,身体の順に回る.で,D.C.IIのは目線と首が回っただけで止めた絵で,背中が全部見えている.人間が見返り美人のような姿勢で止まることは稀なので,絵としても可愛いからああいう立ち絵になったのだと思う.あと首だけちょこっと回す動きの可愛さもある.
図版はこちらの2006/3/14参照.
http://circus.nandemo.gr.jp/sakuhin/dc2/omake/diaryrog.html
こんな風に前後ろに並んで帰る,ということはあまりなさそうである.つまりは会話の陣形を再現するものではないのだけど,しかし可愛らしい空間感覚であるよね,と思う.
明日君の歩行会話ももちろん会話の陣形を再現しようというものではなくて,横に並ぶより正面で跳ねててくれるほうが可愛いやん,というこれはこれでその通り.明日君の面白いところは背景がZ軸方向に流れるとこ.背景をX軸方向に流すと伝統的なTLSの下校会話になる.
http://jp.youtube.com/watch?v=qXscvtUnW58
顔が近い!
JAこま野の一パック.うまうま.
頑なに義之くんと登校するのを避けてたさくらさんが,P.S.では登校してくれますよ!
よいですね.
ときどき自分でも忘れそうになるけど,D.C.IIはアニメを見たのが先で,そこで雪村が気に入ったからPC版に手を出した.だもんで声としてはアニメのほうを先に聞いてるのだけど,順序には関係なくPC版のほうが印象深いです.
さすがに記憶からこぼれはじめてるので,覚えてることだけ.
大筋,由夢っち可愛い.この人はPC版では不機嫌,一方的,助平,と若気が三拍子揃ったような人なんだけど,助平のあたりがアニメではやりにくかったのか,くにゃくにゃする可愛い表情と堀江由衣の声とで反対方向に振ってる.音姉もそうだが変えるならこれくらい変えるがよろしい.
変えるというか,幼い頃の由夢の印象をそのまま引っ張るとアニメ版の由夢ね.彼女の周りの人たちは年少であるこの人のことをだいたいそんな感じで見ているのだけど,この人は少年の部分と青年の部分が両方あると思うよ.年相応にね.
アニメはこの人の魅力を押し広げたとは言えると思います.これまた音姉もご同様.僕としてはPC版のほうが好きだよという前提での話.
#5「失望の雪原」
予知能力というものがあるとして(ななかの接触テレパスもそうだったけど)本人の解釈が影響せざるを得ないだろう,という話.わざわざね,この人の予知が解釈の余地によって破れうるっていうのをもう#5の段階で示しちゃうのは,由夢が義之と一緒になれないという予知も破れるってことでいいのかしら.
スキーで遭難は美夏の持ちネタだけどここでは由夢に降りかかる.Imaginary Futureではななかが遭難してるので回り持ちだ,雨野さんの茶目っ気であろう.
朝倉家,芳乃家の兄妹がスキー超上手いのは,小さい頃に純一さんとさくらさんにたくさん連れてってもらったから.彼らの幸せな暮らしぶりを想像させる重要なエピソードだと思うが,僕の記憶が揮発したのでなければ確かアニメでは触れられてなかった.
#6「桜迷宮」
純一さん出てくるのが早い.まだ話が半ばである.最後だけでは唐突すぎるということだろうね.
これもまたシリーズ構成に布かれた本格的なさくらさんシフトを思わせる一因.
#7「変えられない夢」
PC版では義之が由夢のお祝いに参加できないのは音姉を看病していたことが原因である.これを他の事情に変えたのは作為的だわ.先に書いたように由夢の性格が違うのと,この先の話の展開上,由夢が音姉に対して複雑な思いを抱えている,ということを強調する必要がないのだろう.