★ 夜光性歌劇 ★ 3



3.

「おや、お前さん、街燈の影で遊んでいるね、」

突然、キノにかけられたその声は、とても嬉しそうな様子でした。声のする方を見ると、その主もやっぱり嬉しそうに微笑むおじいさんです。

「今晩は、おじいさん。いい夜だね。」
「やぁ、今晩は。いや、無邪気かと思えば、なかなかに大人びた挨拶をするじゃないか。」
「子供は楽しい時ほど、ちゃんとした挨拶ができるのさ。ねぇ、おじいさん、何かいいことがあったのかい。」

夜遊びしているキノくらいの年頃の子を叱らないおじいさんなんて、そうはいません。なかでもこのおじいさんの笑顔は、もしかするとさっきまでキノのように街路で踊っていたのかしら、なんてことを思ってしまうほど素敵なものでしたから、悪人であろうはずもありません。ですから、キノは精いっぱいの愛想をこめてそう尋ねることにしたのでした。

「いやなに、お前さんが影遊びをしているのを見て、嬉しくなってしまったのさ。」

ほっ、ほっ、ほっ、とおじいさんは笑います。キノは、上等学校に行くような子供が影遊びをするのは少し幼すぎると思いましたから、急に恥ずかしくなって顔を伏せてしまいました。

「なんだい、からかいに来たのかい。とっとと行こうぜ、キノ。」

フォルテが闇から顔だけ出して、おじいさんをにらみ付けました。

「おっと、勘違いしないでおくれよ。私が嬉しく思ったのは、それがいいことだからなんだ。なにも恥じることはないんだよ。大人だって、影遊びをするべきだとさえ私は思っているのだよ。たとえばほら、こっちへ来てごらん。」

すぐ先には街燈のない円い広場がありました。そこでは、中央の篝火が唯一の明かりで、広場を囲む商店の白壁には、ちょうどおじいさんとキノの影が映りました。ここへ来てようやく、フォルテもようやく闇から姿を現します。

「街燈で影絵は出来ないからね。」
「おじいさんは影絵師なんだ、」
「まあ、そんなものさ。さっきまで仕事をしていたところなんだよ。」

おじいさんは、鞄を腕に載せて、ステッキを巧みに動かしました。すると、影の方ではまるで、奏者がヴァイオリンを弾いているように見えるのでした。

「さぁ、今夜限りの楽隊だ。お好きな楽器をどうぞ。」

キノが帽子を手に取って、ぱっと手のひらを覗かせたなら、それはもう素敵なホルンで、突き出した指を吹き口に、自由に奏でることができました。おじいさんは今度はフルート奏者です。三人はそのまま広場を歩き出しました。篝火に近づけば、大きくなったキノの影は立派な大人に見えましたし、フォルテはさながら豹のようでした。

「まるでサーカスのパレードだ。」
「喰っちまうぞ、ガオゥ、」

そうするうちに月は位置を変え、篝火は次第に弱くなってゆきました。火とともに影は薄くなり、キノを寂しい気持ちにさせました。そろそろ出発しなくてはなりません。

「ところでお前さんたちは、これからどこへ行くんだい、」
「星のむすめを探しに行くんだ。ほら、この子だよ。」

そういって、キノはおじいさんにフィルムの欠片を見せました。

「ほぅ、星のむすめか。あれは言ってみれば、星がこの地上に落とした影。お前さんなら、きっと仲良く出来るだろうよ。」
「有り難う。でもどうしてそう思うの、」
「街では影絵やら幻燈機の興行が流行っているが、枠の中に映る影を見るばかりの者は、実際、影と話をすることはできんのだ。けれども、お前さんは枠の外に影を探しに出かけただろう、」

おじいさんはキノの頭を優しく撫でて、別れを告げました。今はもう月光だけの広場から去るおじいさんの姿は、ぼんやりとした影になって見えました。


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寿琅啓吾 <soga@summer.nifty.jp>