★ 夜光性歌劇 ★ 5
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5. 街外れには、遠い国から移り住んできた人々の粗末な小屋が並んでいます。ここに住む人々は街の光に寄り添う影で、街のなかでは影と親しいキノでさえも、ここでは一つの光となって、影の世界を乱しました。ここは、両親には行ってはならぬ場所だと言われていましたが、この際、関係ありません。そこには、キノにとって本当に大切な人が待っているかも知れないのですから。 目的の小屋は、とても入り組んだ路地の先にありました。例の集会はもう始まっているらしく、小屋からはうわさ通りにもの悲しい鐘の音や、女のすすり泣く声が聞こえます。その声はまた、誰かに何か語りかけているようにも聞こえました。キノとフォルテが恐る恐る、壁の隙間から中を覗いたとき、ちょうど別の女の声がしました。 「さぁ、奥様方。夜霧の魔術は儚いものにて、今宵の再会はこれまででございます。もしも、娘とのもう一たびの再会を望まれるならば、また次の機会にお越し下さい。」 その声の主は、ぞっとするほど綺麗な若い女でした。黒くつやのある長い髪が、同じ色のスーツと一緒になって、周りの光を吸い込んでいます。そうして、女はいっそう美しさを増すようでした。女はその切れ長の目で、集会の参加者をじろっと見渡すと、再び、散会を促しました。参加者はみな裕福そうな老女でした。先程からずっとすすり泣きをあげている老女は、小屋の奥にいる少女にまだ話しかけています。それはどうやら、自分の元へ帰ってきてくれだとか、自分がどれほどお前を愛していたかとかいう、どこか手の届かない遠くへ行ってしまった者に対する繰り言のようでした。奥の少女の姿を良く見ると、その全身はぼんやりと光っていて、煙のようにゆらゆらと揺らめいています。女がパチンと指をならすと、小屋の奥の明かりが消えて、少女の姿は見えなくなりました。するとようやく、老女たちは名残惜しそうに小屋から出てゆきました。 「おい、キノ。待てったら、」 フォルテの制する声も聞かずに、キノは小屋の中に入って行きます。部屋の奥には黒いスーツの女だけが立っていました。女の白い肌は薄暗がりの中に浮かびあがり、まるで亡霊のようにも見えました。
「これは可愛いお客様。御用はなんですか。」 キノの心を見通そうとするかのように、女の目がすっと妖しく細まりましたが、キノはそれには気付かずに、女の問いに答えました。
「さっきまでここにいたじゃないか。体にぼんやり光をまとった、金色交じりの瞳の少女だよ。」 小屋の奥がぼんやり明るくなると、そこにはキノの思う星のむすめがいました。星のむすめは優しくキノに微笑みかけてきます。けれどもその瞳はどこか頼りなげで、やはり何か手を貸してやりたくなるのでした。 「はじめまして、僕はキノ。君の名前は、」 その問いに答えるかのように、星のむすめのまとった光がゆらりと揺れました。キノは一呼吸待ってから、話を続けました。 「ねぇ、君はどうしてそんな悲しそうにしてるんだい。僕は君の力になりたくて、ここまで会いに来たんだよ。」 小屋には、いつの間にか低く単調な鐘の音が響いていました。その音に重なり合うようにして、ようやく少女の小さな声が聞こえてきました。 「あたしが悲しいのは、この街にあふれている偽りの影のせい。」 その声は、か細く、深い悲しみを帯びているように聞こえました。
「君は星の影だって、影絵師のおじいさんがいっていたよ。」 キノにとって星のむすめは真に希望の道に思えました。彼女を助けてあげて、できればずっと一緒にいたいとも考えていたのです。 「もしも、あたしを助けてくれるというなら、どうか話を聞いてほしいの。」 キノがうなずくと、少女は静かに語り始めました。 「人は光を道具とした時、同時に影をも道具としてしまったの。光は始め、燃え盛る木に宿り、蝋燭からランプへ、ついには街にあふれるガス灯に点った。けれども、光を自由にできるようになるにつれ、人は影を手軽ななぐさみとして、その真の意味を忘れていってしまった。希望とは、例えば命をかけた旅の果て、努力の末に、自らが大いなる影となった時、初めて見えるもの。幻燈で簡単に手に入る希望なんて、刹那的な喜びに過ぎないわ。そして、為すべき旅を忘れた者は、ただ堕落の道を歩むだけ。」
「じゃあ、僕の希望はただ逃げ出すための口実というの。」 星のむすめはそういって、キノに向かって手を差し伸べました。むすめと一緒に旅をするというのは願ってもない申し出でしたが、キノは迷っていました。キノはいつも、努力するのはいいことだと思っていましたが、だとすると、努力なしに簡単に手に入るものは、全て悪いものなのでしょうか。 けれども、むすめの瞳がまたふさぎこんだように見えたとき、キノはついむすめの手を取ってしまいました。すると、むすめは素早くキノに口づけをしました。むすめの瞳は悪戯っぽく輝いて、キノの心はどこか遠くへ飛んでいってしまいそうになりました。 その時です。小屋の窓から、黒い影が飛び込んできました。 「人の目ならともかく、猫の目はこんななものに惑わされないんだぜ。」 その影はフォルテでした。小屋の扉はキノが思わず閉じてしまったため、これまで入ることが出来なかったのです。フォルテは星のむすめに飛びかかりました。キノが止める間もなく、フォルテはむすめを爪でかきむしります。するとどうでしょう。むすめの姿は絵の具を混ぜたようにぐしゃぐしゃになって、白い煙の中に消えてしまいました。フォルテがもう一度飛ぶと、煙もどこかへ霧散してしまいます。やれやれという顔をしたフォルテの向こう側に、複雑な機構の幻燈機の置いてあるのが見えました。
「キノ、こいつは降霊術詐欺だ。」 黒服の女はいつの間にか幻燈機の横に立っていました。星のむすめは煙幕に映る幻燈で、その声と思っていたのは、実はこの女の声だったのです。女は低く笑っていいました。 「愚かなり、夜の享楽主義者よ。もはや、お前は私を忘れることが出来ない。刹那の快楽をむさぼる度に、罪の意識を抱き続けるが良い。お前に告げたことは全て本当のこと。そして、そのために私はここにいるのだ。」 女が続けて指を鳴らすと、小屋の中に強い風が渦を巻きました。キノはフォルテを抱きしめてやり過ごしましたが、風が止んだ時、もう女のいる気配はありませんでした。いまや真っ暗になった小屋は、キノの混乱した心の映したのか、黒くうねりをあげて見えました。 |