遥時3・朔,敦盛,将臣編

前に遥時3はいちゃいちゃ度が足りないと書いたが,撤回.文章はともかく絵のほうでは割とぺたぺた触ってまして,あたたかい.あとエンディングのスチルがどれもこれも素晴らしいので,いちいち見て回る価値がある.本編は戦乱の世ゆえあまり色気はないが,戦の終わったエンディング以降はなんのためらいもなく幸せそうな二人が描かれている.朔のは戦場ではありえないし,敦盛は本編中のどんよりした感じがなくただただ綺麗.敦盛は本編中では彼の事情を反映してか神子に触らないのであるが,最後にはぎゅっとしてくれる.将臣と望美は伝説となって二人仲睦まじく暮らしました.南方には平家の落武者や源為朝の話が伝えられている.だけど舜天王と無理に結び付けるとまた戦をすることになるので,これはどこかの南の楽園であると考えたほうがいい.おばあちゃん(二位尼),お父さん(将臣),お母さん(望美),息子(安徳帝)の四人で幸せに暮らしましたとさ,というのでいい.

残りは白龍,譲,景時,弁慶.


あと改めて書くけど,本編中の和歌についてもムービーとかスチル同様,コレクションできたら嬉しかった.解説つきで.

からくりからくさ

人形の魂はどこから来てどこへ行くのかというお話.冒頭,祖母を浄土まで送りに出かけた市松人形の「りかさん」の魂が,四十九日を終えても帰還しないところから話は始まる.蓉子という女性にとってこのことは切実な問題であったはずだが,お話の大部分ではこのことに直接触れられはしない.その話とは居間から始まって,庭へ出て,日本全国を巡り,果ては大陸をまたにかけ小アジアにまで至る工芸繊維の叙事詩である.つまり,ぐんと腕を伸ばして世界の幅を大きくとってそこに連想の模様を織り込んでゆくような回りくどい方法でようやく,魂というよく判んないものは指し示せるか,どうか,といったところなのだろう.
「Rozen Maiden」で真紅が語るような(http://d.hatena.ne.jp/imaki/20041129)人形はゼンマイが切れるとどうなるのか,という話であるようにも読める.
人形と人間とがお話をするという状況において,「からくりからくさ」や須藤真澄の「振袖いちま」に登場する市松人形と「Rozen Maiden」の球体関節人形とでは語りを可能とするための手順が異なっており,それは人形の身体構造に依存している.「Rozen Maiden」の真紅は融通のきくメカニカルな関節を持つため,ゼンマイを巻くことによってそれらが動作可能となったように見える.しかし市松人形は関節をもたない,あったとしても正座が出来る程度であり,りかさんが蓉子を手助け出来るということは魂について描くことによって示される.あるいは,いちまの場合は時々完全な人間の姿に化けさせることによって,人間のゆきと友達をやっていても不自然に見えないようになっている.
少年が突然やってきた小さなメカ人形たちと一緒に戦うことになる話というとまずはゴールドライタンを思い出すが,「Rozen Maiden」がロボットでなくお人形さんの話であるように思えるのはジュン君の裁縫の才能のおかげである.ここで挙げた三つの作品では人形が人間にちょっかいをかけられるようになるための理屈はそれぞれ異なっているが,人間の側から人形の世話をする方法は共通して彼女らの服を裁縫してやることである.なるほど,身体構造に関わらず,お人形さんといえば服を着ているものなのである.一方で人工物がロボットと呼ばれるとき,普通そのメンテナンスについては意識されるが衣装の世話をすることについてはあまり意識されない.
そういえば早見裕司の「少女武侠伝 野良猫オン・ザ・ラン」ではロボット少女がひらひらな服を着ており,ロボットというよりはお人形さんであるように見える(参考:http://imaki.hp.infoseek.co.jp/200401.html#23a).ここではロボットのようであることと人形のようであることとが上手に重ねられているように思う.

からくりからくさ (新潮文庫)

からくりからくさ (新潮文庫)

振袖いちま (1) 夢と野望の市松人形

振袖いちま (1) 夢と野望の市松人形

Rozen Maiden 1 (バーズコミックス)

Rozen Maiden 1 (バーズコミックス)

少女武侠伝 野良猫オン・ザ・ラン (EXノベルズ)

少女武侠伝 野良猫オン・ザ・ラン (EXノベルズ)

リリーナ・ピースクラフト

上の過程で掘り出したもの.
ガンダムWが待望の新OPに変わった頃で,それがえらく気に入っていたのでした.
======================================
・作成日
 1996/02/06.もう9年も昔の話である.
・原寸
 1705×1545.印刷用に.RAMが少ないので苦労したはず.
・制作環境
 - MacintoshQuadra650(68040/33MHz,RAM 20MB).PowerPCカード搭載.とはいえPhotoshopはまだPowerPCにネイティブ対応してなかった.プラグインによりフィルタ処理だけは高速化したけれど,絵を描く上ではあまり関係なかった.
 - Ezier Gray-J (INTERWARE).ハンドスキャナ.当時はフラットヘッドスキャナはまだ高価だった.腕を一定の速度でスライドさせるのが難しい.
 - ArtPad II ADB KT-0405-A (WACOM).A6タブレットのはしり.画期的な安さだったので早速買った.
======================================
今見ると花と茎とが繋がってないあたりで不安定な絵.
ともあれ昔は版権絵らしい版権絵をわりと描いてた.

僕の一番古いCGは1995年の年賀状として描いたもので,今年のお正月でちょうど十周年になる.昔は描くたびに絵柄が違っていて嫌だったが,今ではむしろそのほうが面白いと思っている.

新年会

久々にサークルの飲み会に参加.
7年前と同じ場所で7年前と同じ人たちと7年前と同じように話すことが出来るのが幸せだった.

カラオケではダ・カーポ特集と称して「サクラサクミライコイユメ」「空からこぼれたSTORY」を.そういえばこの二つは宮崎なぎさ繋がりでもある.

二次元を抱くということ

ToHeart2を買ったらナイロン製の包装紙が付いて来た.予約者のみの特典かと思っていたので思いもよらなかった.封を開けて目から鱗.なるほど,ドールでは達成し得ない圧倒的な二次元の質量感がありそうである.

Seventh Pleiad

すばる石 燃やしたら 星がはじけた

ねこもねずみも 驚いた
きつねとへびが 手を振った

わたしたち そこにいた

遠い昔の 星が生まれた

“Seventh Pleiad”
Zaurus SL-C3000 + CloverPaint 0.6.6
制作時間:12時間

Happy New Year 2005

あけましておめでとうございます

今年もどうぞよろしくお願いします.

年末から気分が悪かったのだけど今日ようやく風邪であることを確信した.

私「ここんとこ早起きだったせいか身体の節々が痛いねん」
姉「それ早起きと関係ないんちゃう」

意味不明な因果関係を持ち出すあたり全然判っていない.どう考えても風邪ではないか.普段無様な体調で生きているので身体がだるくても風邪のせいだということが判らない.恒常性というのはつまり身体の調子がおかしくなったときにそれと知るための基準であって,普段から不規則だと火急の異常事態と区別がつかないのである.この話を拡大してゆくとクリスマスのお祝いと年賀状書きはちゃんとするべきであるというエリスの話(「世界線の上で一服」(早見裕司))になるわけであるが,エリスの場合は理屈をこねる必要はなく,ただ女子高生と彼女に振り回される29歳で独身で小説家の男という二人の関係から織り成される語り口が,有無を言わさぬ説得力を持っている.この小説家のところは工学者とか研究者と置き換えてもオーケー.ずいぶん前からこの本のことは知っていたのによりによって読むのが29歳のこの時期というのが愉快である.

初詣は姉と中学一年の従妹と連れ立って春日大社へお参りした.従妹は演劇部に入ったそうで,部ではこれまで成井豊の脚本を一通りやっていたとかいう話から姉と一緒にキャラメルボックスの話をしながら歩いた.ちょうど「石のハートのアクトレス」(葛西伸哉)を読んでいたので,あめんぼ赤いなあいうえお,が北原白秋の詩であるという豆知識を披露し,彼女に「あ」から「わ」まで順番に唄ってもらいながら帰った.

身体の状態が酷いことに気付いたのはこのくらいからだったが,新年会があるのでそのまま京都・花心へ.グロッキー状態であったため団子より花の気分で,素敵ハカマーのお給仕さんを愛でることでなんとか意識を保った.料理はしゃぶしゃぶ.おいしかったがほとんど食べられなかった.いやほんと,花も団子もここに勝る場所はございません.

それで今,帰ったとこ.とりあえずお休みなさい.


世界線の上で一服 (ファンタジーの森)

世界線の上で一服 (ファンタジーの森)


石のハートのアクトレス (サークル文庫)

石のハートのアクトレス (サークル文庫)

ロボットをロボット並みに扱う優しさ.

「ねぇ……オバさん,何のために一子を作ったの? 人間と同じ形の機械なんて,どういう役に立つのよ?」
(中略)
「いや.まぁ,取りあえず造ってたらできちゃったっていうのに近いんだけど…….それでもいろいろ使い道はあるんだよ」

一子の生まれた理由が第一の説明としては「できちゃった」であって,そのあと取り繕うように介護だの試作機としてのデータ取得だのという話の出てくるところが好きである.本作においてロボットがロボットというものとして生きているように見えるのはまずはこのためである.

年末年始の予定

12/31午前 奈良へ帰る
1/2昼 奈良で姉と初詣
1/2夜 京都で新年会.そのまま残るか一度奈良へ帰るかは未定.

1/3夜までには京都に帰っている予定.1/4から出勤.

年賀状は鳩居堂で買った開明の万年毛筆が楽しくてそれで書いてしまった.何で書こうがどうせ下手字であるからペンよりも毛筆のほうが年賀状らしくて良いだろう.ワープロ手紙は好まない.

それでは今から帰ります.
みなさま,よいお年を.

年の瀬

例年は有明参りでせわしないが,今年は京都でゆっくりしている.街へ出かけて行ってものを売ったり必要なものを買ったりして過ごしている.
寺町通りを三条から北へ上ってゆくあたりは画廊や書画に関係するお店が立ち並んでいる.人気が少なくいつもはさっと通り過ぎるところであるが,気まぐれにお店の様子を伺いながらゆっくりと歩いてみた.すると一軒だけ非常に賑わっているお店がある.町屋風で狭い間口からはあまり中が見えなかったのであるが葉書らしきものがちらちらとしていたのでちょうど年賀状に良いかと中へ入った.そこが,鳩居堂であった.なんと熊谷直実(一ノ谷で平敦盛を討った武将)の子孫が始めたお店である.向かい鳩の紋形は先日鶴岡八幡宮で見てきたばかりであり,なんとまあ縁とは続くものであると思った.
いるのかどうか判らないものをしこたま買って帰ったが,そういう感覚を懐かしいと思った.昔,京都に居た頃は綺麗な紙や珍しい筆記具を好んで集めて回ったものである.身体は京都へ帰ってきたがまだ心は帰ってきていないのだ.帰ってくる必要があるのかどうかよく判らないが,一度は帰りたいという気がしている.

今年の前半は京都の街の懐かしさが手伝ってか昇り調子だったが,後半は前半の成果としてたまった仕事やら人間関係やらに押しつぶされた.一度いろいろ忘れてしまったほうがいい.
趣味に関しては,漫画やDVDやゲームは読み返さないもの以外は手元へ置かないことにしているため,紙袋3杯分ほど中古屋へ持っていったらほとんど4月の状態に戻ってしまった.残った漫画は山名沢湖だけで,今年は新しい作家が残ることがなかった.DVDは「劇場版」(大月アニメ三本)と「D.C.」(宮崎なぎさ)と「新白雪姫伝説プリーティア」(佐藤順一)のBOXが残っている.プリーティアが好きだとすると日曜の少女アニメを見ることができない理由は余計に判らなくなる.
今年好きだったゲームは「こなたよりかなたまで」(健速)と「Quartett!」(飯田和彦)で,気に入っている話が一本ずつある.こなかなの九重二十重という人はよく判らん組織に所属して一般人には想像もつかない任務についているらしいのであるが,人を好きになるにあたって相手が何者であるかということの説明を要さないその語り口がいい.Quartett!のシャルロットは若さの炸裂する本編と対照的な終局が好きだ.静かで豊かな暮らしぶりに憧れる.手元に残したゲームとしてはあとCLANNAD,Vision,六つ星きらり.
コンシューマーでは「Φ(ふぁい)なる・あぷろーち」(三浦洋晃)が圧倒的に良かった.2003年のゲームであるが今年プレイしたものとして「夏夢夜話」(水無神知宏,田中ロミオ)も印象に残っている.小鳥編は筋書きは良いのに文章が変に修飾されており読み辛かった.修飾とは絢爛さをもたらすものであるため童話に出てきそうな素朴な道具立てで綴られる本作の筋書きとはずれており,せっかくの筋の強さを損なっている.「遥かなる時空の中で3」(ルビー・パーティー)は今年プレイしたRPG(グランディア,英雄伝説VI空の軌跡)の中では一番好きだ.成長のペースが一定であることと,必要な敵に対して「狩り」ができるよう設計されているため育成にストレスがない.
小説は「婦系図」(泉鏡花)と「金色夜叉」(尾崎紅葉)に尽きる.この分だと「不如帰」も面白いだろうが来年に残しておこう.「一月物語」(平野啓一郎)は筋は覚えていないが藤原定家のくだりが薀蓄として役に立った.神託研究会(加茂斎宮)でポエムな式子ちゃん(式子内親王)は,元長柾木(まさき葛≒定家葛)と仲良し,などと覚える.
 玉の緒よ 絶えなば絶えね ながらへば 忍ぶることの弱りもぞする
「百人一首を楽しくよむ」(井上宗雄)という本による解説が面白い.式子内親王には何らかの恋愛体験があったのではなく「古典の深い素養によって恋の美の本質を把握し,それをすぐれた感覚によって形象化したものなのであった.」という.こういう回りくどさはほんとうに式子を思い出させる.
ノンフィクションでは「生態学的視覚論」(J.J.ギブソン).あまり本は読まないほうであるが,それでも数年に1冊,これという本に巡り合う.学部時代は「おはなし おはなし」(河合隼雄).僕のやっていることは未だにこの本のサンタクロースの話の語り直しであるように思える.修士時代は「比喩と理解」(山梨正明).想像の世界は言葉の使われ方に取り組むことによって指し示すことが出来るものだと知った.読んだ本はおよそ3年ほどたってからようやく身体に沁みてくる.今ちょうど空っぽなのは博士時代に手を動かすばかりで本を読まなかったためである.ギブソンの話も効いてくるのは数年後であろうからしばらく耐え忍ばなくてはならない.
CloverPaintについてはもはや信じられないのであるが今年作ったソフトである.どこにそんな力が.PDA用お絵かきソフトは既に一度MI系ザウルスで完成しているため,短い時間で最大の効果をあげるように作った.車輪の再発明に時間を費やすことは出来ないが,あともう少しだけ手をかけてやる必要がありそうである.
旅行・出張先は,木崎湖(長野),金沢,オランダ,箱根,鎌倉.え,そんなに行ってるの? どこも気に入っているが特に木崎湖の雪は良かった.金沢は泉鏡花記念館,オランダはゴッホの絵(糸杉のある道),箱根はすすき野原,鎌倉は何もかもが良かった.

今年はなんかしょぼくれた感じだと思っていたが,一通り挙げてみるといろいろやっていたようで少し慰められた.