舞台は東南アジア大陸部、スァイヌーム(澄水)の街。
六月にして気温は摂氏27度、湿度80%のモンスーン地帯にはいるこの街は、
貨物鉄道は毎日西から都へ物資を運んでいますが、何を運んでいるのかは知りません。
スァイヌームは今、大きく風景を変えています。
童話『星洋燈物語』より |
Prologue.
「魔女がふたり、同じ時に来るなんて珍しいねぇ。マスター:さて、皆さんがこの街に着いてから一週間が経ちました。 今日は土曜日で、いまは朝の十時頃。 薄雲がかった青空の下、みなさんは大門市場で買い物をしています。 南からの熱い風が体を撫で、肌は少々汗ばんでいますよ。
シン:「ふぅ、あついね。」
クアリ:「あついわねぇ、ちょっと・・・。」 シン:「よし、じゃあつぎは薬の材料を買いに行くぞ!」
マスター:するとその途中、右手の方に大きな植木市場が見えてきます。 ちなみに蘭はスァイヌームでは幸運をもたらす花といわれてるんですよ。
シルバス:「なかなか美しいミャア。」 シン:「すごいねぇ・・・ちょっと見ていかない?」 クアリ:「ええ・・・。」 シン:「よし、じゃあいこう!」 クアリ:「ま、まって・・・。」 シルバス:「あまり贅沢はしないようにミャア。」 シン:「だいじょうぶ。買わないで見るだけよ。」 マスター:スァイヌームでは蘭はあまり高くないけどね。 シン:「それに、わたし買っても世話しないから枯れちゃうもん(笑)」 シルバス:「いいや、わしが水をやるミャア(笑)」
エリー:「早いとこ引っ越しする先みつけて、花でも育てるニャア(涙)」 クアリ:「鉢くらいなら置けるけど・・・。」 マスター:目につくのは、いくつかの種類のカトレアです。最近洋人の国で人気があるらしくて、そのせいで、この街の市場でも頻繁に見られるようになったんです。 シン:いろんな人が花みてるんですよね?
マスター:ええ。周りを見渡すと、ふと、この花の風景の中にとけこんでいるような、そんな感じの男の子がいることに気づきますよ。年は5、6才くらいでしょうか、ひらひらがついていて高価そうな西洋の服を身につけてます。 シン:「ふ〜ん、あんな服もあるのねぇ。」 マスター:見るからに洋人の子供です。 シン:その子を見ていようか。 マスター:男の子はいろんな色の花を次々に指さしながら、
男の子:「父様、・・母様・・、ルビィに碧瑠璃、シリカ、サファイア、雲母、 マスター:といって悲しそうな顔をしています。 シルバス:「ご主人、あの子なんか妙だミャア。」 シン:「?」 クアリ:「あの子いったいなんのことをいってるの・・・?」 シン:なんとなく気になっちゃった。声をかけようかな・・・。 マスター:・・・とシンが思ったとき、皆さんの後ろから、声がかかります。
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グレイス:「あら、こんにちは! クアリにシン! それに、かわいい猫さんたちも。」
マスター:彼女の名前はグレイス=ブラウン。 シン:その教室に行ってることにしていいですか? マスター:ええ、この前の日曜日に参加したということで。教室はグレイスさんの白い洋式家屋の前庭です。その庭は一面が花で埋めつくされていたのが印象的でした。 シン:なるほど。それでは挨拶しましょう。 「あ、グレイスさん!」 エリー:「ニャア。」 シルバス:「ミャア。」 クアリ:「こんにちは・・・。」 グレイス:「・・・花? カトレアかしら・・?」 クアリ:「ええ、とても綺麗ですね。」 グレイス:「また私のお庭にいらっしゃいね。サーム・シーの花が開いたのよ。 あ、ちょっとまってて・・・。」 マスター:といって、彼女は少し向こうの屋台にゆきます。そしてすぐに紙包みを手にもどってきて、 グレイス:「・・・ケーキはどうかしら?」 シン:「わ〜い、もらいまーすっ!!」 クアリ:「え、いいんですか?」 グレイス:「ええ。」 マスター:それは紙包みにはいっている《カノム・クロック》というお菓子です。ココナッツミルクとお米の粉に砂糖と卵を混ぜて専用の型で焼いたもので、形はいわゆるベビーカステラに非常に似ていますよ。 シン:「シルバス、いる? 甘いけど。」 シルバス:「甘いものは久しぶりだミャア。」 クアリ:「エリーはこういうお菓子が好きなんだよねぇ。」といってちぎってあげましょう。 エリー:「ニャア、ニャア。」喜んで食べています(笑) シン:「グレイスさん、お花が好きなんですよね?」 グレイス:「ええ、そうだけど。」 シン:「じゃあ、買いに来たんですか?」 グレイス:「いえ、たまたま通っただけよ。・・・あなた方は?」 クアリ:「あたし達も、ちょっとお花が綺麗なんで・・・。」 シン:「うん、それで見に来たの。」・・・そういえば、あの男の子は? マスター:そうしている間に、いなくなっちゃいました。 シン:「あらら。」 クアリ:「・・・グレイスさんはこのあたりの花屋さんによく来たりするの?」 グレイス:「そうね。中華街の方にもよく行くけど、こっちにも来るわ。私の庭のお花はいろんなところからもらったりもしてるしね。」 シン:「中華街は食べ物がおいしいから好きさっ!」 シルバス:「でも、中華街は真っ赤っかだから嫌だミャア(笑)」 エリー:「この猫は好き嫌いが激しいニャア。」
シルバス:「貴女ほどではないと思うミャア。」 マスター:何か足元でニャアニャアいってるなあ・・・。 グレイス:「あら、猫さんたちもお花が好きなのかしら?」 シン:「・・いえ、何か別のことを話してるみたいですよ(笑)」 グレイス:「えっ、猫さんのいってることが分かるの?」 シン:「うん、魔女だもの!」ちょっと誇らしげ。 シルバス:「・・・でも、まだ半人前だミャア(笑)」 マスター:そうこうしていると、 クーラン:「こんにちは、グレイスさん。あ、彼女たちですか、あなたのいってた魔女さんは?」 マスター:白い半袖のシャツに半ズボン、頭にもこれまた白い布をふわりと巻いている13歳くらいの少年が後ろから現れました。彼は右手に小さな洋燈を持っています。 グレイス:「まあ、クーラン。お久しぶりね・・・ええ、そうよ、彼女たちが。」 クアリ:「グレイスさん、お知り合いですか?」 クーラン:「僕はクーラン、よろしく。」と手を出す。
シン:「よろしく!! リウィット・シン。」がしっと握手。 クアリ:「ク、クアリ=レファ=ナジムです・・・。」 エリー:「何か調子良さそうニャ、気をつけるニャア。」 クアリ:「え、そんな悪そうな人にはみえないけれど・・・。」 グレイス:「クーランは星の魔法を使うのよ。この前いってた星祭の。」
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星祭と星洋燈 スァイヌームでは毎年この時期に星祭が行われます。もともと、悪い精霊<ピー>から身を守ってくれるよう星に祈りを捧げるという、仏教とは関係のない土着の祭で、「星祭り」三日の間、玄関にロウソクを灯しつづけるという習わしでした。しかし時代とともに、ロウソクは洋燈にとって替わられ、祭の意味自体もいつのまにか変わってしまいました。 現在では、「星洋燈」と呼ばれる特別な洋燈に、「願い」とともに灯が点されます。そうすると、祭の最後の日に灯火は「願い」をのせて夜空へ昇り、かなえられるといわれています。 この古くはロウソク、現在では星洋燈に灯を点すものを「星魔法使い」と呼びます。星魔法使いの魔法で点された灯火だけが願いをかなえる力を持つそうです。
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マスター:ちなみに今日は星祭りの1日目です。 クアリ:「こんなところでのんびりしていていいんですの?」 クーラン:「いやあ、僕はまだ・・・」 シン:「すごいねえ、13才って、わたしたちと同じくらいだけど、でも、それで魔法つかってるんだねえ。すごいね、感心しちゃうよ!」 クーラン:「(困ったように)ちょ、ちょっとまってよ・・・。」 グレイス:「今度の星祭りで、貴方も一人前になるのかしら?」 クーラン:「・・・大丈夫なのかな、まだ分からないんだ。」 クアリ:「・・・あたしたちとおなじ見習いだったの。」 シン:「どうして見習いなの?」 クーラン:「いや、ちょっといろいろあってね・・・あ、そうだ。ねえ、君たち、街の洋燈を見てゆかないかい?」 エリー:「占いは夕方からが本番だから時間はあるニャア。」 クアリ:「ええ。」 シン:「うん、いいよ・・・あ、途中で薬草買っていってもいい?」 クーラン:「いいよ。」 クアリ:「それじゃあ、一緒に行きましょうか。」 エリー:「行くニャア。」 クアリ:「こらこら、エリー。走らない!」 グレイス:「それじゃあ、またね。」 シン:「あした、お邪魔します!」(日曜日の教室がある。)
マスター:それでは、薬草を買ってから、街の主幹道路の方へ行きます。
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