最終日記彼女 final lap

(c)曽我十郎, 夏町銅貨 & 寿朗啓吾 since 1996

何度だって、ぐるぐる回るさ。大好きな二つの話について。

ねがぽじ (アクティブ)

私たちは誰かを分けて隔てるような状況によく出会うから、そういう話には敏感になる。だから、嘘が書いてあるとすぐに分かる。あるいは、まひるという子がいて、百の態度と千の言葉でもって愛や理解を伝えても、その子はますます不幸な状況に陥ってゆく。逆に、美奈萌という子は勘違いばかりでまひるのこと全然わかってない様子なんだけど、美奈萌とまひるの最後が一番しあわせそうに見えた。そんなさかさまにも私たちは慣れっこで、だから本当か嘘かよく分かるのだ。この話には、分け隔てや転倒の中に嘘がなかった。だったらどうして、美奈萌とまひるはしあわせになれるのか? 正統な理由はどうにも見つからないのだけど、だからこそ私は美奈萌という子が好きなのだと思う。

青い鳥 (PANDA HOUSE)

アルバムの写真を繋げてゆくように、季節の中で、情景の中で、たとえば誰かといっしょの夜は特別で、気分がハイになったりしたときのような支離滅裂さで、物語は生まれてくる。仕事に煮詰まって逃げだした男が田舎の街にたどり着く。その街で、学生時代の思い出の断片が作られてゆく。誰かといっしょにいたかった。そして、これからも誰かといっしょにいたい。夢かうつつか分かんないんだけど、そんなことどうでもいいじゃない。過去であれ今であれ、ともかく出会えたってことがラッキー。逃亡兵であるという泣かせる設定が思い入れ深くするし、そんな心弱いとき、話を徹底的にバラバラにして女の子しか残さないところがまたいい。

あとPDA関係で著しくやる気を無くすことがあったので、てのひらを停止します。一部、すのこにマージするとは思いますが、不便かけます済みません。それではまた、どこかでお会いいたしましょう。

最後にもう一項目だけ書いて終わります。(2001/9/1)



アンテナ: [sunoko]
最終日記彼女 2nd lap: [the Last]
2001 [8月/]

contextless red:1801 [3月][4月]; 2001 [4月][5月/][6月/][7月/];
最終日記彼女:2000 [4月][5月][6月][7月][8月][9月][10月][11月/][12月/]; 2001年[1月/][2月/][3月]



2001/9/2

古い写真を見るとようやく気づくのだけど、四葉はこの一年でほんとう大きくなった。しばらくすると普通に知恵もついてきて、兄だとか父だとかのことを普通にうっとおしく思い始めるだろう。だから今のうちに、思う存分なでてあげたい。頭がすり減ってしまうくらいに。そんな風にやりすぎの私に、今はまだ、彼女はいぶかしげな顔をしてこちらを見上げるだけなのだろうけれど。平山さんによる、鈴凛が「外界に目を向けて」いるという感じ取り方であるとか、「兄がガツンとそのへんを言ってやることを想像したら」「実社会の目が加わると」のあたりのものの見方が、とても好きです。とか私みたいなのに言われても気味悪がられるだけのような気がするので書きにくかったのだけれど、最後だから書いてしまいましたごめんなさい。たとえば私が不忍池の端で四葉のことを考えていたとして、その時に、池に吹く清涼な風やそこに憩う人々のことと四葉のこととをどうして分けて考えることができるだろうか。なにせ私はそのときまさに、不忍池の端に佇んでいるのだから。私にフィクションへと近づくつもりが毛頭なくても、フィクションの方が私のいる場所に近づいてくる。それほどまでに私の住むこの世界の引力は強く、何を混ぜてしまっても平気な顔でいられる溶媒だと思う。フィクションに入って行くのとフィクションを受け止めるのとは違う気がしている。平山さんの受け止め方というのはこれ以上うまく言葉にできないのだけど、悔しいくらいに自分自身と彼女らに対して真摯だと思う。四葉は今が可愛い盛りだ。鈴凛が留学とか言うのは心から応援したくなる。私の場合、とくに咲耶は年相応の色気づいた方向性で頭悪いというところが、私の暮らしのなかにはごく自然に溶け込んで来てくれる女の子なんで、やっぱ方法に共感できるからといって結果は同じにならないんだけど、それでも根っこの部分で好きです。

「そしてキミに会いに行く」(高橋なの)については、久しぶりにキャラクターという言葉を使って話そうと思う。APCでの連載の頃だけど、私はあの話がとても怖かった。私たちの世界の人とフィクションのなかのキャラクターとの間に生まれた子供の体は、次第に水晶になってゆくのだという。あいの子供、クリムゾンの水晶化した目があらわになった時、言葉にできない恐ろしさを感じた。体がそんな風に変化してしまうっていうのは嘘とか気のせいだと否定できないことであって、フィクションがこの世界に影響しえた、ということが身に迫る脅威として感じられたのだと思う。その怖さを自分のなかへと受け止めきるためには、私は、体の結晶化する少年、星のむすめと人の魔術師のあいの子供の話を書いて、RPGのセッションとして誰かと一緒に消費してもらうしかなかった。B-Roadsな人なら知っているかもしれない。名を「星影拾遺」という。RPGの話になるとあられもない自分語りになります。以下しばし。

セッションあるいは京都の町を誰かと散策するなかに、フィクションの怖さを投影して自分のものにしてきた。話をしたり町のなかへ埋め込んでゆく過程で、フィクションは社会化されて私にとって受け止めやすい形で還ってきた。だけどそれはいたちごっこだったらしく、循環する機関は時とともにどんどん大きく速くなって、私はいつだって前よりもずっと長い話を作らなければ消費できないくらいのものを抱えるようになっていた。

破裂しそうになって、RPGから離れて、友人から勧められたONEの、茜の話に酷く傷ついて、それからまたフィクションとの付き合いが始まった。そういうONEの話の文脈のなかで、雪駄さん「そしてキミに会いに行く」のことに触れておられたのは、時の巡る思いがしたのでした。

エドガーだって、メリーベルだって、シャアだって。そして、長森、舞、sense offの椎子。さいきん私が思うのは、たしかに思い出に支えられるという言い方があるのだけれど、思い出にさえ心が届かないくらい空虚な時がある。過去の思い出そのものも何かに支えられて生まれてくる。それはたぶん、今、現在の時に支えられて会いに行かなければ、ほんとうの思い出とは出会えないということなのだと思う。

拝見して以来ずっとそんなことを考えるきっかけとなった雪駄さんが帰ってきて下さって、とても嬉しかったです。



さて、私がWebpageを閉じようとしているのは四葉たちを今みたいな枯れた庭に住まわせたくないからであって、そもそもそんな庭には彼女たちは住まない。たとえば池の端へ散歩しようが彼女たちには会えなくなってしまう、そんな時が近づいていると思うからである。庭は一度閉じて、根気よく手入れしてゆくしかあるまい。あとザウルスのことについては、本来一年前に様々の責任から閉じるべきだったのだけど、放ってしまうのは余計に無責任に感じられてザウルスコミュニティからは一歩引く形で続けてきた。夏町としてはPrismPaint3.0(おそらくはVGAザウルスの限界点)までを残しておいて、その後のことは全く別の場所に譲ると思う。昨日書いたことはきっかけではあったけれど、あまり本質ではなかった。



気まぐれな日記を根気よく読み続けてくださった皆様へ。どうも有り難うございました。もしも、みなさまと一緒に過去とか現在とかうそとかほんととかを旅できていたならば、私はとても幸せでした。また必ずどこかに帰ってきますんで、それっぽいやつを見かけて、まだなんとなく気にして下さっていたりすることがあったら、声を掛けてやってください。



蛇足ではあるんですけど、わりと古い童話にこういうのがありました。いろいろ言ってはいるけれど、つまりは、映像を愛することはわけもなく幸せであってほしいと思っていた。いまでもまだ、そう思います。

それでは、また。




1.

「今夜はどうも目がチカチカする、」

そう言いながらキノは、くぃ、と目をこすりました。しばらくしてまた薄暗がりの中でもぞもぞ動いた少年は、今度は布団から出てきてベットの縁に座りこんでしまいました。キノの通う上等学校は、一年生が朝の奉仕をする決まりでしたから、明日も早くに起きなくてはなりません。けれども、その夜はどうにも不思議に目がさえてしまって、寝つけないでいたのでした。

月明かりの差し込む窓辺では、黒い猫が夜空を見上げて歌っていました。

「夜のしじまに心澄ませば、
 星降る音が聞こえてくるよ。

 とおく、点く星の音、
 ちかく、降る星の音、
 わたしをつつむ、優しい夢は、
 星のむすめの護りの手。

 夜のしじまに心澄まして、
 はるかの淵で眠りにつくよ。」

歌い終えると、短く星が流れました。

「フォルテ、やめてくれよ。子守歌なんて一体どこで覚えたのさ、」
「なんだよ。歌う猫、フォルテに知らない歌はないんだぜ。俺の歌で眠れるなんて、お前は街一番の果報者じゃないか。」
「君の歌声は繊細さに欠けるんだ。余計に眠れなくなるよ。」

キノはもう無理に眠ろうとするのをやめて、枕の下から取り出した青いフィルムの欠片を、満足そうに窓へかざしました。

「何だい、最近ご執心のようだね。」

フォルテは回り込んでキノの肩に飛び乗ると、興味津々、一緒になってフィルムをのぞき込みました。月光にも透けて見えるほどの薄膜には、じっと見ていると、全身にぼんやり光をまとった少女の姿が浮かび上がります。少女の髪は光のすじで、体には薄いヴェールを羽織っているだけでした。そして、金色交じりの魔法の瞳が、まるい顔にたいそう可愛らしく収まっていました。

「幻燈のフィルムさ。幻燈師のおじさんに無理を言ってもらってきたんだ。」
「余程しつこくつきまとったんだろうね。」
「真摯な思いが通じただけさ。僕は絶対、この子を助けてあげるんだから。」

キノはランプを点けて、厚紙造りの幻燈機にフィルムを差し込みました。白い壁に映し出されたのは、幻燈師いわく、星の世界からこの地上に落ちた星のむすめの姿でした。少女の微笑みはキノをほうっと見とれさせましたが、ランプの炎とともに揺れるその姿はまるで泣いているようにも見えて、キノの胸をきゅっとせつなく締めつけます。三日前に幻燈の興行で初めて見た時から、キノはこの少女のことが頭から離れないでいるのでした。

幻燈師は実際、この少女に会ったのだと言います。会ったとはいっても、一瞬、姿を見せただけで、すぐにどこかへ消えてしまったらしいのですが、少女の残した光の影が、写真の原理で偶然フィルムに焼き付いたのだというのです。ですから、キノはその星のむすめに会いたいと思いました。そして泣いているわけを聞き、なんとか力になってやりたいとも思ったのでした。

「眠れない夜には丁度いいかも知れないね。行こうよ、フォルテ。」
「こんな時間にどこへ行くのさ、」
「君がこの前いってた集会の処へ、さ。星のむすめを捜す唯一の手がかりだよ。」

キノは大切なフィルムを胸のポケットに入れて、焦げ茶色の靴に足を突っ込みました。あとは温かい上着と帽子さえあれば準備完了でした。




2.

街の猫たちの間では、不気味な集会のうわさが流れていました。その集会は、毎晩きっちり午前零時になると街外れの掘っ立て小屋で開かれ、小屋の中からは、低くもの悲しい鐘の音や女のすすり泣く声が聞こえてくるのだといいます。そして、小屋の中には淡い光をまとった不思議な少女がいるとも言われていました。こんな不気味な様子の小屋にはどの猫もあえて近づこうとはしませんでしたが、キノはその不思議な少女のうわさ話がまるで星のむすめのことのようなので、自分の目で見て確かめようと思ったのでした。

窓から家を抜け出したキノとフォルテは、午前零時の集会を目指して歩き始めました。道案内のフォルテが、くるりと振り返って言います。

「前もって言っておくがね、何か怖いことがあっても俺は助けてやらないぜ。」
「今夜はね、なんだか闇さえ見通すようで、何も怖くはないんだ。一体どうしてだろう、」
「さぁな。いつも星ばかり見てるから、目がやくざになっちまったんだろうよ。」

この夜のキノでなくとも、街の闇は昔ほど人を恐れさせるものではなくなっていました。大通りはいつも街燈に照らされていましたし、夜も早い時間なら軒先にランプを掛ける家がありました。かつては夜に生きるいのちが闊歩した闇の街も、いまや人間のものとなったのです。日が落ちても、街路からはしばらく人通りが絶えません。その一方で、夜のいのちたちはひっそりと街燈の光を避けた路地の暗がりで、古の踊りを星に捧げているのでした。

キノの影は周りの街燈の数だけ足元から伸びています。靴を縁取る最も黒い影は月の影で、その他の影たちは薄く、キノが走ると狂った時計の針のようにくるくる回りました。街燈は夜の町並みの彫りの深いところを一層暗く浮かび上がらせて、まるで昼の街をジオラマにしたように見えます。キノはジグザグに走ったり、踊ってみたりして、ジオラマの街に影を遊ばせました。一方のフォルテの姿は街路に見あたりませんでしたが、この黒猫がキノにつかず離れずいるというのは、金色に光る眼が建物の影をすばしっこく走っては急に立ち止まったりしていることで分かりました。

「ねぇ、フォルテも遊びながら行こう、」
「やだね。俺は街燈の明かりが気にくわないんだ。それより急ぐんじゃなかったのか、」

猫は夜のいのちの血を色濃く残しています。それも黒猫ならば、なおさらのことでした。

「午前零時までにはまだ時間があるよ。」

そういうと同時に、キノの薄茶色の髪がぴょんと跳ね上がりました。街燈の光を反射して闇に浮かびあがったその金の糸は、キノを人間でも夜のいのちでもない、新しい生き物であるかのように思わせました。




3.

「おや、お前さん、街燈の影で遊んでいるね、」

突然、キノにかけられた声は、とても嬉しそうな様子でした。声のする方を見ると、その主もやっぱり嬉しそうに微笑むおじいさんです。

「今晩は、おじいさん。いい夜だね。」
「やぁ、今晩は。いや、無邪気かと思えば、なかなかに大人びた挨拶をするじゃないか。」
「子供は楽しい時ほど、ちゃんとした挨拶ができるのさ。ねぇ、おじいさん、何かいいことがあったのかい。」

夜遊びしているキノくらいの年頃の子を叱らないおじいさんなんて、そうはいません。なかでもこのおじいさんの笑顔は、もしかするとさっきまでキノのように街路で踊っていたのかしら、なんてことを思ってしまうほど素敵なものでしたから、悪人であろうはずもありません。ですから、キノは精いっぱいの愛想をこめてそう尋ねることにしたのでした。

「いやなに、お前さんが影遊びをしているのを見て、嬉しくなってしまったのさ。」

ほっ、ほっ、ほっ、とおじいさんは笑います。キノは、上等学校に行くような子供が影遊びをするのは少し幼すぎると思いましたから、急に恥ずかしくなって顔を伏せてしまいました。

「なんだい、からかいに来たのかい。とっとと行こうぜ、キノ。」

フォルテが闇から顔だけ出して、おじいさんをにらみ付けました。

「おっと、勘違いしないでおくれよ。私が嬉しく思ったのは、それがいいことだからなんだ。なにも恥じることはないんだよ。大人だって、影遊びをするべきだとさえ私は思っている。たとえばほら、こっちへ来てごらん。」

すぐ先には街燈のない円い広場がありました。そこでは中央の篝火が唯一の明かりで、広場を囲む商店の白壁にはちょうどおじいさんとキノの影が映りました。ここへ来てようやく、フォルテも闇から姿を現します。

「街燈で影絵は出来ないからね。」
「おじいさんは影絵師なんだ、」
「まあ、そんなものさ。さっきまで仕事をしていたところなんだよ。」

おじいさんは鞄を腕に載せて、ステッキを巧みに動かしました。すると、影の方ではまるで奏者がヴァイオリンを弾いているように見えるのでした。

「さぁ、今夜限りの楽隊だ。お好きな楽器をどうぞ。」

キノが帽子を手に取って、ぱっと手のひらを覗かせたならそれはもう素敵なホルンで、突き出した指を吹き口にして自由に奏でることができました。おじいさんは今度はフルート奏者です。三人はそのまま広場を歩き出しました。篝火に近づけば、大きくなったキノの影は立派な大人に見えましたし、フォルテはさながら豹のようでした。

「まるでサーカスのパレードだ。」
「喰っちまうぞ、ガオゥ、」

そうするうちに月は位置を変え、篝火は次第に弱くなってゆきました。火とともに影は薄くなり、キノを寂しい気持ちにさせました。そろそろ出発しなくてはなりません。

「ところでお前さんたちは、これからどこへ行くんだい、」
「星のむすめを探しに行くんだ。ほら、この子だよ。」

そういって、キノはおじいさんにフィルムの欠片を見せました。

「ほぅ、星のむすめか。あれは言ってみれば、星がこの地上に落とした影だ。お前さんならきっと仲良く出来るだろうよ。」
「有り難う。でもどうしてそう思うの、」
「街では影絵やら幻燈機の興行が流行っているが、枠の中に映る影を見るばかりの者は、ほんとうに影と話をすることはできないのだ。けれども、お前さんは枠の外に影を探しに出かけただろう、」

おじいさんはキノの頭を優しく撫でて、別れを告げました。今はもう月光だけの広場から去るおじいさんの姿は、ぼんやりとした影になって見えました。




4.

街外れに近づくにつれ、街燈はまばらになってゆきます。全体に暗がりとなった道は、街燈に照らされたところだけ明かり窓の開いた廊下に見えました。キノは目がチカチカする度に、胸のポケットにあるフィルムが力をくれるように思いました。おかげで、この暗さが少しも怖くはありませんでした。

キノとフォルテが大きな建物の影を抜けたとき、突然あたりが眩しく光り、ボシュッ、と大きな音がしました。一瞬、キノとフォルテの驚いた顔が闇の中にくっきりと浮かび上がります。

「夜光性の子供とは、とんだ収穫だ。」

そういいながら明かりの中に現れた男は、くしゃくしゃの上着に伸ばし放題の髭で浮浪者のように見えました。けれどもよく見れば写真機を提げていましたから、男は写真屋で、さっきの光は夜間撮影のマグネシウムだったのでしょう。

「いきなり写真を撮るなんて、いい趣味じゃないね。」

驚いたせいで、キノの声は少しうわずっていたかも知れません。

「動くんじゃない、上手く映らないじゃないか。オマエ、闇を恐れぬが、光は怖いのだな。やっぱり夜光性の症状だ。もう逃がさないぞ。」

男はそういってニヤリと笑うと、また写真機を構えました。なんだかおかしな写真屋です。

「さっきから何だい、ヤコウセイって。」

「オマエタチは、星にやられてしまったのだ。月光主義者の変種よ。人は闇夜を恐れるものだが、オマエタチ、夜光性の人間は恐れることがない。その心に持っている星がオマエタチに力を与えている。」

キノにはこの写真屋のいうことが良く分かりませんでしたが、意外なことに、フォルテがそれを説明してくれました。

「夜が更けはじめたら、俺たちはふっと空を見上げて、静かに歌を歌うんだ。すると、星は遥か彼方から、ほんの少しのきらめきを残して、俺たちの心に転がりおちる。」

フォルテが写真屋からキノへ視線を移した時、キノはフォルテの瞳の奥で小さな星が光ったような気がしました。

「そうだ、黒猫め。それは夜性の生き物の理。しかし、近頃、星を受けて夜を彷徨する人間どもがいる。そいつが夜性の人間だ。猫はまだしも、人間が星を持つことなど畏れおおいぞ。俺はオマエタチの心にある星を写真で捕らえてやるつもりなのだ。」

キノは、そう言って迫ってくる写真屋の手の先からひょいと横に飛んで逃げました。

「僕には心当たりがないよ。だいたい、貴方こそ夜光性じゃないのか。」
「おとなしくしろ。写真機はいつも影を吸い込むのだ。星影を捕らえるのなぞ、たやすいことだぞ。」

写真屋の男は、なおもキノに近づいてきます。

「切って離せるような影はほんとうの影じゃないさ。例えば、あんたのはどうかな、」

キノは男に体当たりをして、写真機を奪い取りました。そしてすかさず、相手に向かってシャッターを切りました。するとどうでしょう、パシャッ、とシャッターの下りた瞬間、写真屋は黒いけもののような姿へと変わってしまいました。そして、ころん、ころん、ころん、とキノの中で何かが転がるような音がすると、それを聞くやいなや、その写真屋だった黒いけものは街の暗闇の中へ逃げ去ってしまいました。

「俺たち猫は、夜のいのちの反逆者。いつも奴らに付け狙われている。地の星の転がる音は、彼らを退散させる呪文なんだ。」

再びフォルテがいいました。キノはやっぱり写真屋のいうような夜光性なのでしょうか。フォルテはなぜだか上機嫌で、得意の歌を唄いながらキノの前を歩きました。

『宵の星がころがるよ、
 ころん、ころん、ころん。
 街角、夜露の精のなか、
 みずうみ、野生のもののなか、
 歌を愛する猫たちのなかへ。

 夜のいのちを追い立てろ、
 たん、たん、たん。
 街角、路地の影のなか、
 みずうみ、緑の水のなか、
 星の音響かせ、闇夜のなかへ。』




5.

街外れには、遠い国から移り住んできた人々の粗末な木の小屋が並んでいます。ここに住む人々は街の光に寄り添う影で、街のなかでは影と親しいキノでさえも、ここでは一つの光となって、影の世界を乱しました。ここは、両親には行ってはならぬ場所だと言われていましたが、この際、関係ありません。そこには、キノにとって本当に大切な人が待っているかも知れないのですから。

目的の小屋は、とても入り組んだ路地の先にありました。例の集会はもう始まっているらしく、小屋からはうわさ通りにもの悲しい鐘の音や、女のすすり泣く声が聞こえます。その声はまた、誰かに何かを語りかけているようにも聞こえました。キノとフォルテが恐る恐る、壁の隙間から中を覗いたとき、ちょうど別の女の声がしました。

「さぁ、奥様方。夜霧の魔術は儚いものにて、今宵の再会はこれまででございます。もしも、娘とのもうひとたびの再会を望まれるならば、また次の機会にお越し下さい。」

その声の主は、ぞっとするほど綺麗な若い女でした。黒くつやのある長い髪が、同じ色のスーツと一緒になって、周りの光を吸い込んでいます。そうして、女はいっそう美しさを増すようでした。女はその切れ長の目で集会の参加者をじろっと見渡すと、再び、散会を促しました。参加者はみな裕福そうな老女でした。先程からずっとすすり泣きをあげている老女は、小屋の奥にいる少女にまだ話しかけています。それはどうやら、自分の元へ帰ってきてくれだとか、自分がどれほどお前を愛していたかとかいう、どこか手の届かない遠くへ行ってしまった者に対する繰り言のようでした。奥の少女の姿を良く見ると、その全身はぼんやりと光っていて、煙のようにゆらゆらと揺らめいています。女がパチンと指をならすと、小屋の奥の明かりが消えて、少女の姿は見えなくなりました。するとようやく、老女たちは名残惜しそうに小屋から出てゆきました。

「おい、キノ。待てったら、」

フォルテの制する声も聞かずに、キノは小屋の中へ入って行きます。部屋の奥には黒いスーツの女だけが立っていました。女の白い肌は薄暗がりの中に浮かびあがり、まるで亡霊のようにも見えました。

「あら、これは可愛いお客様。御用はなんですか。」

女はひと仕事終えたという風で肩を楽にしながら、少しからかうようにキノに尋ねましたが、このときのキノには女のそうした様子は分からなかったかもしれません。

「星のむすめに会わせてほしいんだ。」
「まぁ・・・それはどんな娘なのかしら。」

キノの心を見通そうとするかのように、女の目がすっと細まりましたが、キノはやっぱりそれには気づかなかったのでしょう。

「さっきまでここにいたじゃないか。体にぼんやり光をまとった、金色交じりの瞳の少女だよ。」
「ああ、そうだったわね。ほら、その子だったらここにいるわ。」

小屋の奥がぼんやり明るくなると、そこにはキノの思う星のむすめがいました。星のむすめは優しくキノに微笑みかけてきます。けれどもその瞳はどこか頼りなげで、やはり何か手を貸してやりたくなるのでした。

「はじめまして、僕はキノ。君の名前は、」

その問いに答えるかのように、星のむすめのまとった光がゆらりと揺れました。キノは一呼吸待ってから、話を続けました。

「ねぇ、君はどうしてそんな悲しそうにしてるんだい。僕は君の力になりたくて、ここまで会いに来たんだよ。」

小屋には、いつの間にか低く単調な鐘の音が響いていました。その音に重なり合うようにして、ようやく少女の小さな声が聞こえてきました。

「あたしが悲しいのは、この街にあふれている偽りの影のせい。」

その声は、か細く、深い悲しみを帯びているように聞こえました。

「君は星の影だって、影絵師のおじいさんがいっていたよ。」
「そう、あたしだけがほんとうの影で、ほんとうの希望へと続いているの。けれども、街の人たちは写真や幻燈なんていう、まがいものの影を追いかけている。そこからは、ほんとうの希望を手に入れることはできないというのに。」
「そんなことはないよ。僕が君を初めて見つけたのは幻燈フィルムの中なんだ。そのフィルムの中の君の微笑みほど、僕を奮い立たせるものはなかったよ。だから、僕はここまで来たんだ。」

キノにとって星のむすめは真に希望の道に思えました。彼女を助けてあげて、できればずっと一緒にいたいとも考えていたのです。

「もしも、あたしを助けてくれるというなら、どうか話を聞いてほしいの。」

キノがうなずくと、少女は静かに語り始めました。

「人は光を道具とした時、同時に影をも道具としてしまったの。光は始め、燃え盛る木に宿り、蝋燭からランプへ、ついには街にあふれるガス灯に点った。けれども、光を自由にできるようになるにつれ、人は影を手軽ななぐさみとして、その真の意味を忘れていってしまった。希望とは、例えば命をかけた旅の果て、努力の末に、自らが大いなる影となった時、初めて見えるもの。幻燈で簡単に手に入る希望なんて、刹那的な喜びに過ぎないわ。そして、為すべき旅を忘れた者は、ただ堕落の道を歩むだけ。」

「じゃあ、僕の希望はただ逃げ出すための口実というの。」
「そうよ。でも大丈夫。貴方はこれからあたしと一緒に、人々の過ちを正す旅に出るのだから。」

星のむすめはそういって、キノに向かって手を差し伸べました。むすめと一緒に旅をするというのは願ってもない申し出でしたが、キノは迷っていました。キノはいつも、努力するのはいいことだと思っていましたが、だとすると、努力なしに簡単に手に入るものは、全て悪いものなのでしょうか。

けれども、むすめの瞳がまたふさぎこんだように見えたとき、キノはついむすめの手を取ってしまいました。すると、むすめは素早くキノに口づけをしました。むすめの瞳は悪戯っぽく輝いて、キノの心はどこか遠くへ飛んでいってしまいそうになりました。

その時です。小屋の窓から、黒い影が飛び込んできました。

「人の目ならともかく、猫の目はこんなものに惑わされないんだぜ。」

その影はフォルテでした。小屋の扉はキノが思わず閉じてしまったため、これまで入ることが出来なかったのです。フォルテは星のむすめに飛びかかりました。キノが止める間もなく、フォルテはむすめを爪でかきむしります。するとどうでしょう。むすめの姿は絵の具を混ぜたようにぐしゃぐしゃになって、白い煙の中に消えてしまいました。フォルテがもう一度飛ぶと、煙もどこかへ霧散してしまいます。やれやれという顔をしたフォルテの向こう側に、複雑な機構の幻燈機の置いてあるのが見えました。

「キノ、こいつは降霊術詐欺だ。」
「どういうことだい、」
「あの女は死んだ子供や孫の亡霊を呼び出したふりをして、お金をだまし取っているのさ。」

黒服の女はいつの間にか幻燈機の横に立っていました。星のむすめは煙幕に映る幻燈で、その声と思っていたのは、実はこの女の声だったのです。女は低く笑っていいました。

「愚かだね、夜の享楽主義者。もはや、お前は私を忘れることが出来ない。刹那の快楽をむさぼる度に、罪の意識を抱き続けるがいいよ。お前に告げたことは全て本当のこと。そして、そのために私はここにいる。」

続けて女が指を鳴らすと、小屋の中に強い風が渦を巻きました。キノはフォルテを抱きしめてやり過ごしましたが、風が止んだ時、もう女のいる気配はありませんでした。いまや真っ暗になった小屋は、キノの混乱した心を映したのか、黒くうねりをあげて見えました。




6.

「ここの星のむすめは偽者だったんだ。きっと本物は別のところにいるんだろうよ。」

フォルテにそう慰められて、キノはともかく小屋を出ることにしました。すぐに家へ帰ろうという気は起こりませんでしたから、線路沿いの道をさらに街の外へ向かって歩き始めることにしました。今度はキノの後ろにフォルテがついてゆきます。

「とおく、点く星の音、
 ちかく、降る星の音、
 わたしをつつむ、優しい夢は、
 星のむすめの護りの手、」

どこからかあの子守歌が聞こえてきました。星は静かに街へとその影を落としています。こんな夜に子供たちの見る夢は、光と闇とが交じりあって紡がれました。子供たちは、幸せそうに眠っていたかと思うと、突然怖くなって飛び起きたり泣き出したりしましたが、いつだって大きな優しさに守られているため、再び安心して眠りにつくことができました。そのことを思うとき、キノの胸ポケットにある星のむすめは、淡い光を放ってキノの心を支えるようでしたが、同時にまた、チクリと胸を痛ませるのでした。

街の南にある小高い丘からは、星が一杯に見えました。不思議なことに、いつもの倍どころかそれ以上の星が見えるようで、夜空はもうほとんど真っ白になっています。星たちが瞬くのと一緒に、キノの目はチカチカとしました。そうしてキノがまばたいた瞬間、星が一つ、夜空から消えてなくなりました。

「今、星が一つ消えたんじゃないか。」
「ああ、俺も見た。星の消える瞬間を見るなんて珍しいことだぜ。」

フォルテがそう言った矢先、また一つ、もう一つと星が消えてゆきました。それらは、いつもならまるで見えないような小さな星でしたが、なぜだか今の二人にはその消えてゆく様を見ることが出来るのでした。

その時、ふと何かの気配を感じて振り向くと、キノの側には紺色の作業服を着た点燈夫が立っていました。点燈夫は街燈に灯を点したり消したりするための竿をもっていましたが、こんな街燈一つないところで何をしているのでしょう。見ていると、点燈夫は長い竿を天にかかげ、先に付いた鈎をくるりと回します。するとどうでしょう、それに合わせてまた星が一つ、夜空から消えてなくなるではありませんか。

「君は、私のことが見えるのかい。」

点燈夫がキノに声をかけてきました。彼は若いのだか年をとっているのだかよく分からない風貌でしたが、ともかく紳士でした。

「うん、見えるよ。」
「そうかい。ならば君はきっと一番星の祝福を受けたんだ。」

そういえば、キノの目がなんだかおかしくなったのは、夕闇の中に一番星を見つけたその時からでした。

「ねぇ、僕の希望は過ちだと言う人がいるんだ。」
「希望の持ち方は人それぞれだよ。きっかけは何だっていいんだ。けれども、一つのことしか見えなくなるのはいけないね。君はより多くのことを見ようとしなくてはならない。ほら、ほんとうなら夜空にはこれだけの星があるんだ。けれども、いつもはその全てを見ることは出来ない。」
「僕が毎晩見る夜空は、ほんとうの夜空のほんの欠片に過ぎないんだね。」
「そうだ。君が今、これだけの星を見るのは、この夜に多くのものを見つけだそうとしたからだ。例えば、夜光性になるのもきっかけで、そこから世界は広がるのだ。君は今夜見た全てのことを、けして忘れてはならない。」

点燈夫はまた鈎をくるりと回しました。星とはいったい、こんなにはかなく消えてしまうものだったでしょうか。

「星を消しているのは貴方なの、」
「ああ、そうだ。寿命の尽きた星たちを、生まれた場所へ還しているのだ。」
「じゃあ、いつか星はみな無くなってしまうの、」
「星影は光にして影。星は夜のいのちの中へと還ってゆく。人が夜を忘れぬ限り、人のいのちの中にもまた。そして、その時にはもう新たな星が生まれているのだ。だから、心配はいらないのだよ。」

キノは自分の中で星が生まれ、輝きはじめるのを感じました。光は胸のフィルムを照らし出し、痛みより強い希望が映るのを感じました。キノはもう、ほんとうの星のむすめと一緒に、真白い夜空へと光の船を漕ぎだすことができました。そこにはたくさんの物語がありました。天河の川面をすべるように行くと、たくさんの人が死にました。また、たくさんの人が生まれました。星のむすめの指す行く手には、街の明かりが見えました。キノは、その中にこれから出会わなくてはならないたくさんの人がいることを思いました。

丘の向こうの空が白みはじめました。その頃ようやく、キノは点燈夫がもう側にいないことに気が付きました。

「キノ、どうしたんだ、」

フォルテが尋ねました。フォルテには一部始終が見えてなかったようです。

「いや、何でもないんだよ。帰ろう、フォルテ。」

首を傾げるフォルテをよそに、キノは家路につきました。夜明けの光にかき消される星影とともに、街燈の灯は消えてゆき、街の新しい一日が始まろうとしています。そして、キノの胸に焼き付いたフィルムの中の少女は、昇る朝日よりも強く、キノの心を沸き立たせました。

(おわり)


「夜光性歌劇」
ソガ、夏町、寿朗。
1998年9月2日 初稿
2001年9月2日 再掲載にあたり、若干、言葉を修正する








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